6:6 Hydra A ─ヒュドラA─
雷鳴刀で受け止めたのはヒュドラの頭部である鶴の
「首が多すぎる。囲まれないように立ち回れ」
「言われなくても分かってんぜェ。ジュリエット、あんたは西側から回りなァ。あたしは東側だ」
「なッ、おい! 私も戦わないといけねぇのかよ!?」
九つの頭部に囲まれれば集中砲火を喰らう。ジュリエットは西側を駆け回り、メルはパニッシャーを発砲しながら東側へと駆け出した。
「シャアァアァアーーッ!」
鶴の嘴は真っ直ぐに高速で向かってきたが、蛇の頭部はうねうねと軌道を曲げながら、こちらに噛みつこうと迫りくる。私は雷鳴刀で抜刀の構えを取り、
「煩わしい」
引き抜くと同時に刀身へ帯電させ、正面から蛇の頭部を真っ二つに斬り捨てた。肉の裂け目にやや焦げ跡が残る。
「キョロォッ、キョロォオォッ!!」
「もう再生したのか?」
先ほど斬り離したばかりの鶴の頭部。鋭利な嘴で乱れ突きをしながらこちらに突進を仕掛けてきた。吸血鬼より高い再生力に疑念を抱きつつも、鶴の嘴をすべて受け流したが、
「キョロッ、キョロキョロォオォッ!」
「……!」
死角から現れたもう一匹の鶴の頭部。私の頭部を
「「キョロキョロッ、キョッロォッ!!」」
「頭が、増えている……?」
鶴の頭部は一つだけだったはずが、更にもう一つ増殖していた。他の頭部が変化したのかと首を数えるが九つではなく
「シャアァアアァッーー!!」
「プシャアアァアッ!!」
「……ッ」
嫌な予感がし真っ二つにした蛇の頭部へ顔を向けると、やはり増殖しているようで、うねうねと首を地面に這わせながら、蛇の頭部が二つ迫ってきた。
「……迂闊に仕掛けられんな」
このまま斬り捨てても不利になるだけ。私は蛇の頭部に反撃せず、ひたすら回避に専念することにした。
「ジョーカー、頭部を傷つけちまうと分裂するぜェ!」
「もう遅い」
私は呼び掛けてきたメルの方へ一瞬だけ視線を移せば、そこには二つに分裂をした蠍の頭部。どうやらメルも厄介な相手だと気が付いたらしい。
「んだよ、もうやっちまってんのかァ。ジュリエットは──」
「何でこいつら頭の数が増えてんだよクソがぁ!」
「ご愁傷様だなァこりゃあ」
ジュリエットは二つに分裂した狼の頭部に追われていた。このままでは埒が明かない、と中央に位置するマネキンのような頭部を見据える。
(……仕掛けてみるか)
恐らくはあの不気味な頭部がヒュドラの本体。私はそう憶測を立て、雷鳴刀を握り直してから駆け出す。
「「キョロォオッ!!」」
「「シャアァアーーッ!!」」
取り囲むように襲い掛かる鶴と蛇の頭部たち。その鳴き声にしかめっ面を浮かべながらも、視界を塞ぐために鶴や蛇の両目だけを斬り捨てるが、
「シャアァアァアーーッ!!」
「……ッ」
蛇の頭部はどういうわけか私の位置を把握し、右脚に噛みついてきた。そして私を地面へと一度だけ叩きつけ、ヒュドラの沼まで引きずり込もうとする。
「──
「キシャアァァア……ッ!?」
やむを得ず血涙の力を発動し蒼色の獄炎で蛇の頭部を炎上させれば、私の右脚を離したため、すぐに立ち上がり、不気味に漂うマネキンの頭部へ斬りかかった。
「グァッグァッ!」
「邪魔だ」
横から割って入り、立ち塞がるのは鴨の頭部。私はすぐに鴨の頭部を蒼色の獄炎で炎上させ、退けようとした。
「グッ、グァッグァッ!」
「……!」
だが鴨は獄炎を物ともせず、こちらの身体を平らな嘴で突き上げる。私は腹部に浸透する鈍痛を抱えながらも地面に転がった。
「おい大丈夫かァ、ジョーカー?」
「あぁ」
私は雷鳴刀を鞘に納め、代わりにノクスを構える。頭部を増殖させ続ければ詰みに近い。かと言って仕掛けなければ、こちらが消耗するだけ。どうしたものかと思考を張り巡らせる。
(あの男がいれば……)
相手は眷属だ。この場にキリサメがいれば多少なりとも情報が手に入り、考察しながら戦える。
「……無い物ねだりに過ぎんな」
私は改めてヒュドラの頭部を観察した。行動を起こしていないのは鷲と山羊と獅子の頭部に、本体とされるマネキンの頭部のみ。私はとある仮説が浮かび、メルの元まで駆け出す。
