SideStory:霧雨海斗C
※この物語はメサヴィラへ訪れる前のお話です。
クルースニク協会に用意された一室。俺はアレクシアからアベル家の動術である波動ってのを教えてもらい、自分の部屋で練習していた。
「んー、なんか感覚が掴めないんだよなぁ……」
俺がアベル家の波動を選んだ理由は、親友の
「もしかして、そもそもの練習方法が違うとか……?」
波動は『波のような緩急を様々な動作に浸透させる』ことが特徴だと教えてもらった。アレクシアが言っていた自主練の方法は「自分が全力で握りしめた左拳を右手で叩いて開かせる」という単純なもの。
『左拳を作れ』
『これでいいよな?』
『あぁ、見てろ』
アレクシアが普通に叩いても勿論左拳は開かない。けど波動を利用して叩かれた時、
『……! 今、俺の手が勝手に開いて……!』
『波をお前の拳に浸透させ、強引に開かせた。これが波動だ』
勝手に左手が開いた。自分の手が誤作動を起こしたような感覚に、目を丸くしていると、アレクシアは溜息をつく。
『この技は基礎中の基礎だ。これができなければ先へは進めん』
『わ、分かった! 何とか習得するよ!』
基礎中の基礎。どうやら俺は早々に
「……何やってんだお前?」
「うおッ……何だよジュリエットか」
部屋に顔を出してきたのはジュリエット。俺が急に声を掛けられて驚くと、絶妙な顔でこっちを見つめてくる。
「どうしたんだ? 俺に用でもあるのか?」
「前に言っただろうが! 例の漫画を見せてもらうからなって!」
「あー、そういやそうだったな」
武器とかを紹介してもらった時に、"人間と鬼が戦う漫画"の続きを見せる約束をしていた。俺がスマホを取り出すと、ジュリエットはムスッとした顔で近づいて奪い取る。
「あー……電子書籍の開き方は……」
「んなもん知ってるに決まってんだろうが! 私を誰だと思ってやがる!?」
「そ、そうっすか……」
そのまま部屋を出ていかず、ベッドの上で座りながら漫画を読み始めた。あまり自主練の姿を見られたくないが、ジュリエットは俺に無関心のようで微塵もこっちを見てこない。
「「……」」
部屋に漂うのは微妙な空気。俺が左拳を右手で叩いて、ジュリエットがベッドの上で漫画を読む。そんなシュールな光景がしばらく続いていると、
「……何をしている?」
「あっ……」
今度はアレクシアが部屋に顔を出した。アレクシアはジュリエットがいることに気が付くと、少しだけ頬をピクつかせる。
「えーっと、もしかして本を読みに来たのか……?」
「……あぁ、どうやら先客がいるようだが」
「ちょっと前に約束したからさ。今日はジュリエットに譲ってやってくれ」
メルのスマホに共有しとけば良かった……なんて考えていると、アレクシアもベッドまで歩み寄り、ジュリエットの隣に腰を下ろしていた。
「んぁ? んだよ、このスマホは私が使ってんだぞ?」
「その漫画とやらを私にも読ませろ」
「あぁ!? 聞こえてなかったのか!? 今は私が使って──」
「二人でも見れるだろう。それともお前は目が悪いのか?」
ガミガミと口論する二人。俺は苦笑しつつもやり取りを聞いて、ひたすらに動術の自主練に励む。
「最初からだぁ!? 私は今ちょーどいい場面を読んでるんだぞ!?」
「時間はあるはずだ」
「ちッ、仕方ねぇーなぁ! 私のペースで読むから文句は言うなよ!?」
「あぁ」
いつの間にか最初から読むことになっている。横目で少しだけ二人の様子を確認すると、ジュリエットが持っているスマホをアレクシアが隣で覗き込んでいた。
「……読むペースが遅いな」
「さっき文句は言うなって言ったばかりだろうが! 文句があんなら見なくてもいいだぞ!?」
「今のは文句ではない。ただの所感に過ぎん」
「だったら二度と所感を口に出すな!」
微妙な空気が少しだけ明るくなる。俺はアレクシアに助けられたと胸を撫で下ろし、試行錯誤しながら波動の自主練を続けた。
「「……」」
(んー? アレクシアが叩いた時はあんな簡単に開いたのに、何で俺がやるとダメなんだ?)
