無料で田舎物件お譲りします、但し鬼嫁付きで

雪鰻

無料で田舎物件お譲りします、但し鬼嫁付きで

「私の旦那様、お逃げにならないでください!」


 っと叫ばれるも後ろを振り返らず、逃げていた。

 足は裸足、服はパジャマで。


「いや、誰だって逃げるだろおおお」


 だって、彼女の手には包丁が握られ、両手が血まみれだったからだ。


「私の何処がいたらないんですかー!

 女子高生ですよ!

 ぴちぴちですよ!」

「人間ならな!」

「うー、可愛い可愛いって言ってくれたじゃないですか!

 それにもう婚姻届けは受理されてますー!」


 彼女は人間ではないのだろう。

 人間にピョコっとした小さい角なんて生えてないんだから。


「鬼ではダメなんですか!」


 そう彼女は鬼だ。

 ここ大江山に伝わる鬼だ。


「僕を食べようとしてるだけだろー!」

「たべませーん! 

 私が食べられるんですー!」


 嘘だ、見てしまった。

 彼女が何かを掻っ捌いて血まみれになったさまを。

 昨日、会った際には見えなかった角もあった。

 次は僕の番だ。

 そりゃ、逃げる。


 事の起こりは一日前に戻る。


「ふぅ……」


 思えば遠くまで来たものだ。

 京都駅から山陰本線、そこから福知山で乗り換え、北近畿丹後鉄道で数駅。

 ようやくついた駅は大江高校前駅。

 そう、大江山の鬼で有名な京都の奥地だ。


「田舎だなぁ……」


 駅の周りは山! 田んぼ! 田舎である!

 こういった場所を求めてきたので、満足感が出てくる。

 プログラマーの仕事をしており、今のご時世ネットさえあれば何処でも働ける。

 長い間付き合っていた彼女にも振られ、都会から離れたいとも考えていた。

 そんなある時、田舎暮らし、つまりスローライフをネットで探していると一軒の物件情報を見つけた。

 印刷した物件の紙を観る。


『物件タダで譲ります、嫁付き』


 との見出し。

 多分、『嫁』という文字は何かの誤植だろう。

 とはいえ、ネットもあり、設備もそれなりの古民家。

 何故か惹かれるモノがあった。

 それに田舎とはいえ、それがタダでならと、実物も観ずに応募して今に至る。


「さて行きますか」


 タクシー乗り場が無かったので徒歩だ。

 田舎特有の大きな車通り。

 夏もさしかかったゴールデンウィーク。

 日差しは十分に暑い。


「あってるよな」


 携帯の示す方向は有っている。

 待ち合わせは皇大神社の外宮前とのことだ。

 とはいえ、不安になる。


「こんにちは! 少しいいかい?」

「?」


 っと、僕を自転車で追い越そうとした制服の少女に声を掛け、方向を確かめることにする。

 振り向いた彼女の第一印象は明るい美少女だった。

 黒い髪の毛を短いポニーテールにし、元気さが醸し出されている。

 スカートからはみ出る膝から下は白い。

 化粧も薄い感じで自然体の美しさというモノを感じる。


「どうしましたかー?」


 ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべ、戻ってきてくれる。

 犬っぽい感じだ。

 正直、あ、可愛いと思い、少し見つめてしまった。

 都会なら無視か、通報されていたかもしれない。

 さておき、


「元伊勢の下宮に行きたいんだけど、道はこっちであってますか?」

「はい! あってますよ!」


 ハキハキとした受け答え、第一印象通り元気いっぱいだ。


「そしたら、案内しますよ!

 私も丁度、そこに行かなきゃならないので!」


 っと、自転車を降りて僕の隣を歩いてくれる。


「ありがとう。

 君みたいな可愛い美少女となら短い道中とはいえ楽しくなりそうだ」

「あ、あ、あ、りがとうございます!

 お兄さんこそ、かっこいいですよ!」


 彼女は大きな金色のまなこをパチクリさせたと思ったら、下を向いてモジモジし始める。

 こういう子が居るのならここの田舎暮らしは楽しいモノになりそうだと、予感させてくれる。


「でも、私、結婚するんですよね。

 今日」

「それは残念」


 本当に残念だ。

 擦れていない美少女は都会では絶滅している。

 少なくとも自分の周りではそうだった。


「結婚相手がお兄さんみたいな人だったらいいのに!」

「……お見合いか何かかな?」

「はい!

