6:2 Tonitrus Katana ─雷鳴刀─
あれから三日後。私はジュリエットに呼び出され、実験室までの廊下を歩いていた。先ほどまで廊下を何者かが駆け回っていたのか、やや埃が舞っている。
「おいクソ
「クスクスッ、知らねぇのかァ? 机は物を置くために作られてんだよ」
実験室を包み込むのはジュリエットとメルの喧騒。私は「またか」と呆れながらも実験室へ顔を出した。
「……何の用だ?」
「おーおー、ジュリエット。お目当てのジョーカーが来てくれたぜェ」
「いちいち口を出さなくても分かってんだよ!」
メルが私を顎で指し示すとジュリエットは苛立ちを隠し切れない様子で、実験室の隅に置かれていた縦長い木箱を持ち上げる。
「ジョーカー……と、お前はまだ私をそう呼ぶのか」
「あ? んでそんなこと聞くんだよ?」
「私はお前たちにとってグローリアの犬だろう」
「あぁそういやあんた、名前はアレクシアだったなァ……っと隙あり!」
気にも留めていない。メルはそう言わんばかりに私の背中を軽く叩いてから、ぬこぬこパーカーとやらのフードを強引に被せてくる。
「何のつもりだ?」
「クスクスッ、メルちゃんが知ってんのは猫を被ってるジョーカーだぜェ。それに本名で呼ぼうがァ便所の落書きで呼ぼうがァ……あたしの勝手だろ?」
「……そうだな。お前の勝手だ」
私が不機嫌な様子を露にしたところで、この女は特に反省もせずニヤニヤとした笑みを浮かべていた。どこまでも気に食わん女だ、と思わず視線を逸らすと、
「よーいしょっとぉ!」
ジュリエットが細長い木箱を、私たちの前にある鉄製の机に置く。それなりに重みがあるのか、机の脚から軋む音がした。
「お前を呼んだのは……ヴィクトリア婆にこれを渡すよう頼まれたからだ」
「何だこの箱は?」
「ふふんっ、開けてみやがれ!」
何故か胸を張っているジュリエット。私は言われるがままに木箱の箱を開けてみると、中身には特殊な鞘に納められた剣が入っていた。
「……剣か?」
「おいおい知らないのか? しょーがねぇやつだなぁ、この私が教えてやるよ! こいつは
「
一見すれば細身の剣だが、手に取ってみればその見た目に反してずっしりと重量がある。試しに鞘から引き抜き、その刀身を確認した。
「この
「ピンポーン、正解だぜジョーカー。そいつァ
「刀を発明するのには苦労したぜ、まったく! この私でも一年かけないと工程を理解できなかった──」
「この日本刀とやらは……完璧に再現出来ているのか?」
「そ、それは、お、お前……正直、見よう見まねで発明したから……」
「だろうな」
狼狽えるジュリエット。私が違和感を覚えたのは主に刀身。正しい工程は知る由もないが、この刀とやらはこれだけの重量に見合った精錬が行われていないのだ。
「……"片側に刃が付いている"刀剣か」
「ふふんっ、変わってるだろ? そんじゃそこらだと見られない武器を私は発明して──」
「ルクスと似ているな」
ふと脳裏に過ぎったのはグローリアにて支給されていたルクス。自慢げに語り続けるジュリエットの言葉を遮り、私が刀とやらを鞘に納めると、
「あぁ? ルクスって何だよ?」
「グローリアで普及している剣だ。片側の刃以外にも形状がやや似ている」
「なッ?! う、嘘つくんじゃねぇ……ッ!!」
ジュリエットは焦燥感に駆られた様子で私が持っていた刀を奪い取る。
「グ、グローリアの犬共に先を越されるはずがねぇだろ……! この刀は私が初めて発明した武器で……!」
「数年前からこの刀剣に似たものが存在する。実際に私はルクスで吸血鬼共を始末してきた」
「……チッ、グローリアの犬共に後れを取るなんて」
悔しさが込み上げてきたのか、刀を強く握りしめながら顔をしかめるジュリエット。それを見兼ねたメルは無言でジュリエットの頭を押さえる。
「つまりはァ、グローリアの犬共もどういうわけか"日本刀"を認知していた。んでもって、そこから色々とパクって今も悠々と我が物顔してるわけだ」
「考えられるとすれば……裏で
何もかもが一新されたディスラプターα。異世界転生者であるキリサメへの推薦状。ルクスが日本刀を模倣していた事実。どれもがA機関で武装開発を務めていたシャーロットに関与する。
(……あの小娘、私たちの前でまた芝居を売ったな)
ルクスは私が孤児院で暮らす数年前から存在した。数年前から異世界とやらの技術を取り込んでいたとなれば、あのシャーロットが異世界転生者の存在について無知なはずがない。
「グローリアの犬共はあたしらについてどこまで知ってんだァ?」
「
