逃げたのではない、戦略的撤退だ!

「なんで逃げるの圭君~」

 不気味に微笑する薫の右手にはカッターが握られている。

「おい、なに持っている?」

 俺は自然と鴫谷を守るかのように、薫の前で手を広げて言った。

なにって、カッターだよ?」

「そんなことは知ってる!何するつもりだ」

 下手したら俺か鴫谷が切られてしまう、最悪二人とも…。

「何って?ここの花壇のお花の手入れをしようとしたんだよ?」

 そう言って薫は足元の花壇の雑草を抜き、カッターで葉を切り落して花の形を整えだした。

「そっか、薫ちゃん園芸部だもんね」

「え?知っているの?でも、さっき誰って?」

「三井君に隠れていてよく見えなかったんだよ」

 確かに、俺は背が高いとは言えないが、薫はかなり小さく俺の背中にすっぽり収まる。


「話の途中で逃げるのはないよ圭君」

 薫は少し頬を膨らませ腰に手を当て注意してきた。

「ごめん、少し怖くなって」

 バカ正直に話してしまったが地雷踏んでない?

「私怖いー?こんなに可愛いのに」

 可愛いて自分で言っちゃうんだ…。でもよかった地雷ではなかったな。

「まぁ。可愛いな」

 薫は可愛いけど少し怖い。

「わーたーしーは?」

 鴫谷は俺の顔をグイってやり、彼女自身の顔の前まで持ってきて俺に訊いた。

「か、かわいいよ」

 やばい、こんなに可愛い顔に直視されたら、照れてしまう。

「なんで、照れてるの?かわいいー」

 俺を揶揄からかうように鼻を突っついてくる。

「圭君も可愛い?では、ここに居る皆『かわいい』になるね」

 今度こそ分かった、この子はメンヘラではない、馬鹿だ。

「さ、早くお弁当食べよ、お昼休み終わっちゃうよ」

 鴫谷が急かすので、俺は自然と鴫谷の隣に座り弁当を食べ始めた。

「私も座る」

 薫は俺の隣に座り肩にもたれ掛かってきた。すげぇいい匂いする。


「すぴぃ、ふすー」

 俺の肩に寄り掛かったまま、薫は眠ってしまった。

「寝ている…」

 ほっぺをつねってみても起きない。

「鴫谷さん、どうする?」

「三井君が負ぶって運ぼう!」

 鴫谷の発言に俺は戸惑った。貧弱な俺に出来るのか?

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