1:3 Recommendation ─推薦─

 

 翌日の朝方。私とシーラだけが暮らすはずの一軒家で、何故かキリサメが何食わぬ顔で朝食を取っていた。


「あのさ……」

「……」

「いや、何でもない……」


 あの後、私たちは何度もシーラへ説明をし、やっとのことで誤解は解けた。しかしキリサメに帰る場所がないことを知った途端、


『カイトくんが良ければここで暮らさない~?』


 この家で暮らさないかと誘い始めたのだ。私は快く思わなかったが、シーラは心の底から喜んでいたため、むやみに口出しはできない。


「私とシーラだけでもこの家で暮らすのは限界だというのに……お前までここで暮らすことになれば、いよいよ破産が近い」

「じゃあ何でシーラさんに反対しなかったんだよ?」

「この家はシーラが家主だ。世話になっている私に、反論する権利はない」


 私は朝食を先に食べ終わると台所まで二枚の皿を運び、一枚一枚を水で手洗いする。私とシーラの二人で働いても財産面は乾いてばかり。

 

「ただで暮らせるとは思うな。まずは働ける場所を探せ」

「そうするけどさ。どうやって探せば――」

「自分の頭で考えろ。私はこれから働きに行く」


 皿に付着した水滴を布で拭きとり、台所の隅に置かれた皿の上へ重ねる。私は未だに朝食を口にしているキリサメを後にし、花屋へと向かった。


  

―――――――――――



 時刻は十五時頃。私は花屋の裏で薄い紫色の花を咲かせた"ミスミソウ"に水やりをしていた。花屋の仕事内容はとても単純なものばかりで、難しいことは一つもない。

 

「すいませーん」


 だからこそ余裕を持って対応ができる。私は誰かに呼ばれたため、水やりの道具を地面に置くと店の表へ顔を出した。


「何か用でも?」

「この花屋って薔薇とかある? それこそ真っ赤な薔薇を――」


 花屋の前に立っていたのは男。薔薇の有無を尋ねてきたが、私の顔をハッキリと認識すると半目になった。


「あれ? お前、孤児院の……」

「人違いだ」

「いいや絶対人違いじゃないね! その喋り方はお前しかいねぇからな!」

「誰だお前は?」

  

 私の前で「しょうがねぇな」と呟きつつ、衣服の下に隠していた十字架のネックレスを私に見せつけてきた。


「三年前、あの孤児院で会っただろ!」

「……"臆病者"か」

「臆病者じゃねぇよ! スコット・フェルトンだっつーの!」


 三年前に起きた吸血鬼による孤児院への襲撃。この男はイアンとクレア同様に生き残りだ。三年前に皇女がこの男の階級を、石の十字架から鉄の十字架に昇格させると述べていたが、


「その色は……」

「おっ、気づいたか? 俺はこの三年間で鉄の十字架から銅の十字架まで上り詰めたんだぜ!」


 鉄の十字架ではなく銅の十字架が飾られていた。この男は私に見せつけるようにして堂々と胸を張っている。


「俺にかかれば、食屍鬼なんてもう敵じゃないぞ!」

「そうか。なら男爵もお前の敵じゃないな」

「ま、まぁそれは……実際に戦ってみないとな……」


 私の言葉にこの男は思わず視線を逸らした。食屍鬼は吸血鬼共の失敗作だ。この臆病者は一人前だと気取っているが、食屍鬼と男爵では実力が雲泥の差だ。


「銅の十字架でも男爵に手こずるのか?」

「当たり前だろ! 俺たち銅の十字架の中でも上位の連中じゃないと、男爵は倒せねぇよ!」 

「……昇級を辞退するべきだったな」

「るせぇ! 俺だって必死に努力して、ここまで上り詰めたんだ! 少しぐらい俺のことを認めろよ!」


 臆病者は溜息をつけば銅の十字架を衣服の下に入れ、背伸びをして花屋の奥を覗き込む。


「お前、こんな場所で働いてたんだなー」

「悪いか?」

「別に悪くはねぇけどさ。てっきり"アカデミー"にでも入っているのかと思ったぜ」

「"アカデミー"か。私も入ろうとしたが……試験はともかく入学費用が問題だ」

  

