6:4 Mimicry ─擬態─


 こちらに向かって雄叫びを上げた"ナニカ"が姿を消した瞬間、私たちは三人で即座に背中を預け合う。


「……アイツは」

「おいジョーカー、なんか心当たりでもあんのかァ?」

「見た目から考察するに、恐らく食屍鬼の一種だ」


 周囲の景色に溶け込む"擬態能力"を持った食屍鬼。ドレイク家やシメナ海峡で目にした食屍鬼のように、ストーカー卿とやらに手を施されているのだろう。


「おいおい、食屍鬼が何で姿を消せんだよ? あたしはんなこと初耳だぜ」

「話は後だ。今はアイツを仕留める」


 岩壁や地面に落ちている血の跡。私は視線で辿りながら雷鳴刀を引き抜き、


「ォア"ァア"ア"ァア"ッ!!」

「そこか」


 飛びかかってきた擬態型を一太刀で斬り捨てた。胴体が真っ二つに割れ、擬態型は苦痛に満ちた悲鳴を上げる。


(……肉体を斬り刻んでも擬態は可能か)


 地面に転がっていた二つの胴体は各々で擬態を始めた。このまま逃走されるのは厄介だ、と私は雷鳴刀を左半身へ突き刺し、左足で右半身を押さえ込む。


「こいつの心臓を狙え」

「あいよ」

 

 メルは食屍鬼の殺し方を理解はしているようで、擬態型の左半身に向かってパニッシャーの引き金を引いた。


「ォア"ッ、ァア"ァア"ァアウ"ーーッ!!」


 銀の杭が心臓へと突き刺されば、声にもならぬ叫びと共に擬態型は灰へと変わっていく。私は雷鳴刀を一度だけ振り抜くと、背後を振り向いた。


「お、おい、殺せたのか?」

「……まだだ」


 姿を視認できないものの、周囲から何十匹もの気配と殺気を感じ取れる。始末した擬態型の声に呼び寄せられたのか、私たちは既に取り囲まれていた。


「どーすんだァ? 奇術で一気に殺っちまうかァ?」

「この狭い渓谷で派手に暴れてみろ。私たちは仲良く生き埋めだ」

「あぁそうかい。流石のあたしでも墓友は勘弁だぜェ」


 奇術と血涙の力には頼れない。私は雷鳴刀を両手でメルはノクスを片手で構えながら、捉えられない擬態型を警戒する。


「んなら、一体ずつ殺るしかねぇってことか」 

「煙の揺らぎで食屍鬼共の位置を確認しろ」

「りょーかいだぜェ」

 

 次々と襲い掛かる擬態型。私とメルは白煙だけを頼りに擬態型の位置を把握し、向かってくる鋭い爪やらを受け流す。


「ちッ、見えなくなってきやがった。煙のせいで視力でも落ちてんのかァ?」

(……おかしい)


 暑さだけが原因の発汗はっかんではない。時間が経てば経つほど、頭痛と思考能力が落ちている。私は地表から噴き出す白い煙に一瞬だけ視線を向けた。


「ォア"ァア"ァア"ァア"ァウ"ッ!!」

「……ッ」

「ジョーカー!」


 瞬間、目前まで迫っていた擬態型が私の首を長い手で掴み、高熱の白煙まで怪力で押していく。後頭部に伝わるのは炎で焼かれるような鋭い痛み。抵抗しようにも上手く身体に力が入らない。


「どきやがれぇッ!」

「ォア"ァア"ァア"ァア"……ッ!?」


 私の首を掴む擬態型へ突進したのは、ゴーグルを着けたジュリエット。小柄な肉体で飛び上がるとパニッシャーを二度発砲し、擬態型を灰へと変えてしまう。


「おい、このゴーグルを使え!」

「あ? 今そんな余裕は──」

「いいから使えって言ってんだろうが!」


 そう言ってこちらへ投げ渡したのは、ジュリエットが普段から頭に付けていたゴーグル。私とメルは半信半疑になりながらも言われた通り、ゴーグルを顔に着けてみた。


「……これは」

「おいおい、こりゃあ"サーモグラフィー"ってやつじゃねぇか」

 

 緑色のレンズ越しに見えたのは、真っ赤な景色に映り込む真っ青な人型。赤外線の放射強度を分析し、対象の表面温度を可視化しているらしい。


「なるほどな。赤外線で鮮明に姿を認識できるのは、暑苦しい環境とは逆に食屍鬼の体温が極度に低いからか」

「そういうことだ! さっさとこいつらをぶっ潰すぞ!」


 姿をハッキリと視認できるため先ほどとは戦況が変わる。擬態という個性さえ失えば、ただの食屍鬼と変わらない。私たちは向かってくる擬態型を次々と葬った。 


「はぁはぁッ……お、終わったのか……?」

「辺りに食屍鬼共の姿はない。ひとまず片付いたらしい」

「透明な食屍鬼なんざァ、B級ホラー映画で十分だぜ」


 私たちは取り囲んでいた擬態型をすべて始末すると付けていたゴーグルを外す。私は頭痛に顔をしかめながら、奥地に続く道を見つめた。


「先に進むぞ。食屍鬼共が集まる前にな」

「あぁ、ジョーカーに賛成だァ。こんなサウナみてぇな場所にいると頭がクラクラして──」

「おい、クソ女ッ!? どうしたんだよ!?」


 そう言いかけた途端、身体から力が抜けるようにしてメルは気を失ってしまう。ジュリエットはすぐにメルへ駆け寄った。


「目を覚ませよクソ女! おい、目を覚ませって!」

「死神の息吹……そういうことか……」


 私は気を失ったメルを右脇に抱えると前へ前へと歩を進める。ジュリエットは地面に置いていた背嚢はいのうを背負い、後を追いかけてきた。


「な、何が分かったんだよ?! 私にも分かるように説明しやがれ!」

「死神の息吹の正体は──炭素の酸化物だ」

「炭素の酸化物……ってことはこの白い煙はぜんぶ"二酸化炭素"なのかよ!?」


 川の水が天然の炭酸水だった原因。それはこの奥地に川の源があるからだろう。窒息死するという噂も、この渓谷へ訪れた者が濃度の高い二酸化炭素を吸い続け、"二酸化炭素中毒"になっただけに過ぎない。


