SideStory : Kaoru Makigai ─牧貝 香─
※この物語はアレクシアがロストベアに渡る前のお話です。
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俺の名前は
「こ、ここって……も、もしかしてぇ!?」
が、何と異世界転生をしてしまった。ソーシャルゲームの為に夜遅くまで周回していたせいで、朝の登校中にぼーっとしたまま赤信号を横断し、
『きゃあーーッ!? 人が轢かれたわーーッ!?』
あっという間にトラックに轢かれてしまいましたとさ。俺の人生は終わりチャンチャン……ってなわけでもなくて、今こうやって異世界転生をして森の中にいます、はい。
「異世界来たぁあぁあーーーーッ!!!」
読み漁ったラノベの数は無限。専門家という括りがあれば、俺はラノベの専門家になれる。特に"異世界転生"というジャンルにおいては飛び抜けた知識があるんだ。
「やったぜぇ……! これで陰キャの俺にもハーレム・最強・スローライフという三種の神器が揃うってわけかぁ!」
ヒロインポジの美少女は青髪がいい。できればロング。後は上着でパーカー着ていてほしい。下は黒タイツでも生足でもニーハイでも可。
「でも神様から何も説明されなかったな。『おお、そなたは死んでしまった!』みたいなのはないかぁ。まぁ最近の流行りものは特に説明もなしにいきなり異世界! ……ってのが多いし、そっちのパターンだろーな」
とりあえず辺りを歩きまくろう。画面にステータス表示もないし"VRMMO"パターンでもない。この世界の人と出会えば、きっと世界観的なものが掴めるはず。
「……」
「おっ、誰かはっけーん……って学校の制服?」
ちょっとだけ歩いてみると人影を見つけました。ファンタジーの衣装じゃなくて、バリバリ学校の制服を着てる男子高校生。ていうかどっかで見たような顔だ。
「ちょっ、
「……?」
こいつは
「俺だよ俺!
「……」
「もぉー、少しは喋れっつーの!」
しかもこいつは無口すぎる。誰かに声を掛けられても「はい」や「いいえ」すら答えない真のコミュ障。喋っても声が小さすぎて何を言ってるのか分からないし、クラスの中で陰キャのコミュニティにも所属できてないやつ。
「ていうか、お前も現実で死んで……転生してきたパターンだよな」
「……」
「異世界ぐらい喋ろうぜ、ほんと……」
ただ風の噂で雪兎がラノベの新人賞を取ったみたいな話を聞いた。本ばかり読んでいるから、ラノベとか小説とか書けるのかもしれないな。まぁ、どんなやつを書いてるのか一切知らないけど。
「待て待て、他のやつも異世界転生しているパターンなら……俺らのクラスメイトみーんな異世界転生してるとかあり得るくね?」
「……」
「まっ、今は一緒に行動しよーぜ雪兎。ハーレム展開はぜってぇに譲らないけどな!」
どーせ美少女を前にしてコミュ障で喋れないから、そんな心配しなくても大丈夫だと思うけど。
「あのぉ! もしかして、あなたは
森の中を歩いていたら教徒みたいな恰好の男に声を掛けられた。ファーストコンタクトが美少女じゃないのが残念だけど、こっから物語が始まるんだろうな。
「あぁ多分そうっすよ。俺とこいつは異世界転生者です」
「やはりそうでしたか! あの英雄と謳われる異世界転生者様! どうか我々にそのお力を貸してください!」
「よし、いいだろう! 俺に任せておけ!」
この異世界では異世界転生者が英雄と呼ばれるのかぁ。崇められるような気分で悪い気は全然しない。
「では私目に付いてきてください! 異世界転生者様が集う本部があります!」
「んじゃあ案内してくれ!」
「……?」
他の異世界転生者もそれなりにいるのか。ちょっと残念だけど、こういう展開も悪くない。ただ俺の隣で雪兎は冷めているけども。
「こちらが我々の本部です!」
「うおっ、なんじゃこりゃ? スマホだらけじゃん……」
「貴方様を象徴する証のようなものですから! それほどまでに我々は異世界転生者様を崇め続けているのです!」
連れて来られたのは変な村。けどまぁ、道中ですれ違う人たちは皆喜んで俺らにお辞儀をしてくる。きっと俺らが英雄だからだろうなぁ。
「それではこちらの部屋で少々お待ちください!」
「ういーっす!」
なんかすげぇ豪華な部屋で待ってろって指示された。よく漫画とかアニメで見かけるようなシャンデリアとか、誰か分かんねぇ絵画とかが飾ってある。
「って、俺ら以外にも異世界転生者ってそれなりにいるんだなぁ!」
部屋には数人ぐらい俺らと同じような異世界転生者がいた。ハンカチで汗を拭いてるサラリーマンのおっさんとか、泣いている小学生の女の子とか、とにかく色々な奴らがいる。
「おっ、見ろよ
「……」
