1:1 Three Years ─三年間─


 ベッドや本棚が置かれた自室。夜空に三日月が浮かぶ深夜。私は化粧台の前に座りながら、成長した自分の姿を見つめた。


(……今日で"三年目"か)


 私たちは皇女に保護された日から、一週間足らずで引き取り先が見つかり、それぞれの里親の元へ送られた。そして今日で三年が経過。イアンやクレアとも、あの日以来会っていない。


「アレクシアちゃん~! 今日の夕飯は何がいいかしら~?」

「任せる」

「分かったわ~」


 私を引き取った里親は"サウスアガペー"に住む二十代後半の女性。名前は"Sheilaシーラ Blazeブレイズ"。ウェーブのかかった茶色の長髪に、天然ともいえる性格。


「きゃぁああーー!? お肉がまた焦げたわぁーー!!」

「……またか」


 おまけに不器用すぎる。料理はお世辞にも上手いとは言えない。というより家事全般において、毎日必ず何かしら問題を起こしている程だ。

 

「ごめんねアレクシアちゃん~……。お母さん、またお肉を焦がしちゃって……」

「怪我はしたのか?」

「私は大丈夫よ~。心配してくれてありがとう~」


 私は二階の自室から一階の台所まで顔を出す。シーラは焦がしたパンを見つめ、気落ちしているようだった。


「夕食は私が作る。座って休め」

「ごめんね。アレクシアちゃんを引き取ってから、私はドジを踏んでばっかりで……何もしてあげられなくて……」

 

 シーラは三年前から変わらない。肉を焦がしてしまう癖も、洗い物で皿を割ってしまう癖も、何もかもが変わらない。酷な表現をするなら、何も成長していないように見える。


「シーラ、私はお前に感謝している。気にする必要はない」


 だが私は知っていた。シーラが私の為に三年前から陰で努力していることを。


(……努力家、と言えばいいのか)


 私も最初は「里親の中では外れ枠だ」と心の中で酷評していた。しかし一週間が経過した頃合いに、真夜中の台所で調理本を読みながら、料理の練習をしているシーラを目撃したのだ。


(部屋の本棚には料理の本と児童の教育本ばかり。私を養うこと自体、過酷なはずだが……この女は辛そうな顔を私に一度も見せていない)


 五本指の至る個所には絆創膏が巻かれ、毎日ほぼ同じ服を着ている。シーラはそれらを隠そうと平然を装って、いつも笑顔で過ごしていた。 


「……これでいいか?」

「わぁ~! アレクシアちゃんは凄いわね~!」


 野菜のスープと小麦のパン。机の中央に置いた皿には、焼いた肉の切り身を少量。私とシーラはお互いに向き合う形で席に座り、手を合わせてから口にする。


「ん~! 美味しいわぁ~!」

「そうか」

「どこかで料理を覚えたの~?」

「……前に、少しだけな」


 覚えたのは一番最初の人生。吸血鬼共を殺そうと決意をする前だ。淑女しゅくじょたしなみとやらで、嫌でも覚えなければならなかった。


「こんなに美味しいものが作れるなんて、アレクシアちゃんはきっと素敵なお嫁さんになれるわよ~」 

「どうだろうな」

「寂しい返答をするのはどうして~?」

「……私は穢れている」

 

 私の返答にシーラは首を傾げる。穢れているという答えを聞いたシーラは、恐らく頭の中で「入浴で落とせばいい」とでも考えているに違いない。


「ご馳走様。私は先に入浴させてもらう」

「あ、お皿洗いは私がしておくわね~。しっかりと汚れを落としてくるのよ~」

「落とせる範囲でな」


 その後、他愛もない会話を交わしながらも夕食を平らげた。そのまま脱衣所へ向かうと、網状のバスケットへ衣服を一枚ずつ脱ぎ捨てる。


(……三年経っても私の姿は曖昧か)


 全身が映し出される鏡の前。裸体の輪郭はぼやけ、鏡の向こうに立っている私は半透明となっていた。孤児院の頃から映り方が何も変わらない。


(吸血鬼は"鏡には映らない"が、私には吸血鬼の血が流れているだけ。この性質が肉体に反映されているということか)


 浴場に足を踏み入れ、まずは桶に入った湯船で身体を流す。どこからか皿の割れる音とシーラの悲鳴が聞こえた気がする。


「……私は何をしているのやら」


 足先からゆっくりと浸かり、肩まで湯船に沈めた。白い煙に顔を覆われると、私は思わず溜息を漏らしてしまう。


(千年の間の情報が手に入らんな)


