1:16 Not Sweet ─甘くない─
夜明けを迎え、私たちは地下牢獄から地上へと生還した。地上へ顔を出せば、待機していた試験官が、合格者をそれぞれ町ごとに区別し召集させる。
「……生き残りはお前らだけか」
カミル・ブレインが私たち四人に視線を移す。サウスアガペー出身の生存者は、私たち四人のみ。カミルはその有様に表情を険しくさせた。
「吸血鬼が潜んでいたからな」
「吸血鬼だと? 何をデタラメ言ってやがる?」
「虚偽だと思うのか。随分と楽観的な男だな」
私の言葉を信用するつもりのないカミルは、真偽を確かめるためにジェイニーたちの顔を見る。キリサメは俯いたままだったが、他の二人は私に共感するように頷いた。
「……詳しく話せ」
私はカミルに本試験での一件を説明する。ブルーゾーンとデッドゾーンの出口が真逆になっていたことや、線の色が上塗りされていたこと。そして数年前から潜んでいたことを。
「吸血鬼の爵位は?」
「子爵」
「子爵だって? お前らよく生き延びたな」
「私たち以外の何者かが始末したからな」
私が嘘をついたことで呆気にとられるジェイニーとデイル。カミルは疑念を抱きながら、こちらの顔を覗き込んできた。
「お前が言う始末したヤツってのは誰のことだ?」
「知らん。気が付けば子爵は灰に変わっていた」
「……」
「信用に値しないなら地下牢獄を調査してみろ。ブルーゾーンの扉を潜った候補生の死体がデッドゾーンに転がっているからな」
カミルは私をしばらく見つめると、部下の試験官を呼び寄せ、本試験での一件を伝達する。私が視線を移した先は未だに俯くキリサメ。
(……あの男の死を受け入れられない状態か)
修羅場となった本試験が終了し、緊張の糸が切れたことでイブキに対して思い込むことがあるのだろう。
「とにかくお前たちは本試験の合格者だ。これから軽い手続きがある。俺についてこい」
私たちが案内された場所はアルケミスにそびえ立つ城の大部屋。そこでは北、東、西の合格者が受付の人間と手続きとやらを進めていた。
「手続きってのは受付で本人確認をするだけだ。金の十字架を持っているのなら、そん時に渡しておけ」
カミルの指示通り、私たちは受付で本人確認を済ます。私とキリサメは金の十字架を確認され、無事に特待生枠の権利を獲得することができた。
「カミル様、この後は何を?」
「馬車の迎えが来るまで待機……の前に、お前は向こうにある手洗い場でその血生臭い髪を洗ってこい。汚ねぇだろうが」
「わ、分かりましたわ……」
ジェイニーは暗い顔で手洗い場へ向かう。その後ろ姿を眺めながら私はカミルの隣に立った。
「アイツの隣に威勢のいいヤツがもう一人いたはずだ」
「その男は殺された。デッドゾーンの食屍鬼共にな」
「……そうかよ」
横目でカミルの表情を窺うと、この男は鋭い目つきを大部屋の時計にただ向けているだけ。
「子爵は数年前からこの本試験で殺戮を繰り返していたと言っていた。それに気が付けないのは、お前たちが無能なだけか? それとも吸血鬼共と裏で手を組んでいたのか?」
「試験は俺の管理下じゃねぇ。試験内容を考案したのも管理していたのも、皇女の両親だ。あぁけど最近は……トレヴァー家の狐の女か」
「この試験は何が目的だ? ここまで管理がなっていない試験に何の意味がある? 貴重な人材を吸血鬼共の餌にして、無駄な浪費をすることが目的なのか?」
「てめぇは一つ勘違いをしているな。皇女の両親はとっくの昔に死んでるんだよ」
カミルは時計の針から視線を外さずにそう返答した。私の言葉が気に食わないようで、語気が荒くなり始めている。
「四年前だ。皇女の両親は十戒を引き連れ、公爵の領地へと攻め込んだ。吸血鬼との長い因縁を終わらせるためにな」
「……負けたのか?」
「完敗だ。敗因は原罪共に対する情報不足と、公爵の実力を見誤ったこと。皇女の両親は公爵に殺され、十戒も全滅。アイツらは俺の仲間たちを、わざわざ吸血鬼にしてから、心臓に杭を突き刺して殺しやがった」
「敗因の詳細と十戒たちが殺された方法。ここまで情報が回ってきているということは、誰か生き残りがいたはずだ」
カミルは時計の針から私の顔へ視線を移し、肌に突き刺さるような目つきで睨み、
「俺がその生き残りだ」
「……お前が生き残りだと?」
「アーネット家に仕えるのがブレイン家だ。俺はブレイン家の一人として、皇女の両親に付いていった。けどあの戦いで、俺は何の戦力にもなれていねぇ。俺は、命も懸けずに仲間を見捨てて逃げたクソ野郎だ」
