1:4 One More Person ─もう一人─


 数年ぶりに再会した臆病者から仮試験や特待生の情報を手に入れた数日後。私とキリサメは街の中を歩き、シーラが働いている雑貨店まで向かっていた。


「……働く場所は見つけたのか?」

「あー、その……それがまだ……」


 あれから何日か経過したというのにキリサメの現状は何も変わらない。私は未だに居候状態のキリサメに呆れ、冷めた眼差しを送る。


「仕方がない。お前とは一度しっかりと話をして――」

「おいお前、もしかして海斗か!?」


 言葉を遮るように声を掛けてきたのは茶髪の青年。キリサメと似たような紳士服を身に纏っているが、性根から漂うな陰気臭さはしない。


「け、圭太……! どうしてこんなところに……!?」


 二人はそれなりの交友関係を築き上げているのか、お互いに背中を何度か叩き合い、再会を喜び合う。


「"トラックに轢かれた"かと思ったらこの世界にいてさ。俺も最初はワケが分からなかったけど、今は何とか平和に暮らしてるぜ! お前もいてくれて良かったよ!」

「それはこっちのセリフだバカ野郎! ていうかトラックに轢かれるなんて何があったんだよ?」

「んー、分かんねぇけど……立ち入り禁止の神社で友達と肝試しをしたから、その罰でも当たったのかもな!」

 

 交友関係、似たような紳士服、お互いの状況。それらが一致していることから、おそらくは話に聞いていた"異世界転生者いせかいてんせいしゃ"とやらだ。


「イブキさん、いかがされましたか?」


 茶髪の好青年をイブキと呼ぶのは、華やかな緑のワンピースに身を包んだ金髪の少女。腰まで届く長い金髪は、風に吹かれることで煌めいている。


「"ジェイニー"! こいつは俺の世界にいた友達なんだ!」

「あら、そうでしたの。それは大変幸運なことですわ」

「あ、あの、えっとぉ……そちらの美少女は?」


 キリサメが頬を赤く染め、イブキに少女のことを尋ねた。すると少女はスカートの両端を摘まみ上げ、流れるように一礼する。


「私はJanieジェイニー Abelアベル。以後お見知りおきを」

「カ、カイト・キリサメです。ど、どうぞ宜しくお願いします」


 アベル家はサウスアガペーを発祥とする名家の一つ。私がジェイニーの姿を見つめていれば、自然と目が合う。


「あなたのお名前は?」

「……答える義理はない」

「あら、私は知りたいですわ。あなたのお名前」


 私は名乗りを拒もうとしたがジェイニーは引き下がることなく、食い気味に姓名せいめいを尋ねてきた。


「……アレクシア・バートリ」

「素敵なお名前ですこと。宜しくお願いしますわね――アレクシアさん」


 ジェイニーはニッコリと胡散臭い笑みを浮かべ、握手をしようとこちらに左手を差し出す。この淑女らしく振る舞おうとする態度がどうも気に食わない。

 

「お前と馴れ合うつもりはない」

「あらそうでしたの? それは失礼しましたわ」 

 

 差し出した左手を引っ込め、私たちは見つめ合う。無言の時間が過ぎる中で、私はキリサメとイブキが会話へ耳を傾けた。


「俺たちがいた世界よりも、こっちの世界はほんと楽しいよな!」

「あー……楽しいのか?」

「部屋も豪勢だし、ご飯も美味いし、何より誰からも縛られずに生きていけるのが最高! 一日寝てても何も言われないんだぞ!」

「そう、だよな!」

 

 運良く名家に拾われれば、待遇が良いのは当然。キリサメはどこか気まずそうに、イブキの話に共感をしていた。


「お前の方はどうなんだ? この世界は楽しいか?」 

「あ、うん、まぁ……それなりに楽しいぞ」

「やっぱり部屋とかご飯とか豪勢なんだろ?」

「……そ、そうだな」 


 イブキという男はキリサメの愛想笑いに気が付いていない。しかし私の前に立つジェイニーは無理に話を合わせていると勘付いていた。


「イブキさんはとても立派な殿方ですわ。私のお母様、お父様、お姉様……皆イブキさんのことを気に入りましたの。イブキさんと同じ世界に住んでいたキリサメさんも"さぞ立派な殿方・・・・・・・"なのでしょう?」

