1:17 Preparation Period ─準備期間─


 アカデミーの入学式まで残り一週間。例の本試験を通過したあの日から、起きた出来事は二点ほどある。


「これがリンカーネーションの正装か」

「おおっ! 結構しっかりとしてるなこれ!」

 

 一点目は制服が家に送られてきたことだ。一週間後に控えたアカデミー入学式。その為に必要な制服などが搬送されてきた。その制服は黒色という点を除けば、以前に見かけた皇女の制服と同じ類だろう。


「あれ? でも俺たちのサイズはどうやって調べて……」

「仮試験でカプセル型の機械とやらに入れられた。あの時に私たちの身体を計測したんだろう」

「あー、そういうことか。あれで身長とか体重を調べたんだな」


 あれほど高性能なものであれば、その程度は容易いことだ。私は納得しているキリサメを他所に、アカデミーから搬送されてきた箱を持ち上げる。

 

「私は試着する」

「じゃあ、俺も折角だし着てみようかな!」


 私とキリサメは各自部屋の扉を閉め、送られてきた制服を試着する。上はスカートの丈の短いワンピース型、足元は膝丈より上まで覆うサイハイブーツ。


(コートを着ていないと、露出が多いな)


 黒色のコートを上から羽織らない場合、両肩を曝け出すことになる。そこまで肌を露出させる意図が汲み取れないが、


(……この制服の素材は何だ? コットンでもウールでもないが)


 制服自体は非常に軽く、動きやすさの面では最適。特殊な繊維で作られているのか、スカートの裾を試しに強く引っ張っても破れる様子は微塵もない。


「次にこの紋章を隠すためには……」


 左脚に刻まれた本物の紋章を隠すため、私は太腿まで覆うことができるソックスを片方だけ履く。自分の目で確認をしてみるが、透けて見える心配もない。


(……見た目はこれでいいか)


 唯一気になるのはサイハイブーツ。問題なく動けるが、踵の部分のゴムがとてつもなく鬱陶しかった。


「おーい、着替えたかアレクシア?」

 

 キリサメの呼びかけに私は部屋の扉を開く。男性用の制服は孤児院で見かけたあの二人と同じもの。私は真っ先に履いている男物のブーツに視線を移す。


「どうだ? それなりに似合って――」

(……アカデミーでこっちに変えてもらうか)