落ち着いたようで黙々と漫画を読み進める二人。図書館のような雰囲気に俺もできる限り静かに自主練をしていたが、
「うっぐッ、ぐすんッ……」
「ちょっ!? 何でジュリエットが泣いてるんだよ!?」
しばらくすると泣き声が聞こえたため振り向いてみれば、ジュリエットが号泣していた。俺が何食わぬ顔で座っているアレクシアへ視線を移すと、
「鬼を始末する精鋭の一人が致命傷を負った。今はその精鋭が主人公と会話している場面だ。恐らくこの精鋭は助からんだろう」
「あ、あぁー……全部理解したよ……」
冷静に読んでいる場面の説明をする。多分そこは映画化したお話の場面だ。歴代
「うぅ、ぐすッ、ちっくしょうッ……頼むから生きてくれよぉ……ッ」
「……上位種でも日光が欠点なら、まだやりようがあるな」
感情が揺さぶられるがまま悲しみに浸るジュリエット。暗い表情一つ見せず、冷静に鬼の分析をするアレクシア。"三者三様"って四字熟語に適合している光景だ。
(アニメとか見せたら、二人は驚くだろうなぁ)
この漫画はアニメ化もしているので可能なら視聴させてみたいが、ネットが繋がらない環境では不可能。俺は「仕方ないよな」と再び動術の練習に集中する。
「……変わった男だ。敵に同情する必要はないだろう」
「そーこーがーいいんだろ!? この"石頭"はクソほど真っ直ぐだから、こうやって堂々と主人公をやれてんだよ!」
「拷問でもして上位種の情報を吐かせるべきだ。本当に死滅させたいのであればな」
「んな主人公、だーれも見たくねぇだろうが! お前はこの漫画の良さをなーんも分かってねぇよ!」
ジュリエットの訴えに首を傾げるアレクシア。確かにあの漫画の主人公は敵に同情したり、敵の術を褒めたり、とにかく仏のような心を持つ。アレクシアにとって到底理解が及ばない人物かもしれない。
「お、おぉ……! びゃーびゃーうるさかった"黄色のへなちょこ"が、こんな立派になっちまうなんて……これが親の気分ってやつか……」
「お前は読み手だ」
「ど、どどど、毒使いの
「叫んでも声は届かんぞ」
物語も終盤を迎えているようで、ジュリエットとアレクシアがてんやわんやしていた。この漫画の終盤は一気に駆け抜けるため、多分ジュリエットはすべて読み終わった後、真っ白に燃え尽きる。
「私はもう……感情と言葉が追い付かねぇよ……」
「はははっ、やっぱりそうなるよな……」
案の定、ジュリエットはベッドで横になりぼーっと虚空を見つめていた。登場キャラクターが終盤は悉く死んでいくので、大体の読者はこうなると思う。実際、俺自身もそうなった。
「お前は大丈夫だったか?」
「……? 何の心配だ?」
ただアレクシアだけは読み終わっても平然としている。暇を潰せて丁度良かった、ぐらいの顔だ。
「その漫画、どうだった? 俺たちの世界では世界一と言ってもいいぐらい人気だったんだけど……」
「……この漫画とやらは不思議と惹き付けられるものがある。要因の一つは恐らく、読み手が同情しやすい家族や繋がりが関係するのだろうな」
「あー、確かにそうかも! 人間側にも鬼側にも絶対に過去があって、大体が人と人の繋がりが関係するし」
幅広い年齢層で人気なのはやっぱりどこか惹き付けられるから。それは俺もこの漫画を読みながらしみじみと感じていたこと。感想を言い合う中でジュリエットは泣き疲れたのか、いつの間にか眠っていた。
「……過去に『吸血鬼共が真の意味で消えれば、死んでも構わないと考えているのか』と聞いたな」
「あぁ、聞いたと思う」
「答えてやる。私が生きる意味は──吸血鬼共を殺すためだけにある。吸血鬼共が消えれば、私の生きる意味もない。これがお前の求めていた答えだ」