「あの男は働く場所も見つけられない男だ。立派だとは思わん」

「あらまぁ私ったら……。キリサメさんはてっきり優秀な殿方なのかと」


 キリサメだけでなく私までも見下すような口ぶり。名家出身はロクな人間がいないと憶測を立てていたが、どうやらその憶測は正しかったらしい。


「イブキさんと私はアカデミーの仮試験を受ける予定ですが……あなた方のご予定は?」

「私は仮試験を受けるつもりだ。あの男のことは知らん」

「そうでしたの。イブキさんはご自分から受ける意志を示しましたのに、キリサメさんは控えめな殿方・・・・・・ですわね」


 ジェイニーから傲慢さと蔑みを感じさせる微笑みを向けられながら、私は腰辺りまで伸びている長い金髪を観察する。


「髪は切らないのか?」

「ええ、この髪型で参加するつもりですわ」

「そうか」

「不思議なことを聞きますわね。私のこの髪に何かお言葉でも?」


 わざとらしく金髪をなびかせるジェイニー。私は特に何の感情も抱かず、無表情で揺れている髪の毛を眺め、


「……忠告しておく。仮試験前に髪は切った方がいい」


 自信と希望に満ち溢れているジェイニーの瞳を真っ直ぐ見つめた。


「ご忠告、感謝致しますわ。ですけど淑女たるもの"髪は命"ですわ。切るわけにはいきませんの」

「髪は命か。笑えん冗談だ」

「お気に召して頂けたようで何よりですわ。それとアレクシアさん、あなたは人に忠告ができる立場ですの?」

「お前とは価値観が違う。試験前に切るつもりだ」


 私はジェイニーとの会話をそこで切り上げ、イブキと思い出話に花を咲かせているキリサメの元まで歩み寄る。


「行くぞ」

「えっ? まだ話がしたいんだけど──」

「シーラが待っている。談笑は後にしろ」


 反論するキリサメを黙らせると左腕を掴み、シーラが待つ雑貨店へと再び移動を始めた。


「ほんじゃあな海斗! そっちも頑張れよ!」

「あ、あぁ、またな圭太!」

「アレクシアさん。仮試験でお会いできることを心待ちにしておりますわ」 


 これ以上、言葉を交わす必要はない。私はジェイニーの別れの挨拶を無視して、キリサメと共にシーラの待つ雑貨店へと向かった。 



――――――――――――――――――――――



 月輪げつりんが夜空に浮かび上がり、誰もが寝静まった時間帯。私は事前に話があると伝え、約束の時間にキリサメの部屋を訪れていた。


「そんで、話っていうのは……?」

「お前がこの家へ潜り込み今日で三日目だ。本腰を入れて働く場所を見つけろ」


 キリサメは未だに働く場所を見つけていない。シーラは「気にしなくていいのよ」と毎度のこと慰めているが、私からすればそういうわけもいかなかった。


「俺だって頑張ってる! 色んな場所に行って、働かせてほしいって何度も頼み込んだ!」

「それで?」

「大体俺はまだ高校二年生なんだし、そういう働くとか……よくわかんなくて……」


 ベッドの上で悔しそうに項垂れるキリサメ。私は見下すような視線を送りながら、キリサメの目の前まで歩み寄る。


「それにさ、俺の高校はバイト禁止だった! どういう気持ちで雇ってくれって頼めばいいのかとか、まだ分からないし!」

「……他には?」

「そもそも俺って家事とか全然できないし、働いたところで役に立てるかどうかすら――ぐわッ!?」


 口を開けばうじうじと言い訳ばかり。嫌気が差した私はキリサメの胸倉を片手で掴み上げた。


「お前がこの家にいなければ、私は稼げないことを責めはしない。好きなだけ時間を有意義に使い、お前の思うように生きればいい」

「……」

「だがお前はこの家に住み、のうのうと暮らしている。私とシーラが働いているのに、お前だけが働かずにだ。お前の住んでいた日本ニホンとやらはこれが看過かんかされるのか?」