 この三年間、南の神愛と呼ばれているサウスアガペーを歩き回った。目的は街の市民から情報を聞き出すため。


(唯一手に入れられた情報は……新たなリンカーネーションとなる人員を育成するための"アカデミー"とやらが存在することだけか)


 そのアカデミーの名称は『ReinCarnation Academy』だ。周囲の人間たちは『RC.A』や『アカデミー』と呼んでいるらしい。

 

(必要なものは入学試験での合格点数と金……)


 アカデミーへ入学するためにはいくつか試験を受け、一定以上の点数を稼ぐ必要がある。加えてそれなりに費用もかかるらしい。


(点数はともかく、費用が問題か)


 私は酒場近くの花屋で、シーラは街の中心にある雑貨店で働いている。それでも家系は常に厳しい状況下。アカデミーの費用を稼ぐのは不可能に近いだろう。

 

(……武器がないと吸血鬼共を始末できん。どうにか手を打たないとな)


 私は口元まで湯船に沈めると、空気泡をブクブクと湯船に立てた。



――――――――――――― 



 翌日の昼過ぎ頃。私は生活費を稼ぐために花屋で働いていた。今は"ハーデンベルギア"と呼ばれる紫色の花に水やりをしている。


「あの子が噂の看板娘じゃね?」

「おぉすげぇ! 話には聞いていたけど、あんなにも美少女なのかよ!」

「俺、ちょっと花屋に寄っていこうかな」

(……平和すぎる)


 孤児院を最後に、この三年間で食屍鬼と吸血鬼を一度も見かけたことがない。あまりにも平和すぎる日常。厄介なことに花屋の店主が、私を看板娘として仕立て上げる始末だ。


「あのぉー!」

「何だ?」


 花屋の前を通る者たちから視線を集める日常の中で、声を掛けてきたのは冴えない顔の男。珍しい紳士服に、寝癖の付いた黒髪。私はその男に視線を向ける。


「聞きたいことがあるんすけど……」

「聞きたいこと?」

「その、"日本"って分かります?」


 私は男の言葉の意味をしばらく考えると納得した素振りを見せた。


「あぁ」

「ほ、本当ですか?!」

「この花が"二本"欲しいということだろう」

「いやそっちの"二本"じゃねぇーー!!」

 

 男はその場で派手にずっこける素振りを見せ、私にその冴えない顔を改めて向ける。 


「"日本"っていう国の名前ですって! 聞いたことないんですか!?」

「ニホン……? どのような国だ?」

「ほらあれですって! 年号が変わったりとか、色んな国からアニメや漫画の文化が凄いと言われたりとか……!」

「年号、アニメ、マンガ……」


 必死になってよく分からない言語を説明する男に私は目を細めた。頭を打ったのか、それとも頭のおかしいフリをしているのか。この男はどうも怪しい。 


「国旗は赤い日の丸で、見た目は梅干しの乗った白飯みたいなやつ!」

「そうか」

「あーもぉー! その顔、絶対通じてねぇなおい!?」


 目の前で頭を抱える男。私は関わるべきではないと判断し、この男を無視して花への水やりを再開したが、


「やっぱりこれって……"異世界転生"しちまったってことかよ!」

「……何だと?」


 異世界転生という言葉を聞き、私はすぐに手を止めた。この世界で転生という言葉を知るのは転生者本人のみだ。


「今、"転生"と言ったのか?」

「えっ? あ、あぁ、異世界転生って言ったけど……」

「お前は"転生者"か?」

「た、多分だけど……」


 私は動揺している男に詰め寄り、紳士服のような衣服を掴んだ。ようやく遭遇することが出来た転生者。この機を逃すわけにはいかない。


「そこで待っていろ」

「分かったけど……。きゅ、急に何だよ?」

「話を聞かせてもらう」


 花屋の店主に取って付けたような事情を説明すると、働いた時間分の銀貨を数枚貰ってから男の元まで戻る。 


「行くぞ」

「行くぞって、どこに?」

「私の部屋だ」   

「へ、部屋!? 女の子の部屋に今から!?」


 この男は「これが異世界転生なのか」と訳の分からないことをぼやいていた。私は奇妙に思いながらも、シーラの家へと歩き始める。


「お前の名は?」

「えっと、俺の名前は"霧雨キリサメ海斗カイト"だ」

「……キリサメ・カイト? 何だその妙な名は?」

「妙じゃねぇよ! 名前を付けてくれた親に失礼だろ!?」


 聞き慣れない言葉に、変わった名前。幾度も転生をしてきた私すら、この男の言葉や名前に関する知識がない。


(この男は、一体何者なんだ?) 


 私は不信感を抱きつつもこの男をシーラの家まで連れていくことにした。

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