6:10 Sonia Raines ─ソニア・レインズ─

 二刀流の構えを取りながらルクスαを振り回し、真っ直ぐこちらへ突進してくるソニア。その姿はまさに餌を追い求める猛犬そのものだ。


「ま、待ってください! あの動画は作り物です! 吸血鬼たちがアレクシアを嵌めようと作った──」

「ぶっ殺ぉおぉすッ!!」


 キリサメがソニアを説得しようと試みるが、迷わず二本のルクスαを振り上げ、こちらに飛びかかってくる。私は前転して飛びかかりを回避すれば、ソニアはすぐさま私の方へ振り返った。


「この女に言葉は届かん。お前たちは私から距離を取れ」

「けどアレクシア……!」

「下がってなァ色男ォ。あたしがジョーカー様に手を貸してやるさァ」


 メルはキリサメを後退させ、私の方へノクスと替えの刀身を投げ渡すと、パニッシャーの銃口をソニアの背中に向ける。


「メル、俺だって何か役に立つことが──」

「察しが悪いぜあんた。仮にもジョーカーは大悪党だ。そんな奴に手を貸すとなりゃあ……あんたもどうなるのか分かんだろォ?」


 もし私に手を貸したとなれば共犯として拘束、もしくは処刑される可能性だってあり得るだろう。だからこそこの場ではキリサメを変に行動させたくはない。


「あたしはクルースニク協会の、クソババアの下についてんだァ。グローリアの犬共を一匹殺っちまおうが関係ねぇのさ」

「くゃっはははッ! 何だい何だい、てめぇもゴミ屑だったのですねぇ?」

「クスクスッ、あぁそうだぜェ。ゴミ屑同士・・・・・……仲良くできんだろォ?」  

 

 ソニアは狂喜のあまり左右に握りしめたルクスαの刀身を衝突させ合う。私は受け取ったノクスを右手に構え、ソニアを見据えた。


「いいねぇ、まとめてぶっ殺ぉせるなんてよぉッ!」


 距離の近いメルを無視し、私に向かって突進してくるソニア。その肉体から殺意と闘志を放出し、迫りくる気迫はヴィクトリアと何ら変わりない。 


「バカ犬、あたしに尻を向けんじゃねェ」


 迷わずパニッシャーの引き金を引き、ソニアの背中を目掛け発砲する。私は回避行動を取った後の隙を狙うため、その場から駆け出した。


「なっ、あのバカ犬!? 背中で受け止めやがった……!?」


 だがソニアは回避行動を取らない。背中に銀の杭を撃ち込まれようが、怯まずにただ真っ直ぐ私へ突進してくる。 


「くゃっはははッ! ぶッ殺ぉされろぉッ!!」


 ノクスで受け流そうと態勢を整えた瞬間、二本の剣は私を避けるように両側へと一本ずつ振り下ろされ、


「……っ!」

 

 ソニアがノクスの刀身を咥え、粉々に噛み砕いた。吸血鬼共ですら噛み砕くのは困難。しかしこの女は人間の肉体で容易く砕いて見せたのだ。


「こんばんはゴミ屑、そして死ね」


 両側へ振り下ろされた二本のルクスαが、私の上半身と下半身を両断しようと薙ぎ払われる。


「挨拶から学び直せ」


 私の身長はソニアよりも遥かに低い。その身長差を利用し、身軽な動作でソニアの懐へ潜り込むと、鳩尾へ掌底打ちを放つ。


「貴様、受動をどこまで……」


 一瞬でも自身の目を疑った。私が触れているのは人間の肉体なのかと。肉体ではなく、ノクスとは比べ物にならない硬度と靭性を持つ鉱物なのかと。


「……ッ」


 考え込んだその隙を狙われ、ソニアが私の身体を両腕で拘束しギチギチと締め上げていく。振り払おうにも鉱物に包み込まれたかのように動けない。


「くッ、くゃはッ、ゴミ屑の死刑執行……! くッくくッ、斬殺にしようと思ったけどさぁ!」


 私の耳元で笑いを堪えながら囁いてくるソニア。その顔はいつの日か対峙した原罪ステラ・レインズと変わらぬ──狂気に満ちたもの。


「気が変わった、火刑かけいにします」


 最後にそう囁いた途端、堪えていた笑い声は消え失せ徐々に真顔へ変わっていく。ソニアが指先に摘まむのは不純物の付着した鋼玉こうぎょく──紅玉ルビーで作られた首飾りの十字架。


「我が主ヘメラよ。我らは汝へ栄光を捧げ、汝より救いを授かりし者。我らが栄光を阻むは罪。我らへ汝の加護を与え給えば、我らが栄光なき罪人へ神炎しんえんを与え給おう──」

「この祈りは、加護の……」


 遠い過去に何百回も耳にした神への祈祷きとう。原罪による災禍の予兆は悪寒を覚え、加護の予兆は状況に似つかない不気味な安心感。


「一ノ戒──ほむらノ加護」

「……ッ」

 