 今日、顔を合わせてそのまま結婚する予定です。

 もう少しお兄さんと早く会いたかったですよ」


 恋愛婚至上になったのは近世だ。

 昔は結婚が先で、その中で夫婦になっていったそうだ。

 自分もお見合いをすべきかもしれない。

 いい歳だ。

 道中、雑談をしたが、ますます彼女は魅力的だと気付くことになり、旦那になる男性に嫉妬を抱いてしまった。


「つきましたよ!」

「ありがとう」


 そこは余り人のいない長い階段があった。

 上を見上げれば確かに木目のままの鳥居がある。


「寂しいところだね」

「三重の伊勢神宮の下宮の元々はここにもあったんですけどね。

 点々とした一つで、今では寂しい感じです」


 その前は駐車場になっているが、人は居ない。

 携帯で時間を観る。

 時間通りだ。

 しかし、迎えは居ない。


「あれ、時間間違えちゃったかな?

 私、人を下校途中で迎えに来たんですよー」


 っと、彼女も携帯を観て、声をあげている。


「「――?」」


 思い当たることは一緒だったのだろう、顔を見合わせる。


「もしかして、君が案内人の『魅月さん』?」

「はい、私が江村えむら魅月みつきですが……

 もしかして、貴方が私の旦那様?」

「へ?」


 思い当たることは違っていた。


 そこからは魅月ちゃんは一言も話してくれなくなった。

 先導する魅月ちゃんの後ろで山道をしばらいき、橋を渡る。

 橋は車が通れるぐらいに十分な幅があったが両サイドに手すりが無く、少しスリルがあった。

 そこからしばらくして三十軒ぐらいの小さな村が現れた。

 長閑な農村風景で自分が将に求めていた、風景だ。

 村の入口で僕の名前が書かれた旗付きで歓迎され、そのまま僕の家となる場所で手続きを行った。

 どうやら限界集落に近いとのことで、家を無償提供して人を増やそうとしているとのことだ。


「存外、良い物件で助かる。

 ネットも回線早いし……」


 風呂に浸かりながら思うのは魅月ちゃんのことだ。


「私の旦那様ってどういうことだ?

 町長に聞こうとしたけど、お酒飲まされてはぐらかされたわけで……」


 手続きの後、歓迎会とのことで持ち寄った御馳走がふるまわれた。

 皆、家の中でハチマキや帽子を外さないことを不思議に思ったが、楽しかったのは確かだ。

 隣に座った魅月ちゃんは一言も喋ってくれなくて悲しかった。

 さておき、


「頭洗うか……」


 っと、タイルで出来た少し古い湯船からあがり、持ってきたシャンプーを泡立てる。

 そして目をつむって洗った後に迂闊なことに気づく。


「シャワーヘッド無いんだった。

 水桶、どこだ」

「ここにはないですよー。

 ちょっと待ってくださいね」


 ザバーっとお湯を掛けられる。


「ありがとう」

「どういたしましてー、旦那様」


 ちょっとまてと振り返る。

 そこには白い裸体を晒した少女が居た。

 その膨らみは豊満で凶器だ。

 腰筋もスラリとしており、とても魅力的だ。

 それを無防備にさらしていた。


「……⁈

 なんで、君が裸でここにいるんだい、魅月ちゃん!

 嫁入り前のお嬢さんが、そんな裸を晒すなんて!」

「?

 嫁入りはさっき、町長と書類を書いているときに婚姻届けが入ってたじゃないですか?」


 ちょっと待て。

 

「だから家に帰ったら――家はここですね?

 お父さんお母さんのお家に一旦、行ったらですね、

 帰ってくるなって叩き出されまして」

「君の気持ちを無視する行いじゃないか、それでいいのかい!」

「見合いなんて普通じゃないですか?」

 

 彼女はニコニコと笑顔を向けてくれる。

 見合いでも何でもなかった気がするが。


「?」


 初めて会った時に見つめてしまった笑顔がすぐそこにあった。

 凄く魅力的だ。

 しかし、理性がまだ勝っている。


「さっき、無視して先に行っちゃったのはイヤだったからだろ?」

「違います! 違います!」


 頭をブンブン振って、否定してくる。

 お風呂の中でも後ろをポニーテール状に縛っており、髪の毛が横へ横へ揺れる。


「えっとですね、可愛いと言ってくれてですね、お兄さんかっこいいじゃないですか?