俺が見つけたのは同期っぽい女子高生。赤メガネに暗めの髪色、ミディアムぐらいの髪の長さ。青色の制服ってことは多分、俺らの学校の姉妹校の
「なぁなぁ、君もこの異世界に来たんだろ?」
「は、はいッ!? そ、そそそうです
「んっと、"か"は余分だと思う」
試しに声を掛けてみたらテンパりまくった。この子は絶対に人見知りなんだろな。初対面だと何も喋れないタイプ。まぁこっちには雪兎っていう、一言も喋らない奴がいるから慣れてる。
「俺は
「わ、私は……し、
「いやだから、"か"は余分だって……後、声でかすぎな!?」
ぼそぼそと喋るのかと思いきや、けっこー大きな声量で自己紹介してきたな。ゼロか百かでしか音量調節できないパターンかもしれない。案の定、うるさいのが苦手な雪兎が耳を塞いでいる。
「す、すみましぇ、せん……! そ、その、私に、何か用です?」
「良かったら俺らと一緒に行動しようぜ。もし何かあったら俺らのこと頼ってもいいから」
「あ、ありがとうござましゅ……す! わ、私、ずっと、ずっと独りで、不安で……!」
どっか抜けてるし、明らかに人見知りだけど、小動物みたいで可愛いかもしれない。男として守ってあげたくなるタイプ。
「ハローハロー、異世界転生者のみんなー! んん? 転生ってなに? 転じて生きる?」
「あんたは静かにしなさい」
お喋りタイムしようとしたら部屋に誰か入ってきた。白と赤が入り混じったロングヘアーの無邪気な美少女タイプと、白と黄色が入り混じったツインテールの年上の落ち着いたお姉さんタイプ。そろそろハーレム展開来るかこれ。
「ねぇねぇ、みんなにイタイイタイしてもいいの? しちゃダメなの?」
「ダメに決まってるでしょ。にしても誰よ、こいつを派遣してきたのは」
「あははっ、そうだよね! それで派遣ってなに?」
「厄介払いって意味」
無邪気な美少女は「厄介払い?」を何度も呟きながら扉のノブをガシャガシャ弄りまくる。お姉さんタイプは俺らの注目を集めてから二度手を叩いた。
「えーっと……あんたたちには、この世界を救ってもらいたいのですー。私たち吸血鬼を殺そうとする人間たちを、異世界転生者のあなたたちに倒してもらいたいのですー」
年上のお姉さんとは思えないほどにすっげぇカタコトで喋る。部屋が何とも言えない空気に包まれていると、もう一人が部屋に入ってきた。
「つまりは美少女の手助けをしてほしいということさ──救世主の君たちにね」
(うおッ、すっげぇ美少女入ってきたぁあぁ!)
青髪のロングストレートに逆十字架の髪留め。整った顔立ちにスラリとした体格。まさに美少女の理想形とも呼べる女の子が入ってきた。
「あれっ、ハローハロー! 美少女お姉ちゃん! あれ、お姉ちゃんって血が繋がってるからお姉ちゃん? それとも血が繋がってなくても──」
「あんた、何でここにいるの?」
「"美少女は神出鬼没"という格言を知らないのかい?」
「知るわけないでしょ」
無邪気な美少女タイプとお姉さんタイプとはお知り合いのようで、テンポよく会話をすると、青髪の美少女が俺らの顔を一人ずつ観察してくる。
「目的はパートナー探しだよ。私のような美少女には相応しいパートナー……聞き手となる存在が必要じゃないか。独り身の美少女も儚さを感じるが、やはり美少女を引き立てるにはパートナーが──」
「あーはいはい。どうせ"
「絶世の美少女もまた、美少女を妬むことだってあるのさ」
目を付けたのは俺ら三人組。青髪の美少女は微笑みながら俺らに近づいてきた。
「あんた、
「……君に格言を与えよう。如何なる時も美少女を束縛してはならない。束縛するのはいつでも美少女からであれ」
「その格言、ありがたく受け取っておくわ。たった今捨てたけど」
まずは人見知りな初音に顔を近づけて、全身をくまなく観察する。
「この美少女のパートナーに相応しいかどうか試してみよう。さぁ君のアピールポイントを示せ」
「ア、アピールポイントでしゅ……すかっ?! そ、そんな、私に、アピールできるところなんて……」
青髪の美少女は残念そうな顔をすると今度は俺の前に立ってきた。美少女の顔が近くて、ちょっと恥ずかしい。微かにいい匂いがする。
「さぁ君のアピールポイントを示せ」
「俺は、俺は異世界転生についてめっちゃ詳しいんだ! 面白い話だって沢山できるし、荷物運びだってできるし、とにかく何でもできる!」
「ふむふむ、美少女の為なら何でもしてやれる。君はそう言いたいのか」
「そうそう! 美少女の為なら何でもする!」
俺は自分のアピールに確かな手応えを感じた。初音は人見知りで喋ろうとすると空回りするし、雪兎はもはや一言も喋らない。この三人の中なら俺が絶対に選ばれる。
「さぁ最後だ。君のアピールポイントを示せ」
「……」
(雪兎は喋れない! これは貰ったな!)