 私が次々と言及していくとキリサメは下唇を噛みしめ、目を合わせないように視線を逸らす。


「俺だって、迷惑かけていることぐらい分かってる……」 

「ならどうして自分から出ていかない?」

「そ、それは……」

「当ててやろう。お前は待っているはずだ。私やシーラに追い出される時をな」


 図星を突かれ呆然としているキリサメをベッドへと突き放し、私は軽蔑と敵意を込めた視線を送った。 


「シーラはお前を追い出すことはしないだろう。私もお前を追い出す権利などはない。だがお前が自分から出ていくのなら話は別だ」

「なッ……俺に出ていけって言いたいのかよ……!?」

「"自分から"と言っただろう。お前はシーラの良心にすがっている。もしお前が本当に働く場所を見つけようとすれば、こんなことにはならな──」

「お前にッ、お前に俺の何が分かんだよぉ!?」


 堪忍袋の緒が切れたキリサメは怒声をぶつけながらこちらに詰め寄ってくる。私は平然とした態度でその怒りに満ちた顔を見上げた。


「俺がどれだけ苦労したのかを知らないくせに、さっきから偉そうなことばかり言いやがって!」

「苦労をしたのなら問いてやる。お前が『働かせてください』と地べたにその額を付けて頼み込んだのかを」

「……え?」

「地面に顔をへばりつかせ、下らないプライドを捨て、殴られようが店主に何度もしがみついたのかをな」 


 私はキリサメの額に指先を当てると、次に心臓付近へ移動させ、最後に右腕へとなぞらせる。


「私が何も知らないだと? 違うな、私はお前の行動をすべて把握している。例えばそうだな……酒場の店主に門前払いされ、すぐに食い下がっただろう?」

「──」

「それとだ。お前の衣服や手は綺麗すぎる。そんな状態で力を尽くしたなど戯言に過ぎん」


 途方に暮れれば町の中を歩き回って時間を潰す。そんな光景を私は何度も目にしていた。キリサメは行動を観察されていたことに言葉を返せず、口を半開きにする。


「働くことを甘く見るな」


 私はたったそれだけ吐き捨てるとキリサメに背を向け、部屋から出ていこうと歩き出したが、


「何でだよ、不平等すぎるだろ……。イブキはあんなに楽しく暮らせんのに、どうして俺は、この世界でも苦しまないといけないんだよ」

「……」

「あいつは俺よりも勉強ができて、運動もできて、人望もあって……。この世界でも、あんなにすげぇヤツなのに、俺はどうして――」


 背後でキリサメが嫉妬に近い独り言を呟き、その場に足を止めてしまった。


「この世界は不平等だと思うか?」

「……不平等だろ。十分すぎるぐらいに」

「そうか。そう思うのなら、お前は一生変われない」


 私はゆっくり振り返るとキリサメの瞳の奥を見据える。


「私たち人間には平等に与えられたものがある。それが分かるか?」

「……あるのかよ、そんなもん」

「それは時間だ」

「時間?」


 飾られた古時計が指し示す時刻は真夜中の二時半。私は動き続ける時計の針を見つめつつも話をこう続けた。


「時間は平等に与えられる。権威や富を備え持つ貴族でも、私たちのような庶民でも、一日は二十四時間に変わりはない」

「……」

「だが感じ方や使い方は人によって違うだろう。お前が訴える不平等は、ここで生まれてくるものだ」


 止まっていた長針がずれ、一分という時間が経過したことを知らせる。キリサメは古時計を眺めたまま、私には何も言い返してはこない。


「覚えておけ。不平等だと嘆いているこの瞬間も、お前は平等な世界から遠ざかっていることをな」


 伝えるべきことは伝えた……と、私は情けない面を浮かべるキリサメに背を向け、暗がりに包まれた部屋を後にした。

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