6:12 Repulsion ─反発─
信仰神
「おいこいつ……本当に人間なのかよ?」
「どう考えても吸血鬼だろ! 人を斬り殺してるんだぞ!?」
「酷い、
「それに見てよこれ! この制服、リンカーネーションの!」
「おいおい嘘だろ……? こんな吸血鬼を今まで匿ってたのか?」
「グローリアに吸血鬼を住まわせるなんて、狂ってるとしか思えねぇぞ」
誰もがアレクシアを吸血鬼として認識し、リンカーネーションへの不信感が募り始めた。
「俺、こいつ知ってるぞ。前までこの町の花屋で何度も見かけたことがある」
「……そうか! 今年度の本試験、サウスアガペー出身の候補生は数人しか生き残ってなかった! こいつが他の候補生を皆殺しにしたんだ!」
「じゃあ、じゃあうちの息子はこの怪物に……? そ、そんなのあんまりよ!」
「どうりでおかしいと思ったんだ……! 今まで隠していたなんて信じられねぇ!」
過去に隠蔽し続けてきた事件。それらに関連付けると根拠もない考察が飛び交い、アレクシアに対して憎しみを抱く者すら現れる。
「一体どうなってんだ!? リンカーネーションは俺たちを吸血鬼から守ってくれる組織じゃないのかぁ!?」
「皇女様ッ、答えてください! あなたが掲げていた栄光というのは、一体何なのですか!?」
「大切な娘を返してッ! 私の、私の大切な娘──シャノンを返してぇッ!」
アルケミスにそびえ立つ城の門やアカデミーの正門では、不安、怒り、哀しみ、憎しみといった感情を抑えきれない人々が押し寄せた。しかし人々の中には真実を知る者も少なからず存在する。
「ジェ、ジェイニーさん! 金属の板に映ってたアレ……もう見たよね?」
「えぇ、すべて目を通しましたわ」
「あ、あれだとまるでアレクシアさんがイブキくんを殺したみたいだ……。悪意しか感じられないよ」
「……許せませんわ。イブキさんは私を助けるために命を落としましたもの。その真実を捻じ曲げようとするなんて」
「ロ、ロイさんにアビゲイルさぁーん! な、何なんですかあの変な板は!? アレクシアさんが映って、色々と酷いことをしてて……!」
「落ち着きな。あたしらも丁度話してるところだ」
「ど、どうしましょう!? 変な板のせいでアレクシアさんが吸血鬼だってバレてます! アカデミーの正門で凄い人が集まって、ずっと大騒ぎしてるんです!」
「ん~……誰かがサディちゃんを嵌めようとしたみたいだね~。何となくこうなるかな~とは思ってたけど、けっこー早かったな~」
「見つけた。ねぇ、少し話があって──」
「これのことかね? 一時間前にクライド・パーキンスから声を掛けられ、既に話し合いを進めているところだ」
「あら意外ね。あんたから首を突っ込もうとするなんて」
「うん、だって嘘は嫌いだから」
「はいはい、クリスさん! アレクシア・バートリさんが映ってる強そうな板を見ましたかぁ?」
「あぁ見させてもらったよ。俺にはアレクシアを大悪党にしたがってるようにしか思えなかった。お前さんはアレをどう思ったんだ?」
「今が護衛任務の最中だったらと思いましたねぇ! 今なら襲撃者を全員ぶっ殺せるってことですからぁ!」
「……そりゃあ最高だ」
「イアン、これって……アレクシアだよね?」
「あぁ! どっからどう見てもアレクシアだ!」
「アレクシアは、ほんとにこんな酷いことをしたのかな?」
「するわけないだろ!? アレクシアは何の理由も無しに暴力は振るわない! カイトだってミネルヴァに殺されたんだ!」
「シーラさん! アレクシアさんが私に手を出したのは、この時の私が吸血鬼に手を貸していたからで──」
「ええ、分かっているわ。私は母親として自分の子を一番に信じてるの。こんな作り物になんか騙されない。だからカイトくんもきっと生きているわ」
「……シーラさん」
「私たちに出来るのは信じて待つことよ」
『私を信じろ』
「……アレクシアちゃん、私はあなたを信じているわ」
シーラの脳裏を過ぎるのは過去に伝えられたあの言葉。アレクシアがキリサメを射殺する場面を見つめ、胸元で右手をぎゅっと握りしめた。
────────────────────
皇女である
「急な召集を掛けてすまない。今日集まって貰ったのは──」
「このワケの分からねぇ板についてだろ?」
集会室に揃うのは十戒たち。ヘレンの深刻な顔に気が付いた
「ちっとやばいことになってるたいだな、ヘレン嬢ちゃん」
窓際で葉巻を咥えながら白い煙を吐くのは二ノ戒
「この場にいないのは?」
「
「
「この場にいない。その結果だけ伝えればいいと僕は思いますがね」
椅子に腰かけた九ノ戒
「ソニアさんはグローリアまで帰還中。ルーナさんはロストベアのどこかを放浪してて、エレナさんは