「ジョーカー、これ以上のお友達はいらねぇぜェ! こちとら蠍ちゃんで手一杯なんだァ!」
「なら私がそいつを惹き付ける。お前は本体を叩け」
左手にパニッシャーを握りしめると蒼色の獄炎を纏わせ、銀の杭を蠍の頭部に撃ち込んだ。すぐさま背後を振り返り、後を追いかけてきた二匹の鶴の頭部と二匹の蛇の頭部をノクスで牽制する。
「流石はジョーカー様だァ」
「早く行け」
「あいあいさ。九頭竜様の顔、一発ぶん殴ってきてやるよ」
メルはマネキンの頭部へ一直線に向かっていく。道中で奇術を発動すると黒色の雷をノクスへ帯電させ、自身を見下ろす鷲の頭部を警戒した。
「グァーッ!!」
「おっとォ、鴨はすっこんでなァ!」
やはり立ち塞がるのは鴨の頭部。腑抜けた鳴き声を嘲笑いつつ、メルは黒色の雷で退かそうとするが、
「グァグァーーッ!!」
「なッ、この鴨……ッ!?」
奇術も効果がないのか、まったく怯まない。鴨の頭部はメルを平らな嘴で突き飛ばすと陽気な鳴き声を上げた。
「あんの鴨野郎っ……! あたしを突っつきやがったなァ!?」
「……奇術でも押し通せないのか」
苦しそうに胸元を押さえ、四つん這いで鴨の顔を睨みつけるメル。血涙に耐性があるのかと予測していたが、メルの奇術もまるで効いていない。
「シャアァアァッ!」
「キョロッ、キョロッ!」
「……あの鴨を対処しなければ本体に近づけない」
私は蛇と鶴の頭部を相手にしながら、他の打開策を見つけなければと再度思考を張り巡らせる。
「私があの鴨を相手にする。中央の頭へもう一度仕掛けろ」
「あぁ、任せたぜェジョーカー」
歯を食いしばりつつ走り出したメル。私はその場に飛び上がると左手をヒュドラへ伸ばし、
「──
「グァグァッ!?」
鴨の頭部へ蒼色の蔓を頑丈に巻き付けた。メルの前から強引に退かそうと、私は身体を捻じらせながら自分の元へ手繰り寄せる。
「今だ、やれ」
「んなこと分かってんぜェ」
切り開かれたマネキンの頭部への道。私からの援護に応えるように、メルは黒色の雷を帯電させたノクスを振り上げ、
「故郷に帰んなァ」
ゼリー状のような顔へ突き刺した。ノクスから頭部へと雷が伝導し、黒色の火花が辺りに飛び散る。頭部が痙攣する姿から確実に効いているはず。
「こいつァ……あたしの雷を吸収してやがんのか?」
だが黒色の雷の威力はみるみるうちに落ち、ゼリー状の頭部に吸収されてしまった。手応えを感じなかったメルはその光景に気を取られていると、
「ちッ……んだこのスライムみてぇなのはァ!?」
マネキンの頭部からゼリー状の触手が飛び出し、メルの四肢に纏わりついた。引き剥がそうと雷を走らせるが、怯む様子は微塵もない。
「クソ女ぁッ! こいつでぶっ飛ばせぇッ!」
左手の蔓で鴨の頭部を拘束し、右手で鶴と蛇の頭部をノクスで捌く。そんな手一杯の私を見兼ねたジュリエットは、ゼリー状の頭部に取り込まれていくメルへ何かを全力投球する。
「ナイスだァ、ジュリエット……ッ」
ジュリエットが投げたのはスナップボム。メルは左手で上手く掴み取るとピンを口で引き抜き、
「あたしはクソ共が喜ぶような
その頭部にスナップボムを握りしめた左手を突っ込んだ。
「月まで吹っ飛びなァ」
瞬間、マネキンの頭部が爆発する。破裂するかの如くゼリーのような肉体が飛び散り、メルは爆破の衝撃で崖際まで転がっていく。
「あぶねぇッ!」
奈落の底へ落下する寸前、ジュリエットは両手を伸ばしてメルの右手を何とか掴んだ。その小さな身体で引き上げようと崖際で踏ん張る。
「こんのぉッ……早く、上がってこい……ッ!!」
「……ッ! くそッ、足が思うように動かねェ……ッ」
間近で爆破に巻き込まれたことで両脚を負傷したのか、メルは崖から這い上がってこない。ジュリエットの両手も限界が近いようで小刻みに震えている。
「「アオォオォーーンッ!」」
「や、やべぇ! あの犬野郎がこっちに……!」
二匹に分裂した狼の頭部は大口を開け、噛みつこうとジュリエットに迫りくる。私はやむを得ないと、左手から伸ばした蔓を巻き付けた鴨の頭部を解放し、