 変にこだわりのない普通のブーツ。動きやすさの面でも最適だ。私は心の中でブーツを交換してもらおうと決心し、キリサメと視線を交わさないまま扉を閉める。


「おい待てって! 何か一言ぐらい感想とかあってもいいだろ!?」

「そうだな……この世は顔が全てだと実感させられた」

「それ、俺のことを貶してるよなぁ!?」


 元の私服に着替えながら扉越しに感想を伝えると、キリサメは近所のことも考えず大声を上げた。


「一応言っておくけどさ、お前は似合ってたと思うぜ」

「私は感想など求めていない」


 その数時間後に帰宅してきたシーラの頼みで、再び制服に着替えることになるのはまた別の話だ。二点目は一ヶ月後に起きたあの事件。


「何度も言っているだろう。この家に金目のものなどはないと」


 シーラが雑貨店へキリサメが酒場へ働きに出ている時間帯。休暇日の私が一人で留守番をしていると一階から物音がした。


「嘘つくんじゃねぇ! どこかに隠してんだろ!?」 

「私が嘘をつくと思うか?」


 そこにいたのは金銭目当ての盗人。持っているナイフで私を脅しにかかるが、妙にそわそわとしている。


「……盗みをするのはこれが初か」

「そ、そんなわけねぇだろ!? 俺はもう何百回も盗みを働いて――」

「そうか。ならそこの棚に金貨が入っていることも知っているわけだな」


 呆れた面持ちで男に伝えると、私が見つめる先の棚を急いで漁り始めた。しかしどれだけ漁っても金貨の一枚すら出てこない。


「おい! どこにもねぇじゃねぇか!」

「食器棚を漁っても金貨は出てこん」

「て、てめぇ騙しやがったな!?」

「騙される方が悪い」


 激怒した男は私の首筋にナイフを突きつけ、片腕を強引に掴み上げる。 


「こうなったら仕方ねぇ……! てめぇをさらって、どっかの貴族にでも売りつけてやらぁ!」

「金銀財宝が目当てなら、それは推奨できない」

「あぁ!? なんでだよ!?」

「私を奴隷として売ればそれなりに儲かるだろう。だが儲かったところで、それは一瞬の富に過ぎない。酒を飲みながら馬鹿騒ぎをしているうちに、富はすぐに尽きてしまう」


 冷静に結末を説明する私にイライラした様子で「んじゃあどうすればいいんだよ!?」と怒声をぶつけてきた。


「簡単だ。私や他の娘を攫って、グローリアの外で娼館を経営すればいい。奴隷は消耗品だが、娼館ならば継続して稼ぐことができる」

「な、なるほどな……」

「グローリアには娼館が存在しない。町の男共をグローリアの外へと誘導できれば、利用者も増え続け、知る人ぞ知る娼館となるだろう。私がお前だったらこの形式で稼ぐ」

「確かにそっちの方が、先を見通せてはいる……経営するのもアリっちゃアリか……」

 

 盗人はナイフを下ろすと考える素振りを見せる。私は掴まれていた手を振り払い、


「玄関はあそこだ」

「あぁちょっと考えてみるわー……って待てよおい!?」


 玄関から出ていくように顎で促したが、すぐにその場で振り返ると、ナイフを再び私に突きつけてきた。


「何だ?」

「俺はてめぇを脅迫してんだぞ?! このナイフを突きつけて、てめぇは今まさに死ぬか生きるかの境目にいるんだ! それなのにビビるどころか……何で俺に娼館の経営を勧めてんだよ!?」


 唾を飛ばしながら顔を近づけてくる盗人。私はどう答えるべきか、と窓の外を眺める。


「私はお前が盗みを働こうが人を殺そうが咎めるつもりはない。何故なら私にもその前科はあるからな」

「は? 何言ってんだ?」

「悪の道を歩むのなら手を汚した以上の対価を求めろ。それが裏の世界で生きるすべだ」


 困惑する盗人に詰め寄り、悪人として生きていく上で大切な助言を送った。引かれているようで、盗人は私から後退りをする。


「い、意味が分かんねぇよ! 気色の悪いガキだなてめぇはッ!?」

「情けをかけてやったのにその態度は――」

「うるせぇッ!」


 盗人は私を勢いよく押し倒し、口元にロープを咥えさせると、身動きが取れないように手足を拘束した。


「けどいい事を聞かせてもらったぜ。奴隷よりもそっちの方が儲かりそうだ。てめぇには一生身体を売ってもらうことにする」

「……やふぇておいたほぉがいい」

「あぁ? 何て言ってんのか分かんねぇよ!」

「やふぇておふぇといっふぇいる」


 口元のロープが邪魔で言葉が通じない。私は「やれやれ」と溜息をつき、拘束された手足で器用にその場から立ち上がる。


「止めた方がいいと言ったんだ」

「な、何で解けて……!?」

「お前は素人だ。まずは盗みを働く前に――」

 

 そして拘束していたロープを容易く解くと男の胸倉を掴み上げ、


「――ロープの結び方を学んでこい」

「ぐおわぁッ!?!」


 床に軽々と投げ倒した。私は落ちているナイフを拾い、今度は私が盗人へ鋭利な先端を突きつける。


「私は"止めておいた方がいい"と言ったはずだ」

「み、見逃してくれぇ! 二度とこんなことはしねぇから!」

「そうか。見逃してほしいのなら――」


 私がとある条件を言い渡し一時間ほど経過すれば、キリサメが酒場の仕事を終え帰宅してきた。


「ただいまー! 今日は銀貨一枚おまけに貰って……って何してんだ?」

「椅子に座ってくつろいでいるだけだ」

「えっ? それ、椅子なのか?」


 四つん這いになった盗人の上に座り、読書をしている私を見て、キリサメは何度も瞬きをする。


「椅子にしては何か震えてね?」

「この椅子は劣化している」

「椅子にしては変な形してね?」

「この椅子は芸術品だからな」


 盗人は両腕を震わせつつもキリサメに視線で助けを請う。私はその行動に気が付き、わざとらしく座り直した。


「いや、どう考えても人じゃね……!?」

「この男はただの椅子だ」

「その人の人権どこ行ったんだよ!?」


 この後、盗みに入った男は町の警備隊に連れて行かれる。警備隊の一人から軽い事情聴取を受け、解放された私にキリサメがこう尋ねた。


「何ですぐに警備隊へ連絡しなかったんだ?」

「時間を潰すためだ。話し相手にはなった」

「えっ? じゃあさ、何で四つん這いなんかにさせて……」

「私が本を読める。話し相手にもなる。人を椅子にすれば二つ得することがあるからだ」


 私の返答にキリサメは頬を引き攣る。常軌を逸しているのだろうが、そこまで引かれるとは思わなかった。


「俺はお前がこえぇよ、アレクシア……」

「そうか」


 以上の二つの出来事を踏まえ、アカデミーの入学式まで残り一週間。この町を旅立つ日はそう遠くはない。


(……やっとまともな情報を得られそうだな)


