2:First Academy ─アカデミー前期─

2:0 "————"


 彼女は意識を取り戻す。真っ白な世界が暗闇によって包み込まれ、目の前にポツンと杖を持った男が現れた。


「私はアカデミーへ入学するために、試験を受けたのか……」

「その通りだ。アカデミーへ入学することで、お前はあの時代の"情報"を得ようとした」

「"情報"?」


 彼女は自身の胸元を確認してみれば、いつの間にか木製の十字架が掛けられていた。恰好はリンカーネーションから支給された制服姿。


「アカデミーで様々な知識を学び、A機関が開発したとされる"新たな武装"を手にする」

「"新たな武装"……」 

「そしてアカデミーで多くの生徒と出会うことになる。主に"名家の血"を継いだ者たちとな」


 木製の十字架は酷く汚れていた。加工されていたであろう表面が削られ、先端が所々欠けている。その裏面にはやや血痕が付着していた。


「お前はアカデミーに在学する間、南の神愛サウスアガペーから旅立ち神の街アルケミスで過ごすことになるだろう」

「……神の街か」

「だが生徒という身分で日々を過ごす最中、お前は新たな壁に衝突する」

「壁だと?」


 杖を持った男にそう尋ねると、彼女の左の瞳から紅色の雫が頬を伝わった。


「東の命題を更に超えた先に、廃れた村が存在する。お前はそこでアカデミーの生徒として"実習訓練"を行うことになる」

「"実習訓練"?」

「その訓練でお前は新たな壁と出会う」

「……その壁は何だと聞いて――」


 頬を伝いながら紅色の雫が暗闇に落ちる。すると紅色の波が波紋のように広がり、周囲は瞬く間におぞましい獄炎に包まれた。 


「原罪に仕える忠実な僕である――"眷属"とだ」

「……"眷属"?」

「あの時代で生き長らえる……生命という名の灯を埋め込まれた者たちだ」


 話を聞けば聞くほど頭痛が酷くなる。ふと逸らした視線の先に映り込むのは、三匹の犬と二匹の子犬が駆け回る光景。獄炎が燃え盛っているというのに、犬たちは狼狽える様子がない。


「あの犬は……?」


 彼女が子犬の姿をハッキリと視認した瞬間、燃え盛る獄炎が暗闇に亀裂を描くようにして伝わり、彼女の身体を瞬く間に包み込んだ。


「私は……」


 炎上しているというのに灼熱の苦痛をまったく感じない。しかし代償として頭痛が刻々と激しく脳を揺さぶったことで、彼女は右手で額を押さえながら顔をしかめる。


「一つ問わせてもらおう。いずれ滅びゆく世界があるとして、その世界を永遠に存続させる価値はあると思うか?」

「何を、言って……?」

「世界はいずれ滅びゆくものだ。それはどんな異世界でも変わらない。平行線のまま同じ世界が続いていく」


 杖を持った男は周囲の獄炎を眺めながら静かに彼女へと語り始めた。男の表情はどこか物寂しげなもの。


「人間と異種族が生死を繰り返し、その世界に生き長らえ、平穏という名の怠惰が時間を喰らい続ける。そう、私にとっての"滅亡"とは平行線の世界が続くこと。終幕が見えず、何も変わらぬ世界が続くことだ」

「……何が、言いたい?」

「だとすればだ、この世界を常に変え続けなければならない。革命という名の社会変革、戦争という名の国家間の闘争。そして──支配という名の救済」

 

 彼女は言葉の意味を理解できずその場で黙り込む。男は持っていた杖の矛先を周囲の獄炎から、獄炎に包み込まれた彼女へゆっくりと向けた。

 

「さぁ、その目で確かめてこい。あの時代の真実を」

「……ッ」


 彼女の視界が白黒に何度か点滅すれば、徐々に白いもやに染められる。そして保とうとしていた意識は、呆気なく遮断されてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る