勝ち確、カードゲームで言うならリーサルだ。異世界転生者が沢山いる中で選ばれる俺はやっぱり主人公の素質があるんだなぁ。
「合格。君がこの美少女に相応しいパートナーだ」
「……え?」
でも青髪の美少女は雪兎を選ぶ。俺は思わず声を出してしまった。何も喋らないこいつが選ばれた理由が分からない。
「な、何でそいつが……!? コミュニケーションも取れないのに……!」
「だからこそ私のパートナーに相応しい」
「は?」
「私は美少女でもあり語り手でもあるのだよ。パートナーに必要不可欠なのは、美少女を如何に際立たせられるか。そう、際立たせるのに言葉は必要ない。そこにいるだけでいいだろう」
よく分からないことを説明すると、青髪の美少女は両手を銃のサインに変えて雪兎に指をさす。無邪気な美少女タイプ、お姉さんタイプ、美少女と自称する美少女タイプ。なんか、濃いキャラばっかりだ。
「君に格言を与えよう。美少女の前では常に謙虚であれ」
「は、はぁ……?」
「やれやれ、美少女からの格言に胸を躍らせないなんて……。そこは『イエス、美少女!』と便乗するぐらいしてもらわないとね」
意味不明すぎるノリをまた説明され、俺は困惑しかできない。そんな俺に興味を失った青髪の美少女は、雪兎を無理やりどこかに連れて行こうとした。
「待ちなさい。まだそいつの"検査"をしていないわ」
「美少女は今この瞬間にも若さを失っていく。一分一秒の時間すらも美少女にとってはかけがえのない──」
「あーはいはい。面倒だから少し黙ってろ」
お姉さんタイプはかの有名なスマートフォンを強引に雪兎へ握らせる。なんか、あいつ妙にモテてる気がしてならない。
「はい、お兄ちゃんもこれを持っててね!」
「お、おう! お兄ちゃんに任せろ!」
「あれ、お兄ちゃんってみんな異世界転生者? それとも異世界転生者がお兄ちゃん? あれ? んん?」
いつの間にか立っていた無邪気な美少女にスマホを渡された。妹系の美少女も悪くないな。……よく分からない頭の悩ませ方をするけど。
「そのスマートフォンで"ホーム画面"っていうのを開いてみなさい」
ホーム画面を開くっていうのは丸いところを押すだけだよな。お姉さんタイプは検査って言ったけど、何を調べんだろ。
「ん、んん、んんんーー? ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ……イッチィーーッ!」
「ひ、ひぃー!? な、なんでしゅ……すかッ!?」
「"
画面いっぱいに写ったのは数字。無邪気な美少女はドタドタと走り回りながら、俺らのスマホを順番に確認して、初音のスマホを奪い取って大きく掲げた。ちな、俺の数字はゼロ。
「で、あんたが選んだそいつは──二つ?」
「……」
「"
雪兎の画面には『2』と映り、復元と予言って文字が映ってたらしい。お姉さんタイプが驚いているけど、雪兎はスマホを見つめるだけ。ていうか、そもそも何の数字と文字だよこれ。
「あんた、分かってたの?」
「才を持つ者が美少女に集うのはこの世の理みたいなものだよ。夜空に月が浮かぶようにね」
「……あっそ。あんたと話すとイライラするからそいつを連れてどっかに消えろ」
お姉さんタイプは「しっしっ」と青髪の美少女を部屋から追い出そうとする。まぁ会話が通じないからイライラはするよな。
「さて君たち……遠い未来、もしこの世に生まれることがあれば──"来世"でまた会おう」
「……」
部屋から出ていくときに青髪の美少女は微笑んだけど、雪兎はちょっとだけ悲しそうな顔をして連れていかれた。
「ステラ、そいつを別の部屋に連れて行くわよ」
「あははっ、オッケーオッケー! あれ、オッケーっていいよって意味? それとも棺桶のオッケー? あれれ?」
「ひ、ひぃいッ?! な、なんでしゅ……すかッ!?」
無邪気な美少女は初音をひょいっと持ち上げてしまう。そういや吸血鬼って言ってたし、ロリでも力持ちなんだろうな。
「ブーンブーン、ハチが飛ぶーー! ハチミツたくさん、オーバーヒートォーー!」
「ひぃいぃーーーーッ!?!」
