1:15 End Of Test ─試験終了─
子爵を始末した後、ジェイニーたちの様子を確認してみれば、どうにか食屍鬼たちを片付けたようで、呼吸を荒げながら壁に手をついていた。
「グスッ、グスッ……」
「ヒッグッ、ヒッグッ……」
シーラの子供たちは食屍鬼にされているのにも関わらず、私を襲おうとはしない。二匹は血の涙を頬に伝わせ、ただ私の前で棒立ちするのみ。
「……変わった食屍鬼だ」
嗚咽を漏らす食屍鬼の心臓に木の杭を一本ずつ突き刺す。この子供たちは数年前から生き地獄を味わってきた。これがせめてもの救い。
(……本試験の時間も残り少ない。金の十字架はどこだ?)
私は灰に埋もれた木製の十字架のネックレスを拾うと、黒の刀剣を鞘に納める。そして金の十字架を探すためにジェイニーたちの横を通り過ぎた。
「ちょ、ちょっと待ってよ……!」
「何だ?」
「さ、流石に疲れたからブルーゾーンに行かない? 食屍鬼もいないし安全だよ。吸血鬼だって倒したんでしょ?」
呼び止めるのはデイル。私はしばらく黙り込むと、まだ捜索し切れていない方角に向かって再び歩き出す。
「私に構うな」
「で、でも! アレクシアさんも怪我してるし……!」
「既に止血している。支障はない」
「そ、そうなんだ……」
何となく察しは付いていたが、吸血鬼の血が流れているせいで肉体の治癒力が普段よりも高い。傷口は既に止血され、痛みも引いている。
「……少し、よろしくて?」
「何の用だ?」
「まだアカデミーに入学してもいないのに、子爵を倒すなんてありえませんわ。本当にアレクシアさんは何者ですの?」
デイルが食い下がったかと思えば、今度はジェイニーが張り詰めた顔で私に歩み寄った。
「……私は私だ」
「そんな答えで私が納得するとお思いで……!?」
「お前に話すつもりはない」
「いいえ、今度こそ話してもらいますわ! 以前は途中で帰宅してしまいましたが、子爵を葬られて私も黙っては――」
通路の奥から聞こえてくる足音。私とジェイニーは会話を止め、足音の方角へと身体を向ける。
「……食屍鬼かな?」
「違うな。食屍鬼は常に不規則な歩き方をする。一定間隔で聞こえる足音はただの人間か、それとも……」
「まさか、吸血鬼がまだ?」
私たちは鞘に納めていた刀剣を引き抜き、暗闇の向こうを見据えた。徐々に足音の正体である人影が見えてくる。
「あっ、やっと生き残りを見つけましたよぉ!」
「……誰だお前は?」
通路の奥から姿を見せたのは、両手に一本ずつ刀剣を握りしめた赤髪の女。筋肉が目立つ肉体に女にしては高い身長。淑女のジェイニーとは真逆の存在。木製の十字架から候補生だと見て取れる。
「初めましてですねぇ! 私は
「答える必要はない」
「そうですか。ではでは、ここで死んでもらいますよぉ!」
自身をナタリアと名乗った女は両手に握りしめる二本の刀剣を構えた。この女は本気で仕掛けてこようとしている。
「お、お待ちになって! あなたは吸血鬼でも食屍鬼でもないはずです! どうして私たちを殺そうと……」
「はいはい! なぜなら初対面で名前を覚える必要がない相手は、大体死ぬ人間だけじゃないですかぁ?」
「はい?」
「私、何かおかしなことを言ってますかぁ?」
ナタリア・レインズ。この人物は間違いなく、名家の一つである"レインズ家"の人間だ。私は握っている刀剣を鞘へと納めた。
「私はアレクシア・バートリだ」
「はいはい、アレクシア・バートリさんですねぇ! ではでは、そこのお二方は?」
「えっ……?」
「レインズ家の人間は気が狂っている連中が多い。名乗らないと暴れるぞ」
狼狽えているジェイニーとデイルに私がそう忠告をすれば、渋々自身の名前をナタリアに伝える。
「アレクシア・バートリさんに、ジェイニー・アベルさんに、デイル・アークライトさんですねぇ。はい、覚えました!」
ナタリアは頭を揺さぶりながら戦闘態勢を解くと、私たちの元まで歩み寄り、気を失うキリサメに視線を移した。
「こちらの野郎は?」
「カイト・"ハルサメ"。私たちの連れだ」
「そうですかそうですか。カイト・"ハルサメ"さんですね。はい、覚えました!」
ナタリアが次に注目したのは私の右肩の怪我。じろじろと観察しつつ小首を傾げ、怪我に対して興味を示してきた。
「おやおやぁ? 怪我をしていますが何かあったんですかぁ?」
「擦りむいただけだ」
「はいはい、擦りむいたんですねぇ! 痛かったですかぁ?」
「痛くはない」
私の返答にぱぁと表情を明るくさせたナタリア。長いスカートの前に付いた
「我慢強いんですねぇ! これをどうぞ!」
「……これは」
探し求めていた金の十字架を一つ手渡してきた。偽物かと観察してみるが、純金で作られていることからすぐに本物だと理解する。
「いいのか?」
「はいはい、あげますよぉ!」
「そうか。貰えるものは貰っておく」
私は金の十字架を懐に仕舞う。ナタリアの衣嚢から微かに聞こえるのは金属が擦れ合う音。どうやら金の十字架が詰め込まれているようだ。
「その金の十字架はすべてお前が?」