 旦那様がこんな人だったらいいなーっと思ったら、旦那様で心の整理がつかなかったです!

 恥ずかしくなったんです!

 だから、ちゃんとしなくちゃと、お背中を流そうかとおもったんです!」


 と、こちらへじりじりと詰め寄ってくる。

 裸で。

 ピタリとふくよかな膨らみが胸元にあてられる。


「不束な嫁ですが、よろしくお願いいたします!」

「よし、先ずは状況を整理するから、落ち着いて回れ右だ!」


 僕は最後に残った理性を振り絞り、叫んでいた。


 っと、二人で畳の居間へと着物を着て移動する。

 問題は隣の寝室。

 すでに布団が敷かれている。

 一式だけだが。


「初めては痛いらしいですから、優しくしてください!」

「マテ!

 そこからじゃない!」


 突っ込み疲れてきた。


 結論から言えば、『嫁』付きというのは誤植でも何でもなかった。

 つまり、魅月ちゃんと結婚するのも条件に入っていたらしい。

 確かに彼女は美少女で、人懐っこい笑みは印象的で可愛いと思った。

 村社会というのはたまに日本国憲法や法律が通じない圧力が存在するのを実感している気がする。

 どうしたものかと。

 彼女の意思はどうなんだろうか。

 自分は現代社会人である。

 お互いの意思を無視するような人間ではないのだ。


「魅月ちゃんはこんなおじさんと結婚するのはイヤじゃないのかね?」

「お兄さん、若いじゃないですかー」

「干支を絶対一周してるんだが……」

「それにさっき言った通り、私はお兄さんとなら結婚してもいいなーって思ったんです!

 それこそ会う前は知らない人と結婚なんてと思ってましたけど、

 出会って、話して、可愛いって言ってくれて、あぁ、この人ならと思ったら結婚相手で!

 嬉しいです!」


 あらやだ、この子、チョロすぎて可愛い。

 心が折れそうになる。


「可愛いのは確かだ。

 君みたいな子がいたらなーっと思ったさ!」

「ほめられると、その、は、恥ずかしくなります……」


 と、テレテレと両手を頬に充ててうつむいてくる。

 凄く可愛くて、こんな子が自分の嫁だという。

 合法なのだ。


「とはいえ、会ったばかりだ。

 僕も驚いているし、長旅で疲れている!

 だから、寝かせてくれ!」

「あ、その前に説明が……ってもういびきを……」


 とりあえず、理性を振り絞り、先送りにした。

 寝れば、夢は覚める。

 疲れているのも本当だ、酒も入っている。


「知らない天井だ……」


 意識が覚醒するとそう意識せず、台詞が漏れた。

 とりあえず、夢ではなかったことが確認できる。


「嫁付きか……」


 考えて観れば悪くない話である。

 彼女自身も前向きだし、なにより可愛い。

 ちょっと寝ぼけている頭は理性が働かず、欲望に傾いているようだ。

 いかんいかん。


 大きな音が外から響いた。

 まるでそれは甲高い悲鳴だった。


 何事かと庭を観ると、彼女が血まみれになっていた。

 その手元には、包丁。

 ポニーテールはほどいて、そこには角が生えていた。


「鬼……!」


 寝ぼけた意識が一気に覚醒した。

 あんなに可愛い女の子が自分の嫁になる訳が無いのだ。

 恐らく、あのチラシは人間を食べる為の罠だ。

 撒き餌だ。

 そして誘い込まれた僕のようなアホを食べる為の罠だ!