己の不甲斐なさを憎みながらそう吐き捨てた。その際、私が怪我を負った箇所に一瞬だけ視線を向けた気がする。
「吸血鬼が紛れ込んでいたという情報が上に伝われば、皇女は必ず動き出す。アイツはそういうヤツだ」
「どう動く?」
「知るかよ。俺は皇女じゃねぇ」
カミルは気怠そうに羽織っていただけの上着に腕を通すと、皇女の側近らしい身なりに整えてから大部屋を出ていく。
「なぁ!」
私とカミルの会話が終わるタイミングを見計らったかのように、背後から何者かが声を掛けてきた。
「何だ?」
「ほらな! やっぱりアレクシアだ!」
後ろに立っていたのは小麦色の髪を後頭部で一つ結びにした女と、短い茶髪の陽気な男。どこかで見覚えのある姿に私は首を傾げる。
「誰だお前たちは?」
「覚えてないのかよ! ほら、イアンだよイアン! イアン・アルフォード!」
「私はクレア・レイヴィンズ! 三年前、一緒に孤児院で過ごしたでしょ?」
「あぁ、お前たちか」
出会ったのは私と共に孤児院で暮らしていたイアンとクレアだ。三年前に起きた吸血鬼共の襲撃から生き延びた孤児。
「相変わらず反応うっすいなぁ、アレクシアは」
「私は私だからな」
「三年前と同じこと言ってる! アレクシアらしいね!」
「……お前たちもこの試験を受けていたのか」
二人が首に掛けているのは木製の十字架。それに気が付くと私に見せつけながら「もちろん」強く頷いた。
「俺は"ウェストロゴス"の里親に引き取られて、クレアは"ノースイデア"の里親に引き取られたらしいぜ!」
「なら引き取り先は分離されたはず。なぜ共に行動している?」
「実は私も今さっきイアンと再会したばっかりでね! もしかしたらアレクシアもいるんじゃ……って探してみたら」
「案の定、アレクシアもここにいたってわけだ!」
クレアとイアンは私との再会を喜び、無邪気に微笑む。その笑顔は三年前と変わらぬままだった。
「帰りの馬車が到着した。各自、城外へと足を運ぶように」
馬車の到着を試験官の男が告げる。私はクレアとイアンにさっさと背を向けた。
「おいアレクシア! もう行くのか?」
「どうせアカデミーで会うことになる。ここで長話をする必要はないだろう」
「それもそっか! じゃあ、またアカデミーで会おうねアレクシア!」
「……期待はするな」
背後で手を振るクレアとイアンを後にし、私は大部屋を出ていく。そして城の外に並べられた馬車に乗り込み、シーラの待つサウスアガペーへ帰還することにした。
―――――――――――――――
「……私はこれで失礼しますわ」
「僕も、帰るから……」
帰還中の馬車に漂う空気は重苦しいもの。イブキの席が空席となり、パズルのピースが欠けているような状態に近い。
「あ、あぁ、またな……」
道中は誰一人として口を開かず、窓の外を眺めるだけの時間。ジェイニーとデイルは作り笑顔で、キリサメもまた引き攣った表情で別れを告げる。
「シーラの前で情けない姿を見せるな」
「んなこと言われても……」
シーラに暗い顔を見せれば間違いなく心配を掛けることになるだろう。私はキリサメへ念のために忠告をし、家の扉をノックする。
「シーラ、帰ってきた――」
私が先に家の中へと入れば、椅子に座っていたシーラが無言で私とキリサメに抱き着いた。
「……信じていたわ」
「死ぬつもりはない。私はそう言っただろう」
「えぇそうね。そうよね」
「それと息苦しい。少し離れてくれ」
シーラは「ごめんなさい」と私たちから少しだけ離れる。その顔は今にも泣き出しそうだったが、母親として情けない姿は見せられないと堪えているように見えた。
「家族写真を落としてしまった。代わりにこれを返す」
「これって……」
シーラに手渡したのは薄汚れた木製の十字架二つ。子供たちのものだとすぐに悟り、私の顔をじっと見つめてくる。
「すべて片は付いた」
「……そうなのね。あの子たちはずっと――」
その先の言葉を出さないようシーラは口を閉ざし、過去を振り切ろうと強く頷いてみせる。
「ともあれ良かったわ~! 今日は御馳走を振る舞うわね~!」
「構わんがパンは焦がすな」
「大丈夫よ~! 私もデキるってところを見せてあげるわ~!」
湿っぽい雰囲気を変えるためかシーラは張り切る姿を見せ、台所の前に足取り軽く駆けていった。
「……」
(……シーラの前で情けない姿を見せるなと言ったのに)
