2:1 Entrance Ceremony ─入学式─


 満点の青空に浮かぶのは、目障りな程に爛々らんらんとした太陽。私とキリサメは手提げの鞄を手に持ち、リンカーネーションのの制服姿で家の外へと赴いた。


「二人とも、忘れ物はないわよね~?」

「大丈夫です! しっかりと確認したんで!」

「体調管理に気を付けるのよ~? あ、ご飯もちゃんと食べてね?」

「はい! バッチリ元気に過ごします!」


 アカデミーに在学する間はアルケミスに配備された寮で過ごすらしい。つまり故郷とも呼べるこのサウスアガペーから、しばらく旅立つことになる。


「時間があったらお手紙とか頂戴ね~!」

「あぁ、善処はする」

「俺もちゃんと送りますよ!」

「あらあら嬉しいわ~! 楽しみに待っているわね~!」


 シーラは私たちを一人ずつ抱き寄せると頭を何度も撫でられた。その手つきには期待と希望、そして僅かな寂しさを感じられる。


「……辛いことがあったらいつでも帰ってきていいのよ。私はここで二人を待っているから」

「私はともかく、この男はすぐに戻ってくるかもしれん」

「いやいや、そんなダサい姿は見せないって──あぁ!? やべぇ忘れ物してた!」


 家の中へ駆け込んでいくキリサメ。シーラはそんな慌てた姿を楽しむように眺め、私は先が思いやられると溜息をつく。


「アレクシアちゃん」

「……何だ?」

「カイトくんも私たちにとって大切な家族よ。だからこの先何があっても、アレクシアちゃんが守ってあげて」


 私はシーラにそう微笑まれ、表情を曇らせたまま頷いた。シーラにとっては家族かもしれない。だが私にとってあの男を家族として認知できないのだ。だからこそ何とも言えない反応を示してしまう。


「ごめん、今戻ってきて……あれ、なんか話してたのか?」

「アレクシアちゃんに、良い旦那さんになれる子の特徴を教えていたのよ~」

「えっ? あのその話、俺も聞きたかったんすけど──うおッ!?」


 戻ってきたキリサメの背中を押し、家の外へ追い出すシーラ。私は流れるようにキリサメの制服の袖を摘まむと、集合場所である会場に向かって歩き出す。


「それじゃあ、いってらっしゃ~い!」

「あ、はい! いってきまーす!」


 シーラが両手を振るとキリサメも大声を上げて振り返した。ただ私だけは振り返ることもなく、ただ前を向いて歩く。


「いよいよ入学式か。ちょっとだけ、緊張するよな……」

「弱音を吐くなら今すぐ帰れ」

「あんな威勢よく叫んだのに帰れるわけねぇだろ!?」


 集合場所は以前と同じ試験会場の前。私たちは予定よりも十分ほど早く到着し、停車している馬車を見据えた。


「全然人がいないと思ったけどさ……。よく考えたらこの街で本試験を通過したのって、俺たち含めて四人しかいないんだよな」 

「馬車の数は一台。つまりはそういうことだろうな」

 

 私たち以外は本試験で子爵や食屍鬼に殺されている。あの事件さえ起きなければ、今頃この会場は多くの新入生で賑わっていたはずだ。


「お、おはよう……!」

「あっ、おはようデイル!」


 数分ほど経過すればデイル・アークライトが私たちに声を掛けてくる。制服を着ているが、やはりその見た目から頼もしさを感じることはない。


「きょ、今日はいい天気だね!」

「お前は天気の話しかできないのか?」

「いやまぁ、実際にいい天気だからな……」


 これで会場に集合したのは三人。残り一人はジェイニー・アベルだ。しかし一向に姿を見せない。こうして他愛も無い会話をしているうちに、アーロン・ハードが試験会場から現れる。


