0:1 Hybris ─ヒュブリス─


 前世を覚えている人間がこの世に存在するだろうか。お前の前世は芸術家だ、と言われ信じる人間はいるだろうか。


「ヒュブリスッ、キサマァッ……」

「喚くな」


 答えは否、誰も前世など覚えていない。一巡のみが人生。開幕から終幕まで辿り着けば、再び開幕へと戻される。積み重ねてきた歴史も生き様も、幕を閉じればそこまでだ。


「貴様には人の言葉を喋る権利すらない」


 これが人間の生から死への順路。単純かつお粗末、大変つまらんものだ。しかし私からすれば、人間に欠けてはならぬ尊厳だと考えている。


「……そうか。なら舌は必要ないな」

「ガッ、グガアァアァア……ッ!」


 何故そう考えるのか。私の前に這いつくばる"吸血鬼"がいい例だ。生半可な思考で生に執着し、不老不死の肉体を手に入れ、人間としての尊厳を失った"愚か者"。


「噛みつこうとするな。貴様は犬の末裔まつえいか?」

「ア"ァ"ア"ァ"ァ"ア"……!」


 この愚か者共は己の欲望の為、尊厳ある人間を殺し尽くしてきた。傲慢な態度で、安易な考えで、私たち人間をエサにしようとする。


「ヒュブリズッ、キサマ、だけはッ……!」

「気性の荒い犬だ」


 この男は吸血鬼共の親玉――"公爵デューク"。手下の吸血鬼共に『美しい女性を誘拐』するよう命令し、吸血行為を繰り返していた。気に食わない人間は皆殺し。気分で人の命を弄ぶ独裁者。


「ギザマさえッ、ギザマさえいなければァアァッ……!」

「そうだな。私が存在しなければ、お前はこの時代で女を貪ることができただろう」


 私は床に転がっていた"銀の杭"を手に取り、這いつくばる公爵を見下す。


「だが私はここに"存在"する。この話は終わりだ」

「ウガッ――?!!」

「未来永劫、この世に生まれることなく――」


 人間としての尊厳を失った愚か者へ冷めた眼差しを送り、公爵の心臓へ銀の杭を突き立てる。


「――永久とわに眠れ」

「グギャァ"ア"ァ"ア"ァ"ァ"ーー!?!」

  

 そして銀の杭を押し込むように踏みつけた。公爵デュークはその場で惨めにのたうち回ると、肉体が散り散りの灰となり消えていく。


「つまらん時代だった」


 吸血鬼共は遠い過去の時代から繁殖をし続け、人間たちをエサにしてきた。だから私はこの愚か者たちを殺し続けている。前世のさらに前世の――もっと遠い前世から。


「次の時代は……」


 だから私は、次の時代もこの愚か者たちを殺し続ける。来世のさらに来世の――もっと先の来世まで。


「……"千年後"か」


 前世の記憶を継承し、来世も今の記憶を継承する者たち。転生すればするほど、肉体が強化され、膨大な知識を得られる。


「この時代では大して得られるものもなかったが、次の時代はどうだろうな」


 私たちのような人間は身体のどこかに"ReinCarnationリンカーネーション"と記された紋章が刻まれている。神から与えられた天命は、人道を逸れた者たちへの――吸血鬼共への粛清。

 

「……見ているか愚かな神共。天命を与えられた者の末路を」

 

 私たちは不死のようなものだ。どんなに残酷な死を辿ろうが、何百年後かには前世の記憶を継承したまま赤子として甦る。

 

「この紋章はただの"呪い"に過ぎん」


 だが一度吸血鬼となってしまえば、リンカーネーションとしての証は消え失せてしまう。もう二度と、この世に生まれ変わることができない。


「……気に食わんサインだな」


 人道を外れた吸血鬼を始末した時、亡骸の側に血文字で"ReinCarnation"とサインする掟がある。これは『神の遣いが粛清した』と伝えたるだけの哀れな証拠に過ぎない。


「まぁいい。どうせこの場所も時機に崩壊するだろう」


 私の左脚の太ももにも"ReinCarnation"という証が刻まれている。だが私は神に対しての信仰心は微塵もない。内に秘めるのは不信心ふしんじんのみ。

 

「……次の時代へ転生するか」


 公爵デュークを始末し、役目は終わった。私が長い眠りにつく千年の間は他の転生者たちが、吸血鬼共の相手をになってくれる。


「もう逝っちまうのか"嫌われ者"」

「"自信家"、お前が遅いだけだ。また神に祈りでも捧げていたのか?」

「おいおい、祈りを捧げるべきはてめぇの方だぜ」


 私に声を掛けてきたのは"十戒じっかい"の一人――"Keithキース Plenderプレンダー"。フードを深く被りながら、こちらへ鮮やかな黄色の瞳を僅かに覗かせてくる。


「知らないのか。私がこの世で嫌いなものは上から順に、吸血鬼、神、ピーナッツバターだと」


 "十戒"とは転生者の中でも優秀な十人の人間たち。神から愛された十人の人間、と述べた方が正しいだろうか。


「おぉそうだったか。それならてめぇがあの"ゴミ共"みてぇになったら、ピーナッツバターを塗りたくった杭を突き刺してやるよ」


 この者たちは『転生回数』と『吸血鬼共を粛正した数』は頭一つ抜けている。神から与えられる"加護かご"と呼ばれる力で、常に吸血鬼共を圧倒していた。


「流石だな"自信家"。人間の私にすら勝てないというのに、吸血鬼になった私を殺せる自信があるのか」


 信仰心が無ければ、加護は与えられないうえに扱えない。だからこそ不信心な私は加護とは無縁だが、十戒は加護を持たぬ私よりも格下。何度か手合わせをさせられたが、私からすれば大した実力ではない。


「……"ステラ"の野郎。コイツのどこがいいんだか」

「あの"小娘"に伝えておけ。私が次に転生する時代は五百年後だと」

「嘘つけ。千年後だろ」

「盗み聞きをしていたのか。趣味の悪い男だ」


 私はキースを嘲笑うと自身の心臓に銀の杭を突き刺した。


「ちッ、早く逝っちまいな──"嫌われ者"」  


 自ら命を絶つ際は、肉体が吸血鬼共にならないように杭で心臓を突き刺す必要がある。最初は躊躇ったが、何度も自害する内に慣れてしまった。


「……あぁ聞き忘れていた。お前はこの瓦礫の山へ何をしに来たんだ?」

「後処理だ後処理。"ノア"が『どうせヒュブリスが公爵を始末するだろう』ってな」

「なるほど。お前はただの雑用だったのか」


 そんな私の異名は神への謀反を象徴する"Hybrisヒュブリス"。侮辱しているつもりなのだろうが、気に障ったことは一度もない。何故なら私という存在は、


「私は先の時代に逝く。後の時代はお前たち"十戒"の出番だ」

「うるせぇ。さっさと逝け」

「……来世で会おう」


 吸血鬼共を死滅させる――その為だけに生まれてくるのだから。

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