アレクシアは夕陽が差し込む窓を見つめながらそう答える。その儚げな表情に俺は呆然としてしまう。
「……それとだ。私に『幸せを見つけ生きろ』と言ったが、その資格があると思うか?」
「資格は、あると思う。お前は今までずっと戦い続けてきたんだろ? 吸血鬼が消えたら、そりゃあお前にだって幸せになる資格ぐらい──」
「私が過去に暴虐の限りを尽くし、周りの人間を踏み台にしていてもか?」
「それは……」
突然そんなことを問われ、俺は言葉を詰まらせてしまった。アレクシアはベッドから立ち上がると、握りしめていた俺の左拳を見つめる。
「多くの人間を蹴落とし、多くの恨みを買ってきた。手を差し伸べることよりも拳を振りかざす方が多かった。こんな私に、お前は幸せを見つけろと言うのか?」
「アレクシア……」
「……私にはその資格がない。あるのは吸血鬼共を始末する資格だけ──」
「でもそれは、お前が
俺は握りしめていた左拳を右手で叩くと、波動が上手く伝わり勝手に開いた。アレクシアは静かに俺の左手から顔へ視線を移す。
「確かにお前は鬼のように厳しくて、すげぇ無愛想だし、平気で問題起こすし、嫌いになりそうなことも何度かあった。……でもこんな俺の面倒を見て、何度も立たせてくれただろ」
「……」
「俺が知ってるのはそんな
アレクシアは"過去"を"自分"の一部として背負っている。だからこそアレクシアと
「もっとこう、アレクシアとしての人生を謳歌しようぜ! 前に"クグロフ"ってお菓子が好きだったとか言っただろ? それを作ってみるとか──」
「お前は」
「ん?」
「お前は……私を惑わす
俺なりの考えが上手く伝わったのか、アレクシアの強張ってた表情が少しだけ緩んだように見える。初めての反応に俺はちょっとドキッとし、視線をわざとらしく逸らした。
「おーおー、揃いも揃って何してんだー……って、ほんとに何してんだ?」
「あ、あぁメル! 読みたかった漫画をさ……その、ジュリエットとアレクシアが読んで、今は全部読み終わって……」
しんみりとした空気の中、いいタイミングでメルが顔を覗かせてくる。俺はしどろもどろになりながら説明をした。
「クスクスッ、んでジュリエットちゃんはバタンキューしてんのか」
「そうそう! アレクシアとジュリエットが一台のスマホで読んでたけど、二人の姿がまるで絵本を読んでる母親と娘みたいでさ!」
「絵本を読んでる、母親と娘……」
「……メル?」
冗談交じりに説明をするとメルは表情を曇らせる。俺が変な反応に首を傾げているとメルは我に返り、いつものニタニタとした笑みを浮かべた。
「あぁ気にすんなァ色男。ちっとマジックペンがどこにあんのか考えてただけさァ」
「マジックペン? 何でそんなものを探そうとしてんだ?」
「クスクスッ、決まってんだろォ。ジュリエットの顔に便所の落書きしてやんだよ」
「あー……そういうことか」
悪戯心を躍らせたメルはマジックペンを探しにどこかへ去っていく。ベッドの側に立っていたアレクシアも静かに部屋の出口へ歩き始めた。
「魔女の馬小屋とのケリが付いたら……別の本も読ませてもらう」
「あぁまだまだあるから楽しみにしとけよ!」
「……少しは、期待しておく」
自分の部屋に帰っていくアレクシア。俺はスマホを握りながら眠っているジュリエットの側に座る。
「ちょっとは、心を開いてもらえたんだよな……?」
夕陽が差し込むベッドのシーツは──ほんのり温かさを感じた。
SideStory : Kaito Kirisame C_END
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