 ソニアの肉体から発火した聖炎せいえんが私の身体ごと包み込む。通常であれば加護は人間には通じない。しかし私の皮膚は焼け、凄まじい熱が肺へと入り込む。


「ちッ、ジョーカーを離しなァ!」


 メルが背後まで詰め寄るとソニアの後頭部にパニッシャーの銃口を突き付け、弾丸である銀の杭を何発も発砲した。人間のメルは聖炎を物ともしないが、


「この犬、傷を再生してやがる……ッ!」


 ソニアも後頭部に突き刺さる銀の杭を物ともしない。負わされた怪我は聖炎によって治癒が施され、狂ったような笑みをこちらに向けていた。


「ゴミ屑なお嬢さん、火刑かけいを執行されたご気分はどうですかぁ──」

Infernoインフェルノ

「あっ?」


 嘲笑うソニアを睨みつけてから私は蒼色の獄炎を身に纏わせる。そして包み込んできた聖炎を押し返すと、


「失せろ」

「ごは……っ!?」


 ソニアの顎にノクスの刀身を突き刺し高い鼻まで貫通させた。狼狽えたその隙を狙い、私は数メートル先まで飛び退く。


「私に加護が通じたのは……吸血鬼の血が原因か」


 聖炎によってただれた皮膚を見つめ、吸血鬼共の血が流れているのだと再認識する。不幸中の幸いだったのは半分が人間の肉体のため、加護の被害を五割程度に抑えられるということ。


「くッ、くゃッははは! ゴミ屑が、ゴミ屑が自分で燃えやがった!」

「洒落になんねぇぜェ、こいつァ……」


 ソニアは顎に突き刺さったノクスを引き抜き、喜ばしいと言わんばかりに高笑いをした。その背後に立っていたメルは、ソニアの狂いように後退りをしてしまう。


「ゴミ屑なお嬢さん、あたしが燃えるかてめぇが燃えるか……我慢比べでもしてみませんですかねぇッ!?」

「……殺すしかないか」


 聖炎をルクスαに纏わせながら激しい剣幕で向かってくるソニア。私はノクスの刀身を入れ替えると、息の根を止めるための思索を巡らせたが、


「落ち着きなァ──猛犬」


 何者かが私とソニアの間へ割り込み、振り下ろされた二本のルクスαを金の杖で受け止めた。


「クソババア……!」

「えっと、メル……あの人は誰なんだ?」

「クスクスッ、クソババア界隈では世界一強いとされるヴィクトリア様だぜェ」

「ヴィクトリア? 確かクルースニク協会を統治してる……」


 その人物はクルースニク協会の創設者でもあり、私と同じく本物の転生者でもある──Victoriaヴィクトリア Wilkieウィルキー。メルはこの女の登場に歓喜すると崖際へ移動し何かを拾い上げつつ、キリサメへそう説明した。


「何だい何だい、ゴミ屑ババアが顔を見せたら……空気が冷え切っちまうだろうがぁ?」

「ふっ、とっくに冷え切ってるじゃないか。若いもんは場の空気も読めないのかい」


 鍔迫り合いをするヴィクトリアとソニア。両者とも一歩も退かず、お互いに睨み合いを続ける。


「猛犬や、飼い主のところへ帰りなぁ。狂犬病を撒き散らす前にねぇ」

「くゃッははは! 帰る? 帰るってのはあたしに死刑執行を中止しろって言いたいのですかてめぇは?」

「あたしゃあ忠実な犬共も嫌いだがねェ……言うこと聞かない野良犬はもっと嫌いだよ。晒し首になりたくなきゃあ、尻尾を巻いて帰んなァ猛犬」

「吸血鬼はゴミ屑共で、ゴミ屑共は生きる価値がねぇ。あたしの死刑執行を邪魔するってことは、ゴミ屑ババアもゴミ屑共だった。あぁ何だい、ぶっ殺ぉしてもいいじゃないですか」


 ワケの分からない自問自答で自己解決をすると、ソニアのルクスαはヴィクトリアの金の杖を徐々に押し退けていく。 


「まったく、年寄りの話はよく聞いておくもんだよ」

「くゃッははは! ゴミ屑ババア、風が運んできた噂通りのお強さですねぇッ!?」

 

 しかしヴィクトリアは余裕の笑みを浮かべると片手に握りしめた金の杖で、ソニアの二本のルクスαを難なく押し返した。そしてもう片方の手で、筒状に巻かれた紙を私の方へ転がす。

 

「ヒュブリスや、このまま無風の渓谷を抜けて北を目指しなァ」

「……北を目指す?」

Adarアダール RambAランバ。あんたが知りたがっていた真実──千年の空白がそこに眠ってるはずだよ」


 千年の空白。私は筒状に巻かれた紙を拾い上げ中身を確認してみる。その紙は無風の渓谷を含め、様々な地理が記された地図だった。


「さぁ、老い耄れなんざ置いてさっさと行っちまいなァ。グローリアの犬共がクルースニクで聖者の行進を始める前にねェ」

「あぁ、そうさせてもらう」


 私は血涙の力を抑え込み、渓谷の別れ道まで戻ろうとヴィクトリアへ背を向ける。


「色男ォ、あんたはどうすんだァ? このまま自分の命を取るかァ、それともジョーカーに命を預けるかァ。あんたにとっても大事な選択だぜェ」

「そんなの……考えるまでもないだろ!」

「クスクスッ、そう言ってくれると思ったぜ色男ォ。しない後悔よりする後悔ってやつだァ。ジョーカーの面倒を見てやんなァ」

「あぁ! ありがとな、メル!」


 巨大な沼付近で意を決した声と、こちらへ駆け寄ってくる足音。私がその場を振り返れば、メルがキリサメとすれ違う瞬間、懐に何かを滑り込ませる。しかしキリサメはまるで気が付いていない。