 っと、推理がついた瞬間、僕は逃げ出していた。


 そして、物語の初めに戻る。

 村を走ると、朝早い人を見かける。

 観れば、昨日、挨拶してくれた人にも角が生えている。


「食われてたまるかあああ!」


 っと、昨日、来た村の入口に走りこむ。

 が、慣れない道と昨日の疲れが抜けきれなかったのであろう。


「あ」


 橋に差し掛かった時、足を取られた。

 そしてそのまま橋の下の川に転落した。

 息が苦しくなる中、最後に見たのは、彼女も飛び込む姿だった。


「ぷはっ!」


 死んだはずの爺さんが川の向こうで呼んでいた気がする。

 三途の川という奴だったのかもしれない。


「ひぃ、鬼!」


 目の前には地獄の鬼がいた。


「そこまで驚かなくていいじゃないですかー!」

「やっぱり、ここは地獄か」

「まだ生きてますよ、旦那様!」


 だが、その鬼はプンプンと頬を膨らませる様は凄く可愛かった。

 濡れているのか豊満な胸元が透けて見えてエロ可愛い。

 

「……あれ、生きてる?」

「はい、魅月の初めてはもうちょっと違うところが良かったんですが……

 呼吸が止まっていたので……」


 と、唇を人差し指でなぞる彼女。

 つまり、人工呼吸をしてくれたようだ。


「うう、乙女としては複雑です」

「ごめんな、僕なんかの為に」

「?

 旦那様とキスするのは魅月は別段よかったんですよ?

 それで助けられたんですから。

 ムードとか、気にしただけです、乙女ですから」


 と、えへへーっと抱き着いてくる。


「それで僕はいつ処刑されるのかい?

 君に助けられた命だから、いつでも食べてくれ」

「さっきから何を言ってるんですか、旦那様?」


 吸い込まれそうな金色の目で、本当に不思議だと言いたげに僕の事を見つめてくる。


「だって血まみれで、心臓か何かをつかんでいただろう?」

「あー、あれは朝御飯用の鳥をさばいていたんです。

 旦那様に精を付けてもらえと良い鳥をお父さんから分けてもらえましたので」

「頭の角は?」

「私たち、鬼ですからそりゃついてますよー?

 いつもはポニーテールで隠してますけど」

「鬼って人喰うよね?

 そう伝承にあるぞ!」

「私たちは人喰い鬼じゃないです!

 ただ角がついていて、力がちょっと強いだけで人間と一緒です!」


 と、目元に雫が浮かぶ。


「それに食べるなら、書類とか云々とかしないですよ!

 来た時点で食べればいいじゃないですかー!

 晩御飯で歓待するとかしないですよね、それなら!

 それに川に飛び込みません!」

「一利ある。

 では、ホントに食べない?」

「食べません。

 食べないどころか、子供を孕ませてもらわないと集落が滅亡するんですよ!」

「なるほど、僕は種馬な訳だ」

「どうして、私の旦那様はそんなに悲観的なんですかー!

 カッコいいし、自信持ってください!

 ……もしかして、私に魅力が無いから逃げたいんですか?」

「それはない、君は魅力的だ。

 可愛い。めっちゃ可愛い。

 特に笑顔が可愛い」


 彼女の顔が陰ったのを見て、心で叫んでいた。

 

「そ、そ、そんなに可愛い可愛い、言われたら照れてしまいますよ」

「そんな照れている君も可愛い」

「だったら、私との結婚生活して下さい」


 彼女が僕に抱き着いてきて、そして上目遣いでお願いしてくる。

 とても凶悪だ。


「君の気持ちは……」

「私は旦那様に一目惚れしました」


 俯き続ける。


「……もし、旦那様と離婚したら同じように募集を「僕が貰う」」


 悲しげな表情を止めたかったのかもしれない。

 他の人にこんなにも純粋で可愛い少女を盗られるのが悔しかったのもかもしれない。

 そう話を差し込んでいた。


「後悔してもしらないぞ?

 あんなことやこんなことをしてしまうかもしれないぞ?

 よく考えてみたら人外っことか、萌えじゃないか、いいじゃないか。

 しかもこんなに可愛い女子高生だ」


 僕は気持ちのまま、抑えず、彼女に縋りつかれたまま、喋り続けた。

 最初は眼を見開いていた彼女だが、途中で嬉しそうに、うんうんと頷いてくれた。


「ともあれ、魅月、今日からよろしく頼む」


 そして彼女を強く抱きしめた。

 他の人には取られないようにと固辞するように。


「ふふふ、私の旦那様、よろしくおねがいします!」


 その笑みはやはり可愛かった。

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