 私は窓の外を眺めながら心の中で安堵すると、クローゼットに並ぶ女性用の制服を見つめた。



―――――――――――――――



 神の街アルケミス。グローリアを象徴するであろう十字架の中央に建つ勇ましい城。その王室では皇女であるヘレン・アーネットが積み重ねられた書類に目を通していた。

 

「皇女、少しいいか?」

「あぁ構わないよ」


 カミル・ブレインが王室に姿を現し、ヘレンは手に持っていた書類を机に置く。 


「本試験中に地下牢獄で吸血鬼が出没した一件。あれは嘘偽りのない事実だった」

「……何か痕跡でも見つけたのか?」


 カミルはヘレンの側まで近寄ると一枚の報告書を手渡した。


「南側のレッドゾーン中央付近にこの血文字が残されていた」

「これは……」


 報告書に書かれていたのは『ЯeinCarnation』という血文字。ヘレンは報告書を険しい表情で見つめる。


「覚えてるか? 三年前、孤児院でも同じサインを見かけただろ」

「あぁ勿論覚えている。三人の孤児と一人の若者を保護したときだろう?」

「そうだ。皇女、俺はもう確信している。三年前の男爵、そして今回の子爵。この二匹の吸血鬼を葬ったのは――あの"生意気な娘"に違いねぇ」

 

 そう断言するカミルを肯定も否定もしないヘレン。神妙な面持ちで受け取った報告書を返した。


「まだ決めつけるのは早い」

「早くねぇよ。もう決まっているようなもんだろうが。面倒事を起こされる前に、アイツを尋問でもなんでもした方がいい」

「最優先にすべきことが他にもある。彼女のことは前と変わらず、監視するだけでいい」

「……おい皇女、一体何を躊躇してやがる? お前も分かっているはずだ。個の強い名家共よりも、アイツの方が厄介の種になることぐらい」


 苛立ちながら訴えかけるカミルに対して、ヘレンは首を振り否定をする。


「彼女がいなければ、孤児院や本試験での生存者がいなかったこともまた事実だ」

「……それは、そうだが」

「私たち"人類"に対して何か問題を起こしたわけじゃない。もしも起こしたときは、尋問と取り押さえを許可するつもりだ」

「チッ、そうかよ」


 カミルは大袈裟な舌打ちをし、納得できない様子でヘレンに背を向けた。


「それと一つだけ聞かせてくれ」

「……何だよ?」

「彼女は仮試験で逆手持ちの剣術を一瞬だけ披露した。逆手持ちを主軸とする動術はブレイン家だけだろう。もしブレイン家から派生した家系が存在しているのなら……私にその家系を教えて欲しい」


 逆手持ちの剣術。カミルはヘレンに問われるとしばらく沈黙し、


「ブレイン家から派生した家系はねぇはずだ。逆手持ちの剣術もブレイン家の俺たちだけしか継いでねぇ。……元祖のアーネット家なら話は別だがな」

「そうか。ありがとう」


 何故かヘレンを鼻で笑うと王室を去っていく。カミルは腕を通していた上着を脱ぎ、上から羽織った。


(カミルはまだ気が付いていない──)


 カミルの姿が見えなくなった後、ヘレンが手に取った書類は身体能力などが記載されたアレクシアの記録表。そこには身長・体重・血液型など記録以外にも様々な項目が載せられている。


(――彼女の肉体の半分が、人間のものじゃないことに)


 ヘレンが見つめる血液型の項目欄には『血液の五十パーセントはB型。残り五十パーセントは"不明"』と記され、


バートリ卿・・・・・、やはり彼女があなたの──」


 不意に呟いた皇女の独り言は、就寝を告げる鐘の音によりかき消された。

 


 1:South Agape_END

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