 

「アレクシア、俺も一緒についていくよ」

「何を考えている? お前が私に手を貸せばグローリアの連中に狙われ、最悪の場合は……私のように罪を背負うことになるぞ」

「それでも構わねぇよ! 俺はもう、お前をぜってぇ独りにはしないって決めたんだ!」

「……勝手にしろ」


 何の危機感も覚えていない顔だが、以前よりは揺るがない意志を感じさせる。私はあしらったところで後を付けてくるだろう、とそう吐き捨てた。


「それじゃあ行こうぜ! ヴィクトリアさんもどれだけ持つか分からないだろ!」

「あぁ」


 キリサメが先行して渓谷の奥地を後にする。私もその後に続こうとしたが、ふと思い立つとソニアを食い止めるヴィクトリアの背中を見つめた。


「若僧が。あたしもなめられたもんだねぇ」

「……また・・世話になったな──Adamasアダマス

「……!」


 転生者としての過去の異名。ヴィクトリアはその呼びかけに対し、僅かに驚きの表情を見せる。私は返答を待たず、キリサメの後を追いかけるように渓谷の奥地を去った。


「ふっ、あたしのことなんて眼中にないと思ってたがァ……覚えてくれてたんだねェ、ヒュブリスや」

 

 駆けていくアレクシアを横目で眺め、ヴィクトリアは静かに微笑む。彼女の脳裏を過ぎるのは千年以上も前の記憶。


『ち、治療は終わりました。い、痛むところとか……ありませんか?』

『特には無いが……それよりも貴様、何故私を助けた? 吸血鬼共の遣いか?』


 彼女は森の中で手負いのヒュブリスと出会った。吸血鬼との死闘を繰り広げた後なのか、恰好も武装も何もかもがボロボロの状態。


『ち、違います。私はあなたと同じ転生者です』

『転生者か。なら尚更奇妙な話だ。私がヒュブリスという名の嫌われ者だと知った上で助けたのだろう?』

『そ、それは……私があなたのことを、尊敬しているからです』


 彼女は転生者としての経験と知識を活かしてヒュブリスへ治療を施す。それは決して慈悲の心からではなく、ヒュブリスへの敬意の心から行動を起こしたのだ。

 

『尊敬か。貴様に尊敬されるほど、私も落ちぶれているということか』

『お、落ちぶれてなんかいません! あなたは私を助けてくれました!』

『助けただと?』

『私がまだ一度目の人生で、右も左も分からない時に……あなたは食屍鬼に襲われていたところを、助けてくれましたよね?』


 肌を射抜くような鋭い視線。彼女はヒュブリスを前にして怯えながらも、必死に声を振り絞った。


『知らん。何の話をしている?』

『ご、ごめんなさい。そうですよね。覚えてるわけないですよね』

『……貴様の異名は?』

『ア、アダマスです』


 ヒュブリスは彼女の名を聞くと、重い腰を上げてから森の奥へと歩き出す。まだ怪我が痛むようで不自然な歩き方をしていた。


『アダマスか。この借りとその名は覚えておく』

『そ、そんな大丈夫です! これぐらい気にしなくても……!』

『貴様にはまだ理解できんだろうが、貸し借りは作れば作るほど面倒なことになる。よく覚えておけ、貸し借りは常に無しにしろ』


 助言なのか忠告なのか。彼女は何度も頷きながらヒュブリスの背中を見送る。


『わ、私は必ずあなたのように強くなります!』

『……そうか』

『一度も敗けない、二度と挫けない、何度でも立ち上がる……それぐらい強くなって、今度は私があなたを助けてみせます!』


 転生者としてまだまだ未熟だった自分を変えるための誓い。ヒュブリスはその誓いに振り向いてはくれなかった。しかしその誓いは大きく自分を成長させるきっかけとなったのだ。


「くゃッははは! ゴミ屑ババア、やっぱりてめぇは死刑執行した方が良さそうですねぇ!?」

「ふっ……猛犬や、あたしの名を知ってるかい?」


 ヴィクトリアは過去の記憶を懐古するように微笑むと、狂喜に満ちた顔で首を傾げるソニアを見上げる。


「あっ? ゴミ屑ババアだろ?」

「言葉に気を付けなァ猛犬。あたしゃあヴィクトリアだ──」 


 そして鍔迫り合いをしていた金の杖から金剛石の細剣を引き抜き、


「──敗北なんざあり得ないのさァ」


 ソニアの二本のルクスαを軽々と弾き返した。 

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