1:5 Test Content ─試験内容─


 翌日の早朝。目を覚まして一階へ顔を出してみれば、そわそわと落ち着かない様子で歩き回るシーラ。話を聞くとキリサメの姿が見当たらないらしい。


「カイトくん、どこに行っちゃったのかしら~?」

「知らん」

「アレクシアちゃんは何か聞いてない~?」

「……知らん」


 置き手紙も無し。シーラは不安を募らせながらパンにかじりついていたが、私は昨晩の一件などなかったかのように振る舞う。


「シーラ、私は二日後の仮試験を受けにいく」

「えっ、仮試験って……」

「知らないのか。アカデミーに入学するための試験――」

「ダメよッ!」


 私が仮試験の話題を出した途端、シーラは齧りついていたパンを皿の上に置くと、その場に勢いよく立ち上がった。


「どうした?」

「アカデミーなんて……ダメよ、ダメに決まってるわ……」

「何故だ?」

「それは……」


 シーラは私の問いに答えず「とにかくダメよ」とだけ呟き、皿などを急いで片付けると、逃げるようにして家を出ていく。


(……取り乱した姿は初めて見たな)


 シーラは働きに出掛けたが、私の予定は空白。何をして時間を潰そうかと皿を洗いながら考え、臆病者から貰った手帳のページをふと思い出す。  


「……仮試験について情報を集めるか」


 皿洗いを終えると私は自室へと向かった。外出用の私服に着替え、臆病者から貰った手帳の切れ端を片手に町へと赴く。


「一般的だな」


 数分ほど歩けば、手帳の切れ端に記載された場所に辿り着いた。貴族ではなく、庶民が暮らしていそうな一般的な家。私は手帳の切れ端を衣嚢いのうに突っ込み、木製の扉を三度叩く。