「諸君らだけか?」

「私たち以外は脱落した」

「……そうだったか」


 アーロンは怪訝な面持ちで視線を逸らすと、馬車へ私たちを誘導した。私はデイル共に馬車へと乗り込むが、キリサメは辺りをきょろきょろと見渡す。 


「あ、あの、すんません」

「どうした?」

「あと一人、まだ来てないんすけど。名前はジェイニー・アベルさんって女の子で……」 


 姿を見せないジェイニーを気に掛け、キリサメは乗り込む前にそう伝えた。アーロンはしばし考える素振りを見せると、馬車へ乗るよう催促する。


「時刻までに姿を見せない者は合格を辞退したとみなされる。誠に遺憾だが、その若き淑女は合格の取り消しを――」

「お待ちになって!」


 合格の辞退。アーロンが私たちに説明をすれば、制服姿のジェイニーが馬車の中へと急いで駆け込んできた。


「はぁ、はぁっ……ま、間に合いましたわ!」

「ジェイニーさん。その髪型って……」


 目の前で息を切らすジェイニーの髪型。腰まで届いていたはずの長い髪は、肩に届かないほどまで短く切られている。


「時刻は過ぎているが、その覚悟・・に免じて見逃すことにしよう。……馬車の出発を!」

「アーロン様、感謝致しますわ」

「……では、諸君らに栄光を」


 見当たらないイブキの姿。淑女らしからぬジェイニーの断髪。アーロンは心中で事情を悟ると、御者ぎょしゃに馬車を出発させる。


「髪は命だろう?」

「人の命には代えられません」


 馬車がサウスアガペーからアルケミスに向かうため、十字架の道であるクロスロードを進む。四人乗りの馬車の中で、ジェイニーが私に真剣な眼差しを向けた。


「アレクシアさん。お願いがありますわ」

「何だ?」

「私の頬を、引っ叩いてくださる?」


 そう頼まれた途端、私はジェイニーの左頬に平手打ちを食らわせる。突然のことでキリサメは呆然としていたが、


「え、おまっ、ぜんぜん躊躇しねぇな……?!」

「……? 『引っ叩け』と頼んできたのはこの女だ」

「いやそうだけど! 頼まれてから、そんなすぐに引っ叩けるもんか……!?」


 我に返るとジェイニーの身を案じた。平手打ちを受けたジェイニーは左頬を片手で押さえる。多少なりとも力を込めたことで、左頬には赤い痕が付いていた。

 

「キリサメさん、私は大丈夫ですわ」

「けどさ、かなり痛かったんじゃ……」

「これは私自身のケジメです。アベル家に甘えていた私自身のケジメ。もう二度と、あのような失態は犯したくないですもの」


 ジェイニーは本試験を終えた時に比べ、真っ直ぐと前を向いている。この二ヶ月間、それなりに覚悟を決めてきたようだ。


「……俺、ちょっと安心したよ」

「安心した、というのは?」

「圭太のこともあったから心配してたんだ。ジェイニーさんが引きずってないかって。勿論、俺もあいつとは親友だったから、引きずってはいたけどさ……ジェイニーさんの方がきっと辛いんだろうなって」


 キリサメは胸の内を語りながら苦笑いを浮かべた後、いつもの無邪気な笑顔をジェイニーに向ける。


「でも安心したよ。ジェイニーさんがこうやって乗り越えてくれてさ」

「ですが、その親友を私が殺したも同然で――」

「ジェイニーさんのせいじゃない。あれは全部あの吸血鬼が悪いんだ。あいつがいなかったら、こんなことにはならなかったんだし」

「……キリサメさん」


 二人を他所に私は頬杖を突きながら窓の外を眺める。今の私が考えていることは、クロスロードに置かれている燐灰石が今も太陽の光を吸収しているのか否か。


「ア、アレクシアさん……」

「何だ?」

「肩の怪我は、もう大丈夫なの?」 


 向かい側に座っているデイルが恐る恐る怪我の具合を聞いてくる。肩の怪我というのは、折れた刀身を刺し込まれた傷。


「既に完治している」

「そ、そうなんだ。それなら良かったよ」


 吸血鬼の血液による再生能力は想像以上の効果があった。傷口は次の日の晩には完全に塞がれ、怪我の痕もまた次の日に消えていたのだ。


(……恐ろしい再生能力だ)