「クスクスッ、こりゃあ臭うぜ。三ヶ月放置したミソスープ"みてぇになァ」
異世界転生者の存在を皇女が隠蔽している。シャーロットはそう語っていたが、実際はあの小娘もその一味。私が考える素振りを見せていると、メルは口を閉ざしたジュリエットの頭を強く押さえつけた。
「いつまでウジウジしてんだァジュリエットちゃん? ご自慢の発明品をジョーカーに語ってやりなァ」
「や、やめろクソ女ッ! んなこと分かってんだよ!」
「グローリアの犬共が時代の最先端を進んでようがァ、あんたはあんたの時代を進めばいいんだぜ。そう焦んなってジュリエット」
長い付き合いだからこそ慰め方を知っているようで、メルはジュリエットから握りしめていた刀を取り上げると私へ投げ渡す。
「ジョーカー、試しに素振りしてみなァ」
「あぁ」
私は受け取った刀を左腰に添えると右手で持ち手を握りしめた。その光景を目にしたメルは「やれやれだぜ」と言わんばかりに首を振った。
「クスクスッ、向きが違うぜジョーカー」
「向き?」
「日本刀ってのは刃を上にして抜くんだぜ」
通常の鞘とは逆の向き。私は促されるまま刃を上にした状態で構え、ルクスと同じように抜刀を試みる。
「……これでいいのか?」
「おーおー、手慣れてんなァ。あんたなら痛快爽快な時代劇で主演を勝ち取れんぜェ、将軍様よォ」
ルクスより重量があるため、片手で振り回すのには不向き。恐らくこの日本刀とやらは両手で構えてこそ真価が発揮されるのだろう。私は両手で持ち手を握り、何度か試し斬りを行った。
「ジョーカー、もう
「どの前世もない。今は勘と感覚で試しているだけだ」
「あぁそうかい。人斬り様にはなってくれんなよ」
握り方は比較的に優しくする。力任せではなくこのずっしりとした重みに身を任せ、刃の流れを意識しながら振り抜く。私が黙々と正解を導き出していると、メルがジュリエットに視線を送った。
「さ、鞘から刀を思いっきり引き抜け!」
「何故だ?」
「私がやれって命令してんだ! さっさとやってみやがれ!」
私は言われた通り一度鞘へと刀を納め、抜刀の構えを取る。そして先ほどよりも迅速に引き抜けば、
「……!」
バチバチッという音と共に雷が刀身に纏わりついた。メルはニヤニヤと笑みを浮かべつつもスマホをこちらに向け、観客気分で撮影をしている。
「この日本刀は鞘から引き抜いた摩擦で静電気を起こして、刀身に帯電させられる発明品だ! 名付けて
「……雷鳴刀」
「思いっきり引き抜くと"雷が鳴く"からな。だから雷鳴刀!」
先ほどの落ち込んだ表情はどこへ消えたのか。今のジュリエットには活気が戻り、胸を張って自身の発明品を説明していた。メルはそんなジュリエットを静かに眺める。
「これを私に使えと?」
「本当はヴィクトリア婆の為に発明してた。けどこの間、お前に譲ってやれって言われたんだよ。使えんのはお前ぐらいしかいねぇってな」
「……そこにも受け渡す候補はいるだろう?」
「あたしは長物が好みじゃないんでね。こいつで十分なのさ」
私が視線を移せば、メルがこちらにノクスとパニッシャーを見せつけた。雷鳴刀とやらを使い慣れるのに時間はかかるものの、ノクスだけでは心もとなかったため、この先のことを考慮すれば都合がいい。
(……例の漫画から影響を受けているな)
刀身が帯電した状態で鞘へ納めてみれば、内部に絶縁石が組み込まれているようで、雷は一瞬にして打ち消される。刀身に既視感のある雷の模様が描かれていたことから、恐らくは漫画の刀を模倣しているのだろう。
「んじゃあ、お次はお着替えターイムだぜ」
「……着替え?」
好調な様子で肩を組んできたメルは私をどこかへ連れて行こうとする。ジュリエットも何故か乗り気なようで、私の背中を押してきた。
「何のつもりだ?」
「ジュリエット様とクソ女で考えてたんだよなぁ! クルースニク協会にも制服みたいなのが合ってもいいんじゃねぇかって!」
「制服……」
この二人が良からぬことを考えていると悟り、私は冷めた表情で雷鳴刀を机に置くと、そのまま実験室から廊下へ引きずられていく。
「安心しなァジョーカー。あたしがデザイン、ジュリエットちゃんが発明を担当した大傑作だぜェ」
「下らん」
「クソ女は着ようとしねぇし、私もサイズが合わなかったんだよぉ! 完成したまま、ずっと放置してあったから困っちまって……!」
「知らん」
聞いてもいないことを流暢に語り続ける二人。私はそんな二人を止められないまま、更衣室へと連れていかれた。
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