 入学費用を用意できる宛がない。私はアカデミーに入学できない原因を説明すると臆病者は「なるほどな」と納得した。


「費用が問題なら、"特待生"の枠を狙えばいいんじゃねぇか?」

「特待生?」

「試験で優秀な成績を残したり"十戒様"とか"名家"に推薦されたりすると、特待生として扱われるんだ。もし特待生に選ばれたら、アカデミーの費用は免除になるぞ」


 限りがあるであろう特待生の枠。この枠へ上手く滑り込めば、シーラに迷惑を掛けることなくアカデミーへ入学することが可能だ。


「……有益な話を聞かせてもらった。私は特待生とやらを狙う」

「俺がお前を推薦してやれるぐらい強ければいいんだけどな。悪いが何もしてやれそうに――」

「安心しろ。お前には期待していない」

「お、お前……相変わらずクソ生意味で安心だなぁ……?!」


 頬を引き攣って右拳を震わせる臆病者。私は特に表情を変えることもないまま、花屋の隅へ視線を移す。


「薔薇はそこにある。何本欲しいんだ?」

「あ、あぁ、九十九本にしようかな」

「……随分と裕福だな。お前は貴族の家系か?」

「いーや、俺は貴族生まれじゃないぜ。階級が上がれば上がるほど、支給される資金も多くなるんだ」


 私は薔薇を一本ずつ手に取りながら丁寧に一束にしていく。薔薇の花弁が増えれば増える程、その華胄かちゅうな香りを周囲に漂わせた。


「資金が貰えるのか?」

「貰えるな。まぁでも、一ヶ月に一度だけだ」

「貰える量は?」

「それは……内部機密だから言えないな」


 最後の仕上げとして九十九本目を一束に加えようとしたとき、私はふと手を止め、花屋の奥へと視線を向ける。


「言い忘れていた。花屋の裏には"ミスミソウ"がある」

「……急にどうしたんだよ?」

「"ミスミソウ"はお前と相性がいい」

「いやいや俺との相性じゃなくて、これから告白する相手に合う花を――」


 そう言いかけた途端、臆病者は「しまった」と口を両手で押さえた。


「……呑気に色沙汰か」

「今日は休みだからいいんだよ! てか、お前は俺を嵌めたな……?!」

「どうだろうな」


 私は淡白な返答をすると九十九本の薔薇の花束を持って男の前に立つ。


「金貨二枚だ」

「あーはいはい! これでいいだろ!」


 金貨二枚を臆病者から受け取ると、代わりに薔薇の花束を手渡した。

 

「んじゃ、まずは仮試験を受けるところからだな」

「仮試験? 本試験は受けられないのか?」

「知らねーのかよ! アカデミーの本試験を受けるためには、この街で仮試験を受ける必要があるんだ。そこで合格したやつが、アルケミスの本試験に参加できるってわけ」


 薔薇の花束を抱えた臆病者は北の方角に顔を向けた。視線の先には銀製の十字架が飾られた時計塔と、質素な見た目だが雄大とした建物。


「あそこが仮試験を受ける会場だ」

「あの建造物が試験会場だったか」

「お前、それすらも知らなかったのかよ……」


 男は片手で薔薇の花束を抱え、衣服の懐から取り出したのは使い古された一冊の手帳。


「次の仮試験は……今日から一週間後だぜ」

「仮試験は何をする?」

「俺が仮試験を受けた時は『身体能力・知性・判断力』の三つを計測する内容だったな」

 

 臆病者は説明をしながら手帳にペンを軽く走らせる。そして何かを書き記したページを一枚だけ切り取ると私に手渡してきた。 


「その紙に試験日とか一応書いといた。当日、寝坊すんなよ」 

「……この住所は?」

「それは俺の実家だ。今は長期休暇を貰ってるからな。分からないことがあったら聞きに来い」


 実家がこのサウスアガペーにあるようで、紙には番地などが書き記されている。私は紙を折りたたみ、スカートの衣嚢いのうに仕舞った。


「やけに気が利くな」

「まー、お前には一応恩がある。それに命を救ってもらった恩は、これで全部返したつもりはねぇぞ」


 臆病者は不貞腐ふてくされた態度を取りながら、辺りをキョロキョロと見渡すと私に顔を近づけてくる。 


「それとこの街の"名家"には注意しろよ……!」

「……"Arkwrightアークライト家"と"Abelアベル家"のことか?」

「そう、そいつらだ」


 名家に含まれるArkwrightアークライト家とAbelアベル家。この南の神愛と呼ばれるサウスアガペーが発祥の家系だ。


「名家は優秀な人材を毎回リンカーネーションに送り出している。お前が特待生枠を狙うつもりなら、この家系には気を付けた方がいい」


 この時代の十戒にはアークライト家とアベル家が一人ずつ選出されている。名家は優秀な人材を派遣する。その為、十戒を務めている人間は全員が名家出身。

 

「気を付けるというのは?」

「名家はその辺の一般家系に負けてはならない。お前が名家出身のヤツより目立つことをすれば……間違いなく目を付けられるぜ」 

「そうか」


 臆病者は周囲から注目を集めていないことを何度か確認すると、私から二歩ほど距離を置いた。


「んじゃあ、俺はこれで」

「次に会う時は銀の十字架か」

「ハードル上げられたら、もう二度と会えねぇよ……」


 私がわざと期待の眼差しを向けてやれば、男は苦笑交じりに手を振ってその場を去っていく。私は最後まで見送りをせず、即座に背を向け、


(……仮試験か)


 花屋の奥でひっそりと咲き誇っているミスミソウを見つめた。

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