「「グルルルッ!?」」
「早く引き上げろ……ッ」
今度は二匹の狼の頭部を蔓で拘束した。鴨とは比べ物にならない程の横暴さ。私は千切れそうなほど引力が加わる左腕に力を込め、その場で堪えようとする。
「ジュリエット、その手を離せ……」
「なッ……ふざけたこと抜かしてんじゃねぇ!」
「あたしは大真面目だ。あんたなら、そんぐらい分かんだろうがァ──」
「呑気に喋んなッ!」
長い付き合いだからこそ意志を汲み取れるとメルは踏んだのだろうが、ジュリエットはその手を離さない。
「クソ女を地獄送りにして、後々閻魔の野郎に文句を言われんのは私なんだよッ! んなもん離せるわけ──ねぇだろうがぁあぁあッ!!」
瞳の色が
「グルァアァアッ!!」
「……ッ」
拘束していた二匹の狼の頭部が蒼い蔓を食い千切り、ジュリエットたちを獲物として認識すると、鬼のような形相で向かっていく。
「……間に合わんか」
私はパニッシャーを左手に構え、二匹の狼の頭部に連射する。しかし狼狽える様子はない。
「下がりなジュリエット!」
「うおわぁ……ッ?!」
メルはジュリエットを突き飛ばし、両膝を震わせながら二匹の狼の頭部に立ち向かい、
「げほッ、ぐッ、かはッ……けっこー、いてぇじゃねぇかァ……」
「メルッ!!」
一匹ずつ右肩と左肩へわざと噛みつかせた。鋭利な牙が肉に食い込めば、メルは何度か吐血をする。ジュリエットはその光景に思わず声を上げた。
「「グルルルァ……ッ!!」」
「クソ犬らしい、プレイバウだなァ……ッ」
牙が刺さった両肩から血が噴き出す。メルはそんな状態でもニタニタとした笑みを浮かべると、黒色の雷で肉体から火花を散らし、
「そのプレイバウ──あたしが調教してやる……ッ」
「「グルァアァァア……ッ!?」」
黒色の閃光が狼の頭部を伝い、ヒュドラの全身を雷が駆け巡った。メルによる奇術の最大火力。点滅を繰り返す発光に私は思わず目を細めてしまう。
「
しかし黒色の雷は鴨の頭部へ吸収されるかの如く収束した。そしてスナップボムで吹き飛んだゼリー状の頭部が再生すれば、
「──
交戦し始めてから傍観を続けていた鷲の頭部が上空から
「ふぎゃあぁあ……ッ!?」
「ジュリエット……ッ!」
ジュリエットを崖から突き飛ばしてしまった。メルは狼の頭部に両肩を噛まれながらも、左手を伸ばそうとする。
「「グルァアァアッ!!」」
「がッはァ……ッ!!?」
その瞬間、メルは狼の頭部に固い地盤へ一度だけ叩きつけられ、崖から奈落の底へ放り投げられた。激しく吐血をしたことで、宙に血液の粒が飛び散る。
「
落下していく二人に向けて蒼い蔓を伸ばしそうとしたが、鶴の頭部と蛇の頭部が私を一斉に取り囲むと、
「シャアァアァアーーッ!」
「……邪魔ばかりしてくれる」
一匹の蛇の頭部が私の上半身を覆うように噛みついてきたため、両腕でその口を閉じないように押し返す。
「キョロキョロォオォッ!」
「……ッ」
「キョロォオォッ!」
「この、鳥共……ッ」
だが二匹の鶴の頭部が鋭利な嘴で私の肉体を何度も
「シャアァアァアァーーッ!!」
「後ろか」
死角から地面を這いずってきたのはもう一匹の蛇の頭部。私の足元を
「……ッ」
右脚の骨格から筋肉まで粉々に破壊する。私は苦痛にやや顔を歪ませ、両腕から力が抜けてしまう。その隙を狙い、蛇の頭部は私の上半身を咥えた。
「痴れ者共め、
ヒュドラの声と共に私は奈落の底へ廃棄物のように捨てられる。身体を動かそうにも出血と疲弊のせいか、指先一つ動かない。
(……やはりあの男がいなければ──)
肉体が奈落の底へ真っ逆さまに落ちていく。奈落へ沈めば沈むほど、視界が暗闇に包まれる。何故ヒュドラに敵わないのか。そう自問自答を繰り返し、辿り着いた答えは、
「──何も見えんな」
眷属に対する過度な情報不足。単純だが対策不可能な、どうしようもない敗因だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます