0:Orphanage ─孤児院─

0:0 "――――"

 暗闇に包まれた無音の世界。

 彼女は生まれたままの姿でそこに倒れていた。年齢は十代後半。容姿端麗という言葉が相応しい身体つきと顔つきだ。


 ――ここはどこだ?


 うつ伏せのまま、彼女は静かに目を覚ます。手先の感覚を確かめながらも、ゆっくりと顔を動かして辺りを見渡した。


 ――何もない。


 彼女は立ち上がる前に自分の姿も確認したが、衣服を纏わぬ自らの姿を恥じることはない。羞恥心が失われているのだろうか。


 ――立たないと。


 彼女は使命感に駆られた様子で、何とかその場に立ち上がった。一瞬だけふらついたせいで、彼女のやや控えめな胸が少しだけ揺れる。


 ――私は何だ?


 彼女は無意識に状況整理をしようとするが、何も思い出せない。数秒前の記憶はおろか、自身の名前すらも。


「よくぞここまで辿り着いた。選ばれし人間よ」


 立ち呆けている彼女の傍へ、黒色のコートを羽織った男がどこからともなく歩み寄る。その右手には、持ち手が銀で加工された黒色の杖を握っていた。


 ――選ばれし、人間。


 彼女は朦朧とする意識の中で、目の前に立っている男の顔を見ようとする。


「少し言い方を変えよう。お前は選ばれし転生者だ」

「……転生者」

「転生先は異世界でも現代でもない。一つの世界に永遠と転生をし続ける転生者だ」


 しかし視界がぼやけてハッキリと視認できない。彼女は直視しようと、何度も瞼の開閉を繰り返す。


「その肉体が"少女"であろうとも少年であろうとも、お前は転生者であり続けた」

「……少女」 

「肉体の半分が人間でなくとも、お前は人間であり続けようとした」

「……半分」


 彼女は小さな声で呟きながら立ち膝をついた。先ほどから押し寄せてくる頭痛が、より一層激しくなっていく。


「お前は前世の記憶を引き継ぐ者――"リンカーネーション"としての役目を果たしたのだよ」

「……リンカーネーション」

「思い出そうと無理をする必要はない。お前の記憶が消えていても、選ばれたことに変わりはないのだ」


 どこかで聞き覚えのある言葉を、彼女は繰り返し呟いていた。何度も呟きながら、どこで聞いたのかを思い出すため、必死に自身の頭を揺さぶる。


「お前は戦い続けた。お前たち人間の敵である食屍鬼グールや……」

食屍鬼グール

「……吸血鬼きゅうけつきとな」

吸血鬼きゅうけつき――」


 男の言葉を耳にした瞬間、脳裏にフラッシュバックする光景。共に押し寄せてくる激しい頭痛。彼女の意識は即座に途絶え、視界は真っ白に染まった。

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