「勿論ですねぇ! 東西南北すべてのデッドゾーンを走り回って、全部回収してきました!」
「そんなに集めて何の意味がある?」
「意味なんてありませんよぉ? 私は意味を求めませんからねぇ」
ナタリアは至って真面目に首を傾げている。出会った時から察してはいたが、この女はどこか頭のネジが外れているらしい。
「もし私がもう一つ欲しいと言ったら、お前は渡してくれるのか?」
「はいはい、どうして渡す必要があるんです?」
「そこに倒れている男の分だ」
「なるほどなるほど! カイト・ハルサメさんの分が欲しいんですね!」
ナタリアは私の答えに納得すると気を失ったキリサメの頬をペチペチと叩き始める。
「起きてくださーい! カイト・ハルサメさーん、起きてくださーい!」
「……」
「もしもーし! もしもーし、カイト・ハルサメさーん?」
「この男は子爵からの蹴りを受けたがすぐに気絶はしなかった。辛抱強さと感情論でその場を乗り切ろうとした男だ」
私が誇張して説明をしてやれば、感動したナタリアはキリサメの両肩を掴み、前後に激しく揺さぶった。
「辛抱強いんですねぇ! これをあげます!」
そしてポケットから金の十字架をもう一つ取り出し、キリサメの右手に握らせてから、その場に勢いよく立ち上がる。
「……子爵! 今、子爵と言いましたかぁ?」
「あぁ言ったな」
「子爵はどこにいるんです?」
「十分前にこの先の通路を歩いて行った」
靴底を地面に何度も擦らせ、両手に握りしめていた剣を軽く振り回し、進行方向を自身が歩いてきた方角へと変えた。
「はい、覚えました! ではでは、これで失礼しますねぇ! またどこかで会えたらいいですね、お前たち!」
私たちにそれだけ伝えるとナタリアは全力疾走で通路を駆けていく。立ち込める砂煙に、ジェイニーとデイルは思わず咳き込んだ。
「……嵐のようなお方でしたわ」
「あの女はレインズ家の人間だ。お前は何か知らないのか?」
「レインズ家の出身地は"ノースイデア"ですもの。サウスアガペーとは真逆の位置にある名家までは深く存じておりませんわ」
「で、でもこんな話は少しだけ聞いたことあるよ……」
デイルは胸を撫で下ろしてから石の壁に背を付け、レインズ家に関してこう語り始める。
「レインズ家は"剣術"に長けている家系。名家の中では最高峰の実力で、皇女様が継いでいるアーネット家の次に、神様に愛された家系だって」
「あの狂っているお方が最高峰の家系とは思えませんわ」
「常人よりも狂人を相手にする方が遥かに厄介だろう」
「それは、そうかもしれませんが……」
そんな他愛もない会話を交わしていれば、私の脳裏にレインズ家の始祖と対面した記憶が蘇ってきた。
『ねぇねぇ~! "お姉様"と私が殺し合ったら、どっちが死ぬのかなぁ?』
『何度も言うが私はお前の姉じゃない。それと死ぬのはお前の方だ"小娘"』
『えっ? 私、死ぬの?』
『あぁ、お前は死ぬ』
レインズ家の始祖は私のことを姉と呼んでくる小娘。食屍鬼や吸血鬼の死体を千切って遊び始める"狂気の具現化"。
「……もうアイツのことはどうでもいい。私は金の十字架を手に入れた。後はブルーゾーンで夜が明けるのを待つだけだ」
後は時間が経つのを待つだけ。私はナタリアと鉢合わせしないよう、真逆の方角へと歩き出す。
「キリサメさんはいかが致しますの?」
「連れて行きたいのならお前たちが連れて来い」
「納得できませんわ! どうして私たちが――」
「私はソイツの御守をするつもりはない。そもそもこの事態を引き起こした責任は誰にある?」
ジェイニーは血に塗れた金髪へと視線を移すとすぐに口を閉ざした。
「あ、あの……僕も手伝うよ……」
「……助かりますわ」
二人は自分たちの肩にキリサメの両腕を回し、ブルーゾーンへ向かう私の後に続く。
「……アレクシアさん」
「何だ?」
「どうしてキリサメさんに金の十字架を……?」
「……理由はない」
ジェイニーの質問に対して淡白な返答をし、歩く速度をやや上げた。
「ナタリアさんに説明をするとき、アレクシアさんはキリサメさんを称えていましたわ。心の中ではキリサメさんのことを認めていたのでは?」
「それをどう考えようがお前の勝手だ。好きなように想像すればいい。……だが私の印象を植え付けようとするのは止せ」
「でも金の十字架を――」
「里親への負担を減らすため。これで話は終わりだ」
私が会話を強引に断ち切ると、青色の線が足元に見えてくる。私はそれを上から靴で擦って、線の色が重ねられていないかを確認した。
「ここから先は本物のブルーゾーンだ。食屍鬼もいない」
「や、やっと落ち着ける……」
ブルーゾーンに到着した私たちは近くの牢屋で身を潜める。静寂に包まれる暗闇の中、特に会話を交わすこともない。
「夜が明けますわ」
時間が経過しやっと夜が明ける。そう実感できたのは、天井の隙間から僅かに陽の光が差し込んだから。
(……下らん本試験だ)
包帯が巻かれた部分を照らすのは陽の光。冷め切った牢屋の中で初めて温もりを感じた。
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