そんなシーラとは真逆にキリサメは暗い顔のまま、二階の部屋へと帰っていく。私は溜息をつき、どうしたものかと考えていれば、
「きゃあ~!? パンが焦げたわぁ~!」
「……またか」
案の定、シーラがパンを焦がすと普段と変わらぬ悲鳴を上げた。
――――――――――――――――――――――――
日は沈み、暗闇が町を覆い隠す。シーラと私で夕食の支度を終え、机に料理を運んでいたが、キリサメはリビングへまったく姿を見せない。
「アレクシアちゃん~! 料理は私が運んでおくから、カイトくんを呼んできて~!」
「あぁ」
私はシーラに夕食の用意を任せ、キリサメを呼ぶために部屋の扉を叩く。
「夕食だ。さっさと降りて来い」
しかしいつものような腑抜けた返答はない。私は仕方なく扉に手をかけ、キリサメの部屋へと足を踏み入れる。
「……何をしている?」
ベッドに腰を下ろし、ぼーっと木の床を見つめるキリサメ。虚ろな瞳のまま、人形のように佇む。
「あの男は死んだ。お前が堕落しようが後悔しようが、あの男は戻ってこない」
「……」
「シーラを下で待たせている。空気を乱すのはやめ――」
「俺さ」
私の言葉を遮るようにキリサメはボソッと呟いた。酷く
「俺さ、圭太とは親友だったんだ。飯を食いに行ったり、家でゲームしたり、一緒にテスト勉強したり……全部、楽しかったんだよ。楽しくて、この世界でも、一緒にいられるって……」
「何を言っている?」
「死んだんだよなあいつ。なぁ伊吹圭太は、本当に死んだんだよな?」
「……死んだ。あの男は食屍鬼に襲われ、絶命したんだ」
キリサメは急に立ち上がり、私の側までゆっくりと歩み寄る。食屍鬼のように不規則な歩き方だ。
「あいつ、なんか悪い事したのかな」
「……」
「あいつは、死んでいいような奴じゃないだろ。本当に死ぬべき奴は俺だった。あいつはジェイニーさんを助けたんだ。俺は怖くて動けなかったのに、圭太は果敢に……」
私の前に立つとキリサメは、急にガクンッと両膝をつき私の衣服を両手で掴む。
「何で俺が生きてんだよっ……!? 圭太が死んでんのにっ……何で俺が生きてんだっ……!?」
「……」
「親友のあいつを俺は見捨てたんだ。今も裏切り者だって叫んだあいつの声が、頭の中にこびりついてっ……」
自身に対する怒りとイブキに対する懺悔。それらが込み上げたのか、涙をボロボロと流すキリサメ。私の衣服を握りしめる力がより一層強くなる。
「以前、私は『人間に平等に与えられたものは時間だ』という話をした。実はこの話には続きがある」
「……続き?」
「与えられた時間を有効に使う者は、あの男のように優秀な人間になる。逆に無駄に使う者は、お前のように劣等感だけが残された人間になるだろう」
私はキリサメの手を振り払わず話を淡々と進めた。
「だがな、どれだけ優秀な人間であろうと、どれだけ完璧に近い人間であろうと――死ぬときは死ぬ」
「うッうぅうッ……ぐっそっ……」
「死は時間とは違い不平等なものだ。この世は善行を積む人間ほど早く死に、悪行を重ねる人間ほど図太く生き延びる」
この世の真理にも近い残酷な現実。私が淡々とキリサメに突きつければ、情けない嗚咽を漏らす。
「私は優秀な人間が死ぬ光景を何度も見てきた。死因はどれもが仲間を『庇った・助けた・逃がした』のいずれかに当てはまる」
「うッ……あぁあぁあッ……」
「良い人間であればあるほど損をする世界だ。お前がこうやって生き残ったのも、世界の道理に沿っているからだろう」
キリサメは両膝を突いたまま、私のスカートに顔を埋ませると、幼児のように泣きついた。
「お前が住んでいた世界では"異世界転生"が流行していると言っていたな。話を聞いた限りでは『最初から最強の力が手に入る』『仲間たちに恵まれる』『何者にも屈することがない』……が当然だったか?」
「くっ……そぉっ……」
「他の世界ではそうかもしれない。だがお前が今生きているこの世界は――」
「くっ……そぉおぉおぉ……ッ!」
ひたすらに泣きつき、ひたすらに悔しがるキリサメの頭に私は右手を乗せる。
「――"
「うああぁあぁああぁああぁっ……!!」
家の外にまで聞こえる声量で泣き叫ぶキリサメ。私は自分を責めるこの男を、情けないこの男を、ただ黙って見下ろしていた。
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