「あれ、ハチが飛んでるの? 飛んでるのがハチ? ハチミツがハチに必要なの? ハチがハチミツに必要なの? あれれ?」
部屋の壁を突き破ってどっかに消えた。無邪気に見えてすっげぇ力持ちパターンだなあの子。よくアニメか漫画で見かけた。
「……面倒ね、あぁ面倒。ほんっとに今日はイライラすることばかりよ」
「だ、大丈夫っすか? なんか、ああいう友達を持つと大変ですよね」
「は? あいつと友達?」
「す、すいません!」
お姉さんタイプがめちゃくちゃ不機嫌だ。ここぞとばかりに同情の声を掛けたけど、反射的に睨まれた気がして取り敢えず謝った。
「そう身構えてはなりません、五ノ罪様」
「……あんた、今までどこにいたのよ?」
今度は紫色の装束を着ている女の人が部屋に入ってきた。口元だけしか見えないけど、素顔は美人かもしれない。
「シェセプ・アンク様に祈りを捧げていました」
「あぁ、あいつに祈ってたのね……」
「五ノ罪様、後はお任せください。余がこの者たちに説明を致します」
「あっそ。じゃあ任せるわ」
お姉さんタイプが部屋を出て行った後、俺らは"魔女"って人に話を聞かされた。平穏を望んでいる吸血鬼がこの世界の人間たちに殺されていると。俺ら異世界転生者はこの世界の人間に対抗できる力と素質を持っていると。
(なるほどなぁ。この異世界は吸血鬼側で戦っていくパターンなのかぁ)
俺らが英雄と呼ばれているのも、ここまで崇められているのも何となく納得できた。同じ異世界転生者や吸血鬼たちで手を組んで、この世界の人間を倒す。けっこー熱い展開かもしれない。
「ふぅー……食った食ったぁ。」
用意された部屋のベッドで寝転がって俺は天井を見つめた。なんか思い描いていた異世界転生とは違うけど、オリジナリティがあってこれはこれでありかも。
「……!」
「うおッ、何だよ急に……って雪兎かよ?!」
満足していると部屋に雪兎が突然入ってくる。てっきりどっかに旅立ったのかと思ってたけど、まだこの本部に滞在していたみたいだ。
「お前、何で俺の部屋に入ってきて──」
雪兎は人差し指を口に付けて「しーっ」と静かにするよう俺にサインを送ってきた。どうしたんだよこいつ。
「……もしかしてお前、あの子から逃げてきたのか?」
「……」
雪兎は無言で頷く。何となくだけどそんな気がした。いつもと変わらない顔だけど、ちょっとだけ焦っているように見えるし。
「何で逃げてきたんだよ? あんな美少女に選ばれたんだぞ?」
「……」
「まぁ雪兎が苦手なタイプなのは分かるけどさ。折角なら美少女との異世界ライフを楽しんでこ──」
「こんばんは、ここに美少女のパートナーはいないかい?」
扉のノック音と青髪の美少女の声。雪兎は扉の前からゆっくりと移動して、ベッドの陰に隠れた。ほっんとに仕方のない奴だなぁ。
「ここにはいないぞー! 誰かが廊下を走っていく音は聞こえたけどなー!」
「ふむふむ、ならば彼には格言を与えたい。常に美少女を追いかける立場であれ、と」
「ていうか雪兎に何したんだよー? あいつが逃げるって相当だぞー?」
「なに、美少女として月夜の元で共に一夜を過ごそうとしただけ。彼は頑なに拒んで、部屋を飛び出したものでね」
俺の知らないところでハーレム展開してんじゃねぇよ。ていうか一夜を過ごすってどこまでだ。羨ましい展開だと嫉妬心が湧いたが、ベッドの陰に隠れた雪兎は不機嫌な顔をしている。
「やれやれ、絶世の美少女が扉の前にいるのに……部屋の中にも入れてくれないなんて。君は美少女の扱いを理解していないのかい?」
「俺は寝るとこだったんだよ! 今日はもう眠いし寝かせてくれって!」
「まったく、"君たち"は物分かりが悪いね」
確かに今、青髪の美少女は"君たち"と言った。俺の部屋に雪兎がいることを知ってんのかよ。
「ならこうしようか。もしも私の元に戻ってきてくれるのなら、君がついさっきここから逃がした"残念な子"を見逃してあげよう」
「……!」
「雪兎……残念な子って、初音ちゃんのことか……?」
小声で聞いてみると雪兎は二度頷いた。そもそも逃がす意味あるのか。こんな待遇のいい場所から逃がすなんて、あまりいいことじゃないだろうに。
