1:2 Different World ─別天地─

 

 私は花屋の仕事を早退するとシーラの家まで帰宅をした。何故か落ち着かない様子のキリサメ・カイトをそのまま二階の部屋まで案内する。


「お、お邪魔しまーす……」

「……何をかしこまっている?」

「そりゃあやっぱり、色々とかしこまる理由が……」


 妙に表情の硬いキリサメを木製の椅子へと座らせ、私は隅に置かれたベッドに腰を下ろした。


「確かお前は"ハルサメ"だったか?」

「あの、キリサメです」

「お前は運が良い。私もお前と同じ転生者だ」

「マジすか!?」


 私の言葉にキリサメは「メインヒロインはこの子か……?」とワケの分からないことを呟きながら目を丸くする。

  

「私の前世はHybrisヒュブリスだ」

「はい? ヒュブリスって……?」

「何を惚けている。転生者の中で嫌われていたアイツだ。……知らないのか?」

「全然分からないっす……」


 転生者ならば誰もが知っているこの異名。私が腹を割って話をしているというのに、キリサメは小首を傾げていた。


「……質問を変える。お前はどの時代から転生してきた?」

「時代? んーっと、"令和レイワ"って言えばいいのか……」

「何を言っている? "レイワ"とは何だ?」

「それが年号なんだって! 江戸エドとか昭和ショウワとか平成ヘイセイとか、そういうのが時代だろ!」


 同じ転生者だというのに何故か話が噛み合わない。私は足を組みなおし、質問の内容を変えることにする。

 

「お前は本当に転生者なのか? 私をからかうため、もしくは嘘をついているのなら正直に告白しろ」

「嘘じゃねぇって! いやでも、転生者かどうかって聞かれたら……」

「何だ?」

「俺たちの世界には"異世界転生いせかいてんせい"ってジャンルのアニメとか漫画があって……。そこに描かれた転生の状況とかとそっくりだから正確には──異世界転生者いせかいてんせいしゃ?」


 必死に弁解するキリサメ。とても嘘をついているようには見えない。私は真偽を確かめるためにベッドから立ち上がると、キリサメの前まで歩み寄り、


「ちょッ、何してんだ……!?」


 私は左脚の太ももに巻かれた包帯を解いて、転生者の証でもある紋章が見えやすいようスカートをたくし上げた。


「この紋章に見覚えは?」

「……」

「目を覆っていないでさっさと見ろ」


 無理やり顔を覆っていた手を引き剥がし、左脚に刻まれた紋章を見せつければ、キリサメは半目でチラチラと紋章を確認する。


「み、見覚えはない」

「……なら」

「お、おい!! 急に何をして――」


 その返答を聞き、今度はキリサメの衣服を強引に引き剥がすことにした。暴れて抵抗をしていたが、私は力技で奇妙な紳士服を奪い取る。


「紋章が……どこにもない?」

「な、何してんだお前はっ?! やっぱ異世界の住人はアニメや漫画みたいに破廉恥なやつが多いのか!?」


 キリサメを下着一枚の姿にしたが、転生者の証である紋章はどこにも刻まれていなかった。私は奇妙に思いながらも、奪い取った紳士服をキリサメに投げ渡す。


「それにさっきから転生転生言ってるけど、俺は"異世界転生いせかいてんせい"をしたって言ってるだろ!」

「その異世界転生とやらは何だ?」

「話すよ! 話すからまずは制服を着させてくれ!」


 若干苛立つキリサメはぶつぶつと文句を言いながら着替え始めた。その間、私は再度ベッドへ腰を下ろし、左脚の紋章を隠すために包帯を巻くことにする。


「……それで、異世界転生というのは?」

「俺もこの知識が正しいのか分かんないけど……。異世界転生は"死んだら別世界に飛ばされる"ことだと思う」

「死ぬと別世界に転生するのか?」

「そうそう。俺は"神棚の餅を食べたら喉に詰まらせて"さ。窒息死したんだ」


 私はキリサメの話を聞くと考える素振りを見せる。同じ世界に転生をするのではなく、別世界へと転生をするのが異世界転生。私はそのような転生を一度も聞いたことがない。


「私たちにとっての転生は前世の記憶をすべて引き継ぎ、次の時代へ生まれることだ。お前が見たあの紋章が転生者の証となる」 

「その転生者を"リンカーネーション"って呼んでるのか?」

「あぁ、私たちの世界ではな」

「どうしてその"リンカーネーション"……ってのは存在するんだよ?」

 

 私は枕元に置かれた吸血鬼に関する歴史本を手に取ると、キリサメへ雑に投げ渡す。


「吸血鬼共を粛正するためだ」

「吸血鬼?」

「どの時代にも吸血鬼が生まれるのがこの世界だ。私たち転生者は生まれ変わりながら、吸血鬼共を殺し続けることが使命になる」


 キリサメは渡された本をペラペラと捲りながら、様々なページを流し読みしていた。他の世界から転生してきたというのに、こちらの世界の言語は理解ができるらしい。


「なぁ、吸血鬼はどうしてどの時代にも生まれてくるんだ?」

「知らん。そもそもその理由が分かっていれば、私たちも苦労はしていない」

「そ、そうなのか……」

 