「このまま先に進むのは……愚策か」

「お、おい、しっかりしろよ! こんなところで寝るんじゃねぇ!」


 私は強い眠気に襲われ、うつ伏せに倒れてしまう。ジュリエットが身体を揺さぶってくるが、身体に微塵も力が入らなかった。


「なぜお前は、平然としていられる……?」

「私のことなんてどーでもいいだろうが! くそ、どうしたら……そうだ、確か私はアレを持ってきて……!」


 ジュリエットは背負っていた背嚢を下ろしガサゴソと中身を漁る。そして細長いボトルを取り出し、チューブが繋がったマスクを私とメルに付けた。


「ゆっくりと呼吸しろ! 少しはマシになるはずだぞッ!!」


 意識を維持し続けながらゆっくりと深呼吸をすると、眠気は徐々に覚め、全身に力が込められるようになっていく。 


「……これは、酸素が詰められたボトルか。こんなものをよく持ってきたな」

「最初に言っただろうが、私はお前たちと違って用心深いってな! ほんと、念のために持ってきて正解だったぜ」


 私は右手で頭部を何度か叩くとその場に立ち上がり、メルを右脇に抱えて再び奥地を目指した。ジュリエットの背嚢から伸びたチューブから酸素を摂取しつつ、しばらく歩いていれば、


「……また食屍鬼か」

「しかもやべぇ数いるじゃねぇか……! ど、どうすんだよ? 酸素のボトルも限界があるし、ここを通らなきゃならねぇぞ……」

 

 前方で擬態型の食屍鬼が獲物を求めて彷徨っていた。ゴーグル越しに数を確認してみると、先ほどよりも倍の数が岩壁に張り付き、集団で固まりながら道を塞いでいる。


「その鞄に銀の杭は何本入っている?」

「パ、パニッシャー用の銀の杭ならそれなりに入ってんぞ」

「すべてここに出せ」


 ジュリエットは背嚢からパニッシャーの弾倉をすべて取り出すと、中身の銀の杭をありったけ地面に置いた。


「おい、これで何すんだよ……?」

「酸素ボトルが尽きれば詰みだ。遠回りをする時間もないだろう」

「お前、アイツらとやり合うつもりじゃねぇだろうな……? 酸素ボトルを付けながらやり合うのは、どう考えてもアホがする──」


 私は言葉を遮るようにして右手を振り払い、裏側の上製本を見開きの状態で呼び出し、大きく深呼吸をすると、

 

Omenオーメン

「なッ!? おい待ちやがれ!」

  

 上製本を表側にした後、酸素を取り込むためのマスクを外し、呼吸を止めたまま擬態型の食屍鬼の群れまで駆け出した。


「ォア"ァア"ア"ァア"ウ"ッ!!」

「オ"ァア"ァア"ッ!!」


 置かれていた五十本程の銀の杭に文字を刻み込み、私の周囲へと円状に配備する。警戒することなくこちらへ一直線に向かってくる擬態型。 


「ォア"ァア"ァア"ァーーッ?!」

「オ"ォア"ァア"ァ……ッ!?」


 私は銀の杭を巧みに操りながら、擬態型の心臓に向けて黙々と突き刺していく。振り下ろされた鋭い爪は、円状に配備した銀の杭を回転させ弾き飛ばした。


(やはり取り柄は擬態だけか)


 右手で配備した銀の杭を操り、左手に握りしめたパニッシャーで擬態型を仕留める。単調な動きは一般的な食屍鬼と変わらないため、特に苦戦することもないまま、


(──失せろ)

「ォオァアァアアァアウ"……ッ!!?」

「オアァアァッ!?」


 周囲から飛びかかってくる十匹の擬態型の心臓に向け、配備していた銀の杭を一斉に射出させ、一匹残らず灰へと変えた。


(……所詮は吸血鬼共の失敗作に過ぎんな)

「な、中々やるじゃねぇか! この私が見込んだだけあるな!」


 私は血涙の力を解除すると、ジュリエットがメルを引きずりながら私の元まで駆け寄り、酸素ボトルに繋がったマスクを手渡してくる。私は渡されたマスクを付けて大きく深呼吸をした。


「……この辺りは白煙が薄い。時機にこの一帯を抜けられるはずだ」

「じゃあ早く抜けちまおうぜ……! クソ女が目を覚まさねぇのが心配だ!」

「この女の身を案じるのか」

「ち、ちげぇ! 私が心配してんのはこのクソ女のことじゃなくて、戦力になるヤツが減ることに対して心配してんだよ!」 

 

 身振り手振りで必死に弁解をするジュリエット。私は何を弁解しようとしているのか、と呆れながらメルを右脇に抱え、


「そうか」

「お、おい、まだ話は終わってねぇぞ!」


 この一帯を抜けるために早足で奥地を目指すことにした。

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