「しかし、しかしだよ。今すぐ私の元に戻ってこないと──美少女は残念な子を追いかけてしまうかもしれないね」
「……」
雪兎は意を決したように扉から出ていく。どうしてそこまでして逃がしたいのか、まったく分からない。
「そう、それでいい。夜が更ける前に美少女の部屋へと帰ろうじゃないか」
青髪の美少女は黒のワンピースみたいな寝間着姿だった。あんなに露出の多い美少女と一緒に寝られるとか羨ましすぎる。やっぱり匿うなんてしなきゃよかった。
「……"──"」
「え?」
そんな後悔をすると扉が閉まる直前、雪兎の口がちょっと動く。何て言ったのか分からなかったけど、俺に向けられた顔には悲しみに溢れていた気がした。
「まっ、いっか! 明日になればまた選別会みたいなので、美少女が何人か来て……俺らの中からパートナーを決めてくれるに違いない! 明日は頑張るぞぉ!」
今日はもう寝よう。明日からこの異世界で生きていくんだ。なんか"
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(あ、れ……?)
フカフカのベッドの上で寝ていたのに俺はどこかで立っていた。鉄臭くて、赤く汚くて、血塗れの部屋に。どこからか声が聞こえる。
「分からないわ。でも、信者の数からすれば……三百人、いえ五百人は……」
俺の前に誰かいる。雪兎じゃなくて、初音じゃなくて、知らない奴らが。視界がぼやけてよく見えないけど、多分そう。
(あ、あぁ……こいつ、こいつが……ッ)
一つだけ思い出した。この女だ、この女が廊下を歩いていた俺を気絶させて、この部屋に連れてきた。あの時から意識が朦朧としてばっかだ。
「あッ……しゅー……」
「……生きているのか?」
自分の身体がどうなっているのか見えた。骨が見えている、心臓が見えている、臓器が見えている。麻酔が効いているから痛みはないけど、治療しないと、回復しないと。
「使えない、使えないんだよこの世界じゃあッ! チート染みた能力も、どんな怪我も一瞬で治せる回復魔法もッ!!」
(うるさい……うるさいな、こいつ……)
回復しようとしているのに、邪魔をしてくる。上手く詠唱ができない。くそ、無詠唱を使うしかないのか。
「う、ぞづくなッ……お"まえはッ、まもの"……だなッ……?」
「違う、違うんだよッ……魔物はいないんだ……いるのは吸血鬼だけで……ッ」
こんなところで死んでたまるか。吸血鬼の敵だ、敵がここにいる。俺が倒さないと、俺が救わないと、そうしないと、異世界が終わる。
「だ……お"じでやるッ……しゅやぐのッ、お"れがッ……ま"ほうでッ、の"うりょくでッ……さいぎょうのッ、チードでッ──」
自分の心臓に何かが突き刺さり、青髪の誰かが俺の右頬を触ってきた。ロングヘア―じゃないけど、青髪で美少女だ。猫耳のパーカーも着ている。俺はこの美少女のパートナーになるんだろうな。
「どんな形であれ、お前はこの世界を生きていた。このどうしようもない世界をな」
「おれのッ……いぜがい、ライフッ……」
何だここから異世界ライフが始まるのかよ。遅い始まりだな。まぁひどい目にあってからの成り上がりはよくあるしな。
「いつの日か誇ってもいい。だが今は己の不運を恨め。この異世界は外れだったと」
「お"れのッ……ひろいッ……んッ……」
他にも誰かいる。冴えない異世界転生者の顔が見えた。お前には絶対に譲らないからな、と精一杯睨みつける。でもなんか、成り上がりにしては、違う気がする。
(あれ、俺の入る枠……なくね……?)
正統派主人公っぽい茶髪の男子とポニーテールの女子。明らかに裏切りそうな顔をした小悪魔的女子高生。ヒロインポジの青髪の美少女。
(あぁ俺……主人公に、なれねぇんだ……)
真っ黒に変わっていく視界。俺はこの時やっと理解した。雪兎と最後に会ったあの夜、あいつは俺に向かって──
「この場にいるヒロインとやらは──お前を見捨てたと」
──"ごめん"って言ったんだ。
SideStory : Kaoru Makigai_END
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