「ティアもまだクルースニクに滞在中なんでしょ?」
「うん、あの人との交渉が上手くいってないんだってさ」
「あぁなるほど。でしょうね」
七ノ戒
「まっその辺はティアっちに任せときゃあ、ノープロブレムだろうぜ」
「
「ユーはお利口すぎよ? それに机は何かを乗せるために作ってあるんだから、足を乗せてもノープロブレムだろ?」
「むーっ……それは、そうかもしれませんけど……」
十ノ戒
「てめぇら話を逸らすんじゃねぇ。今はこの問題をどう収めるかを話し合うぞ」
「うむ、カミル君の言う通りだ。このまま放置すればいずれ反発運動が過激化し、市民たちが攻め込んできてもおかしくないのだよ。一早く解決するべきだろう」
「ならば早速ですが……僕から一つご提案があります」
「その提案は?」
カミルが話を戻すとまずはニコラスが挙手する。ヘレンはカミルの側に用意された椅子に座ると、ニコラスへそう問いかけた。
「結論としては
「ニコラス、上手くやれる算段はついているのか?」
「既に算段はついています。というよりあの動画があるおかげで、僕らの不評をほぼすべて容疑者へ押し付けられるでしょう」
ニコラスは一人一枚ずつ考案した施策が書き記された用紙を配布する。ヘレンたちが黙読を始める最中、ニコラスは続けてこう説明した。
「まず必要なのは……アレクシア・バートリを原罪として仕立て上げることです」
「原罪に?」
「原罪という存在は我々にとって未知なる存在。人間に紛れながら本試験、実習訓練で暴虐の限りを尽くしていることに気が付けなかった……と、我々は組織の落ち度を一旦認めます」
落ち度を認める。その一言にカミルが頬をピクつかせたが、ニコラスは気が付かぬふりをしてヘレンと視線を交わす。
「認めた後、こう宣言するのです。『我々は原罪であるアレクシア・バートリを拘束し、大衆の前で処刑をしてみせる』と」
「落ちるところまで落として、そこから上げていく……"ゲインロス効果"を利用するってことだよね」
「その通りだ、ジーノ」
ジーノへ視線を移すと共感するように頷くニコラス。フローラは首を傾げながら「ゲイン、ロス?」と間抜けな声でボソッと呟く。
「そして実際にアレクシア・バートリを拘束し、大衆の前で処刑する。この行いは我々にとって『脅威となる原罪を始末した』という成果になるでしょう。後は将来このようなことが起きないよう、実績と成果を公表しながら組織を成長させていく」
「……なるほど」
「以上が僕からヘレンへのご提案です」
「ありがとうニコラス。君の施策はよく分かった」
ニコラスが満足気な表情で説明をし終えれば、気に入らない様子でカミルが机の上に用紙を置いた。
「ニコラス、この施策とやらを実行するとしてだ。俺たちはそのクソみてぇな板に映った全てを……真実として認めるわけだろ?」
「そうですが? 何か僕に不満でも?」
「あるのはお前への不満じゃねぇ。ここに映り込んだ全てを真実として認めることに対しての不満があんだ」
「それは僕への不満と変わらないと思いますがね」
睨み合うカミルとニコラス。二人を仲裁するようにフローラが「まぁまぁ」と落ち着かせる。
「へレン、ここに映ってんのが真実だと思う奴と偽りだと思う奴で多数決を取れ」
「どうしてそのような多数決を?」
「いいから取れ」
「……真実だと思う者は右手を、偽りだと思う者は左手を挙げてくれ」
ヘレンはカミルに言われた通り、集会室にいる者たちで多数決を取った。しかしジーノを除けば、全員が偽りの左手を挙げる。
「ニコラス、やっぱりお前もこっち側じゃねぇか」
「この板に映ったものを……僕がいつどこで真実だと言った?」
「私も妹があんなに痛めつけられた理由をよく知ってるので……この板にはちょっと悪意を感じてます」
「……ジーノ、どうしてお前は手を挙げねぇ?」
たった一人だけ手を挙げなかったジーノ。カミルは疑念を抱きながら呼び掛けると、ジーノはスマホに流れた動画を見つめ、
「……よく考えて作られてる」
「は? 何言ってんだてめぇは?」
そうぽつりと呟いた。カミルは眉間にしわを寄せ、ジーノの側まで歩み寄る。
「彼女の生まれから現在までの時系列をきちんと並べてあるんだ。何よりも受け手側が色々な形で捉えられるようにしているのが不気味だよ」
「不気味?」
「彼女を吸血鬼と明言したいのなら文字でも声でも使えばいい。でもここに映ってる吸血鬼らしい部分は肉体の再生のみ。これだとまるで……」
「まるで……何だ?」
ジーノはスマホから視線を上げ、ヘレンたちを一望した。そして椅子に腰かけると俯きながら、
「僕たち人間を──試そうとしているみたい」