 神妙な面持ちで本に目を通すキリサメ。私からすればこの男は吸血鬼に関して興味を示しているように見えた。

 

日本ニホンに吸血鬼なんていないからなぁ」

「……お前の世界には吸血鬼が存在しないのか?」

「当たり前だろ。吸血鬼なんて俺の世界では架空の怪物だからさ」

 

 つまりキリサメという男が住む世界は、人間が吸血鬼に怯える必要のない世界。私は半信半疑になりながらも、少しだけそんな世界を頭の中で想像してしまう。

 

「それとだ。お前が先ほどから述べていた"アニメ"や"マンガ"とは何だ?」

「あー、何て言うんだろう。日本の文化、みたいな感じか?」

「ならニホンは異世界転生とやらが文化になっているのか?」

「いや文化っていうか。あー、説明するのが結構難しいなぁ……!」  


 だからこそ私は"ニホン"という世界に興味が湧いた。吸血鬼が存在しない世界はどのような世界なのだろうか。


「そういやお前の名前は何て言うんだ?」

「……Alexiaアレクシア Bathoryバートリだ」

「あ、そっか! 海外とかは名字と名前が逆になるから――」


 キリサメは何かに気が付くと読んでいた本を椅子の上に置いて、軽く咳ばらいをしながら私の前に立つ。  


「ごほんっ、俺はKaitoカイト Kirisameキリサメだ。改めて、よろしくなアレクシア!」


 自信に満ちた表情で私に握手を求めてきた。どうやらこの男が住む世界では、姓名せいめいの構造が変わっているらしい。


「「……」」


 差し出された右手を見つめながらそんなことを考える。室内が静寂に包まれた数秒の間に、キリサメの表情は真顔へと変わり始めた。


「あの、握手は?」

「これは何の握手だ」

「……えっ?」

「何が"よろしく"なのかが分からん。私との話は終わっただろう」


 キリサメは差し出した右手を下げると、少しだけ考える素振りを見せる。


「あれ? 異世界転生したら、大体一番初めに出会った人物とこれからを共にするのがテンプレだったよな……?」

「……テンプレとは何だ? テンプレートの略称か?」


 こちらの声は届いていないようでキリサメは思考を止めると、先ほどと同じように右手を差し出し、


「俺はカイト・キリサメだ。これからよろしくなアレクシア」


 変わらぬ自己紹介をしてきた。私は自信に満ち溢れたキリサメの顔を見上げ、冷めた眼差しを送る。


「……」

「あのぉー?」


 反応が薄いことに不安を覚えたキリサメはスッと右手を戻し、アホ面を浮かべつつ、こちらに声を掛けてくる。


「もしかして、これで俺との話って終わり……?」

「そうだな」

「これ以上の進展とかは……無し?」

「当然だろう。これで私の用は済んだ。後は好きなようにしろ」


 部屋から出ていくよう顎で促せば、キリサメは頭を掻きながら苦笑した。


「あのさ、俺はどこに帰れば……?」

「知らん」

「おい、そんな無責任なことあるかよ……!?」

「私は話をするためにお前を呼んだだけだ。何を期待していたのかは知らんが、勝手に期待したお前自身を恨め」


 声を荒げるキリサメをなだめながら、私はベッドから立ち上がる。そしてキリサメの右腕を掴むと、


「早く出ていけ」

「うおっ?!」


 部屋から追い出そうと試みた。しかしキリサメは抵抗しようとその場で踏ん張る。 


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺はマジでこれからどうすれば!?」

「知らん」


 我が身の不安をどうにか解消しようとするキリサメ。私はそんな男を引きずりながら、部屋の扉へと手を掛けた瞬間、

 

「アレクシアちゃん~? 帰ってきたのね――」


 部屋の扉が開くと帰宅してきたばかりのシーラが立っていた。私たちの姿を目にしたシーラは、言葉を詰まらせその場で唖然とする。


「ア、アレクシアちゃん……そ、その子って……」

「気にするな。ただの客人だ。今から帰ってもらう――」

「もしかして"ボーイフレンド"~!?」


 シーラの突拍子もない発言。私たちは理解が及ばず、しばらく口を閉ざしてしまった。


「あらあら、アレクシアちゃんに愛しのボーイフレンドがいたなんて~! 私、知らなかったわ~!」

「違うシーラ。この男は――」 

「お母さんにもこの子を紹介してちょうだい~! アレクシアちゃんとの出会いや、二人の思い出話を聞きたいわ~!」 


 私が否定をしようがシーラは聞く耳を持たない。一人で盛り上がりながら私たちの間に割り込むと、それぞれの片腕を掴んだ。


「……まさかこれがその"テンプレ"とやらじゃないだろうな?」

「あ、あはは……異世界転生のテンプレに、よくあったような……?」

「お前が住んでいた"ニホン"とやらは、私の想像以上に"愉快な人間"が多いらしい」


 シーラは天真爛漫な様子で鼻歌を歌いながら私たちを一階まで連れていこうとする。この誤解を解くのには相当骨が折れるだろう。


「それ、褒めてるのか?」

「ただの皮肉だ」


 横目で視線を送ってくるキリサメ。私は率直な答えを返すと小さな溜息をついた。 

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