「はーい、どちら様……って」

「私だ」

「んだよお前か。何か聞きたいことでもあったのか?」

「あぁ、仮試験について聞きたいことがある」


 臆病者は「まぁ中に入れ」と私を家の中へと招き入れた。家は汚いだろうと勝手に印象付けていたが、室内はそれなりに掃除が行き届いている。 


「強姦はするな」

「俺はもうそんなことしねぇ! 俺には婚約者がいるんだぞ!?」

「婚約者……ということは告白は上手くいったのか」

「そりゃあもう大成功だったぜ! 二人で永遠の愛を誓うぐらいには――」


 臆病者は「しまった」と口元を両手で押さえた。私は楽しそうに喋っていたこの男へ冷めた眼差しを送る。


「お前なぁ……!? 俺をからかうのはやめろよ!」

「勝手に喋り出したのはお前だろう」

「るせぇ! とにかく俺の話はいいんだよ!」


 私を椅子に座らせるとティーカップを机の上に二つ置いた。紅茶の葉は柑橘かんきつ系統のものだ。


「気が利くな」

「まぁお前は一応客人だからな。紅茶ぐらいは淹れてやるよ」


 臆病者は紅茶の葉をティーポッドに浸すと、自信に満ちた表情で私の前まで運んでくる。


「俺の紅茶はとっておきなんだ」

「とっておき?」

「まぁまぁ! 飲んでみれば分かるぜ!」


 ティーカップに紅茶を注ぎ「飲んでみろ」と差し出してきた。私は嫌な予感がしながらも、少しだけ口にしてみる。


「……」

「どうだ? 美味しいだ――」

「うぐ……ッ?!」


 全身を駆け巡る悪寒、込み上げる吐き気、逆流する胃液。私は頬を引き攣りながら臆病者へ、ティーカップを押し返した。


「……ピーナッツバターを、紅茶に溶かしたのか?」 

「そりゃあこの街はピーナッツが名産地だからな。この街で作られた茶葉とピーナッツバターを混ぜるレシピは、グローリアで大人気なんだ」


 吸血鬼共、神共、ピーナッツバター。三番目に嫌悪するものが流通しているグローリア。私は思わず大きな溜息を吐いて、不機嫌な様子で頬杖を突く。


「過去にピーナッツバターが嫌いだと言わなかったか?」

「ああ、そういえばそうだったな。そんなこと三年前に言っていた気が――って熱っ!?」


 そう言いかけた瞬間、臆病者の手からティーカップが滑り落ちガラスの破片が辺りに飛び散った。


「……お前、紅茶を淹れたことがないだろう」

「……」

「気品さを見せようとした結果がこの有様か。お前らしいな」

「るせぇ! それで何を聞きに来たんだよ?」


 臆病者は散らばったティーカップの破片を片付けながら、私に用件を尋ねてくる。


「以前、仮試験の内容は『身体能力・知性・判断力』と聞いた。これらについての詳しい話を聞かせろ」

「あぁ内容についてか」


 破片をすべて拾い上げると男は洗い場まで慎重に運び、私が求めていた仮試験の話を始めた。


「まず身体能力っていう試験の内容は、基礎体力を計測して剣技の才能を見られるんだ」 

「なるほど。剣技を見られるのか」

「あぁでも、剣技の方はあんまり重要じゃないと思うぜ。剣なんか握ったことのない俺が受かったんだし」


 名家だけでなく庶民の家系にも、古来から引き継がれている"術"は何かしら存在する。特に名家の術となれば非常に強力なものが多いため、私もある程度は把握していた。


「次に知性っていうのは一般的な学問の面だ。そういや、お前はその辺とか大丈夫なのかよ?」

「問題ない。学べることはすべて学んできた」 


 シーラの家に置かれていた学術書を読み漁ってみたが、遥か前世から学問の内容自体は大きく変わっていない。特に心配する必要もないだろう。


「最後に判断力。一番の壁は多分これだと思うぜ」

「何故だ?」

「仮試験は百点満点で計測されるんだが……。さっきの身体能力と知性が合わせて五十点分あるのに対して、この判断力っていうのが一つで五十点分あるんだよ」

「判断力の試験内容は?」


 私は判断力という試験の内容を尋ねるが、臆病者は「んー」と唸りながら答えるか答えないかを迷い始めた。


「内容は知らない方がいいと思うぞ」

「……どういう意味だ?」

「難しくはないんだけどな。内容を今教えると、むしろ逆効果な気がするんだ」

「そうか。なら答えなくていい」


 机の中央に置かれたティーポッドをじっと見つめ、私は木の椅子から立ち上がる。

  

「もういいのか?」

「十分だ。危惧するべきは家庭の問題だが……」

「まさかお前、仮試験を受けることを許してもらってないのか?」

「あぁ、許しは貰っていないな」


 臆病者は私の返答を聞けば、呆れながら片手で頭を掻いた。


「仮試験は受けられるけど、本試験は契約書にサインをする保証人が必要なんだぞ」

「お前に書いてもらえばいい」

「無理だっつーの。親権者がサインしないと契約書は通らない」

「そもそもなぜサインが必要なんだ?」


 私の問いに臆病者は天井を見上げながら答えにくそうに口をもごもごと動かす。


「死ぬかも、しれないから」

「死ぬだと?」

「食屍鬼が徘徊してる場所が本試験の会場なんだ。大人しくしていれば普通は死なないんだけど。目立つようなことをすると、死人がちらほら出て……」


 シーラが取り乱した理由に納得したと同時に、最大の壁は過保護なシーラからサインを貰うことだと発覚する。どうしたものかと腕を組んで考えていれば、男は「ああそういや」と私を指差した。


「お前は"十八歳未満"だよな?」

「ああ、私は今年で"十六"だ」

「んならいいか。十八よりも上の年齢は、仮試験を受けられないってことだけ覚えておいた方がいいぞ」

「なぜ覚えておく必要がある?」


 臆病者も椅子から立ち上がり私を家の扉まで案内する。その最中、覚えておく理由を私にこう説明した。


「要はお前が十六なら、アカデミーに入るチャンスは今年を含めて二回しかないってことだからな」

「……十八を上回るとアカデミーに入る方法はないのか?」

「まずないと思うぜ。実際に俺の友人も最後のチャンスを逃して、今はその辺で飲んだくれになってるし」


 試験を受けられるのは年齢が十八未満の間のみ。アカデミーは若い人材が余程ほしいのだろう。私は家の外にある石の階段を一歩ずつ踏みしめ、ゆっくりと降りていく。


「その友人とやらは何度も試験を受けたのか?」

「五回は受けてたらしいぜ。まぁ全部ダメだったけどな」

(……恐らく原因は身体能力と知性の面じゃない。対策のしようがない"判断力"の部分ということか)


 私はその場で臆病者と別れを告げ、シーラの家へ帰宅することにした。考えるべき第一の課題はシーラの許諾。第二の課題は判断力をどう対策するか。


「お願いします! ここで働かせてくださいッ!」

「何度も言ってんだろうが! おれんとこは人が足りてるって!」

「そこを何とかお願いしますッ!」

「お前は物分かりのわりぃやつだなぁ!?」


 街中を歩いていれば、聞き覚えのある声と怒声が耳に入る。私は声のする方へ視線を向けてみると、酒場の店主にキリサメがしがみついていた。


「おらぁ、さっさと離しやがれ!」

「げふ……ッ!?」

 

 キリサメは店主に殴り飛ばされ、固い地面へと顔をへばりつかせる。酒場の店主は「最近のわけぇもんは」と苛立ちながら、店の中へと戻っていく。


「いってて……」

「あら、ご機嫌ようキリサメさん」

「……ジェイニーさん」


 倒れているキリサメに手を差し伸べたのはアベル家のジェイニー。周囲の目などものともせず、キリサメに優しく微笑みかける。


「あんなにも必死になって……。何がありましたの?」

「今、働く場所を探してるんです。働かないと家にいる資格がないみたいで……」

「それはそれは、大変な境遇ですわ」


 ジェイニーはキリサメの紳士服に付着した砂埃を手で払い、哀れみの表情を浮かべていた。

  

「もしキリサメさんがよければ、私の元へ来なくて?」

「えっ、いいのか?」

「えぇ勿論ですわ。イブキさんのお友達ですもの。アベル家の者は皆、きっとキリサメさんを歓迎しますわ」


 キリサメの砂や土に汚れた右手をジェイニーは躊躇もせずに両手で握りしめる。しかしあの女はこの場で救いの手を差し伸べたのは、ただ愉悦感に浸るためだ。


「悪意はおありにならないのでしょうけど、アレクシアさんはキリサメさんに厳しいお方ですわね」

「あ、あぁ……うん、そうだよな」

「アレクシアさんに比べてアベル家の人間は神に愛され、慈愛に満ちた者ばかりですわ。きっとイブキさんとも仲睦まじく過ごせますわよ」

 

 これで二度と私やシーラの元へは帰ってこない。面倒事が解消された、と私は二人から視線を外し、再び帰宅路につくことにした。

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