神妙な面持ちでそう答えた。静寂が訪れた集会室では、パーシーがオイルライターをカチカチッと鳴らす音だけが響き渡る。
「で、ヘレン嬢ちゃん。ニコラス君に素晴らしい施策を提案してもらったわけだけど、実際どーする?」
「……」
「早いとこ決めちゃわないと、めんどーなお方がヘレン嬢ちゃんへ会いに来て──」
「おや、こちらで談笑中でしたかな?」
集会室へ姿を見せたのは五十代半ばの男性。金や銀の装飾品で彩られた司祭服を身に纏い、黒の丸フレームが目立つ眼鏡を掛けている。パーシーは「そら来た」と窓際へ視線を逸らした。
「……教皇
他の者たちは一斉に表情を険しくさせ、オルフェンへ注目する。皆が皆、教皇オルフェンという人物に対して快く思っていない。
「皇女様、随分とお困りの様子で。原因はこの板でしょう」
「あなたをこの場に呼んでいないはずですが……?」
「栄光あるグローリアの危機。このような事態を招いたのは皇女様、あなたの責任ではありませんか。栄光に背く者がこの事態を収拾するなど……愚の骨頂ですぞ」
「……何が言いてぇんだてめぇは?」
流暢にヘレンを非難したオルフェンへ、カミルは鋭い視線を浴びせながらそう尋ねると、張り付けた笑顔を保ちつつ後方に司祭たちを控えさせた。
「このグローリアでは『主であるへメラ様こそ栄光の象徴』と謳っておりますが……『神の器である教皇こそが栄光の象徴』という宗派に変えてみてはいかがですかな?」
「
「カミル様、そもそも私たちの国が滅びたのは皇女様のご両親……
オルフェンは清々しいまでの笑顔をヘレンに向け、
「──決定的な一打も与えられず、無駄死にしたからでは?」
「……!」
そう言い放つ。ヘレンはその言葉に椅子から勢いよく立ち上がった。カミルたちも一斉にオルフェンを睨みつける。
「神に愛されたアーネット家ともあろうものが吸血鬼たちに後れを取った上、生還することすらできぬとは……この国の栄光を穢すのと変わりませんな」
「……」
「一人娘のあなた様が掲げた栄光は嘘偽り。民を混乱させ、若き芽を吸血鬼の餌にし、挙句の果てには吸血鬼の肩を持っていたとは……」
「……! 誰かヘレン君を止めたまえ!」
ヘレンが一歩ずつオルフェンに向かって歩き出す。シャーロットが異変に気が付き声を上げれば、カミルがすぐに右肩を掴んだ。その反応にパーシーは葉巻を捨てると左肩を掴み、フローラは背後から腰にしがみつく。
「おいヘレン……ッ! てめぇ、少しは落ち着きやがれッ!」
「ほっほっほっ、少々言い過ぎましたかな?」
ヘレンは瞳を真っ赤にし、殺意を宿した顔でオルフェンへ詰め寄ろうとしていた。カミル、パーシー、フローラの三人で押さえ込み、やっとのことでその場に立ち止まる。
「お爺ちゃん? ヘレン嬢ちゃん怒らせても、安楽死できねぇの分かってんだろ?」
「私は事実を申し上げたまでですぞ」
「話し合いがしたいんならちっと席を外して貰えねぇか? 今はあんたの顔なんて見たくないんだとよ」
「……仕方がありません」
パーシーに促されるがまま、オルフェンはヘレンたちへ背を向けると集会室から出ていく。ヘレンはオルフェンの姿が視界から消えると、落ち着きを徐々に取り戻した。
「てめぇ、ドレイク家の件から何も学んでねぇのか? 偉い奴をどんだけぶん殴っても、何も解決しねぇんだよ」
「……すまない。親のことを悪く言われ、気が動転していた」
「まぁまぁ、怒りっぽいヘレン嬢ちゃんも可愛らしいぜ。ただ皇女としてはちっとは冷静にならなきゃな」
二人がヘレンに注意をする最中、ぐったりと床に倒れているフローラにジーノが手を差し伸べる。
「けど尚更大変なことになったね。オルフェンまで関わってくるなんて」
「あぁ、あのジジイが今まで大人しくしてやがったのはこれが理由か」
「ややこしいことになったわ。本当に、この局面をどう乗り越えるべきかしら」
オルフェンの登場に溜息をついたエリザ。落ち着きを完全に取り戻したヘレンは椅子へ腰を下ろす。
「ふむ、しかし非常に不味いのではないのかね?」
「ユー、何がバッドなんだい?」
「これからオルフェン君は必ず動き出すだろう。動き出せば間違いなく、オルフェン君が市民の注目と支持を集める。私たちへの不評は更に高まり、ニコラス君の施策も意味をなさなくなる。これらによって起こり得るのは──」
シャーロットは机でうつ伏せになりながらレクスに淡々と説明をすると、
「──教皇オルフェン君による革命だ」
表情を曇らせ、オルフェンが出て行った扉をじっと見つめた。
6:Windless Valley_END
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