 適当にデイルの相手をしていればアルケミスに到着する。私たちは馬車から降りると『RC.A』と書かれた建造物が視界に入った。 


「新入生はこちらまでお願いしまーす!」


 私たちが案内されたのは、サウスアガペーで見かけた試験会場に似た建物。外の草木は整えられ、内部の通路や壁には染み一つ付着していない。


「なんか、中は"体育館"みたいだな」

「キリサメさん? "タイイクカン"というのは何ですの?」

「あ、いや、体育館というのは"広い場所"っていうか……」

「広い場所ですか?」


 連れて来られたのは広い空間。私たちは新入生として指定された場所へ縦に並ぶよう促される。


「ソイツは"アリーナ"と言いたいんだろう」

「アリーナ。やっと理解できましたわ」


 並び方は先頭からデイル、ジェイニー、キリサメ、私の順番だ。アリーナの最前線には、上層部の人間が立つであろう"台"が置かれていた。


「……母国の言葉を口に出すな」

「んなこと言ってもさ。俺だって、どこまでこの世界に語録が通じるのかも分かんないし……」

「喋らなければいい」

「対策の仕方が極端すぎだろ……!」 


 賑やかなキリサメを無視し私はすぐ隣の列へ視線を移す。 

  

(……この並びは町ごとか)


 他の新入生の列は私たちの右側に一列、左側に二列だ。左端から東西南北の順番で並べられているのだろう。


「お前の名前は……はい覚えました! お前の名前は覚えているので、言わなくても大丈夫です! おやおや、誰ですかお前は?」


 その証拠に私の右後ろからはナタリアの声が聞こえてくる。ナタリアはレインズ家出身。つまり"北の理念"と呼ばれるノースイデアという町からやってきた。


(……サウスアガペーだけ異様に少ないな)


 他の街は二十人以上の新入生がいるにも関わらず、私たちはたったの四人だけ。そのせいか、周囲から異様な程に注目を浴びている。


「新入生の諸君、すまない。待たせてしまったかな?」


 しばらくすると台の上に皇女であるヘレン・アーネットが立ち、私たちへ一声かけた。新入生の注目は自然とヘレンに集まる。


「まずはアカデミー入学おめでとう。私たちリンカーネーションは君たちの入学を歓迎する。……あぁ忘れていた。私はヘレン・アーネット。このグローリアを統べるアーネット家の皇女だ」

(……またこの女か。底が知れん体力だ)


 仮試験も「暇だった」という理由で会場へ顔を出していた。グローリアを統治する皇女としての仕事量も測り知れない。だがこの女は特に疲弊した様子も見せず、私たちの前に立っている。


「君たち五百八十一期生にはこれから一年間、食屍鬼や吸血鬼と戦うためにリンカーネーションが培ってきた歴史、知識、技術を学んでもらい──」

(……見られているな)


 新入生たちはヘレンに注目している。しかし私たちもまた、どこからか注目を浴びているようだった。


(……視線の正体はアイツか)


 私は上の階でこちらを見下ろしている人物に視線を移す。キツネが描かれた"奇妙なマスク"で素顔を隠し、私ですら初めて目にする華やかな"ドレス"に似た衣服。恰好からして恐らくは女性。


「……」

(何だアイツは?)


 気が付いたようで私と自然と視線が合う。それから数秒ほど見つめ合えば、キツネの女は背を向け、その場から姿を消した。

 

「──では寮へ案内しよう。女性寮は私が、男性寮は彼が案内を担当する」


 女性寮と男性寮ごとに新入生が集められるようで、私とジェイニーは女性寮担当のヘレンの元へと集まる。


「おいお前ら。さっさと俺のとこまで集まれ」

(……男性寮はあの男が担当か)


 男性寮の案内人はカミル・ブレイン。キリサメは「また後で」と私に伝え、デイルと共にカミルの元へと駆けていく。


「カミル様、今日も素敵なお姿ですわ」 


 隣で瞳を輝かせているジェイニーに呆れながらも、私たちはヘレンの後に続いて女性寮とやらまで向かうことにした。

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