第7話
緊急参集チームと言っても、平時はそれぞれの職務があるため、全員が揃うにはそれなりに時間がかかる。佐伯が到着した時点で、そこにいたのは内閣の危機管理部門トップである内閣危機管理監、国土交通省水管理・国土保全局長、気象庁の地震火山監視課担当の次長、防衛省統合幕僚監部総括官だけだった。
「まだ全員が揃っている状況ではありませんが、一刻を争う事態です。会議を始めます」
木村内閣危機管理監は、そうして議場を見回した。会議室の中央に置かれた机に着く緊急参集チームの面々は、それぞれ後ろに控える部下からひっきりなしにメモ書きを渡されている。佐伯も、危機管理センターで事務官らから受け取った情報を書き出し、木村に渡した。
「まずは気象庁から、震源の現在位置等説明をお願いします」
「震源と思われる異常物体が活動を再開したのは、本日九時半過ぎのことです。最新の報告によりますと、午前十一時現在、異常物体は箱根山付近の地下三十メートル付近にあり、更に南下を続けています。移動速度は時速約五キロ、あと二時間ほどで芦ノ湖へ達する見込みです」
会議室の奥には百インチを超えるモニターが設置され、今は丹沢湖周辺の地図が映し出されている。
「住民の避難に関してはいかがですか」
「箱根山から大涌谷では火山活動の活発化により入山規制が行われておりますが、芦ノ湖周辺の住民に対する避難発令等は、関係自治体と協議中です。また、その先、芦ノ湖から小田原にかけての神奈川県西部への対応を早急に判断する必要があります」
「この異常物体が先般の奥多摩地震の震源である場合、人口密集地への移動は防がなければいけません。そのあたり、防衛省としてはどのようにお考えですか」
「現時点において、異常物体の目的は不明です。今は南を向いていますが、硬い岩盤に行く手を遮られれば、いつ進路を変えるかわかりません。
奥多摩湖に出現した時は、町が丸ごと消滅するほどの被害でしたが、丹沢湖では小規模の地震が観測されたくらいで沈黙をしていました。芦ノ湖に到達した場合にどちらになるのか、まったく予想ができません」
やりとりの合間を縫い、亀岡警察庁警備局長が入ってくる。「神奈川県警の動向はいかがですか?」腰を下ろした途端に発言を求められた亀岡は、後方に控える担当者からの耳打ちに数度うなずいた後、おもむろに口を開いた。
「現状、神奈川県警との情報共有に努めております。事態急変の折には各署において交通規制等対処することとなります」
佐伯は議論の行く末を見ながら、ひとつのメモを木村に渡した。木村はそのメモにちらりと目を通したが、すぐに小さく首を振った。
「最悪の事態を想定するべきでしょうが、住民への説明や観光客の避難誘導は難しいという印象ですが、いかがでしょう」
木村の発言に、佐伯は耳を疑った。西明野町の災害を繰り返す、ということを言っているのがわからないのか。佐伯は急いでメモをしたためようとするが、すぐに防衛省の葛木統括官が木村に追随した。
「今からの避難情報発令となれば、かえって混乱すると考えます。まずは観測を続けることが第一でしょう。不測の事態に備え、地元の警察や自衛隊の部隊は警戒レベルを引き上げて待機をするよう通達するのが妥当と思われます」
「気象庁としても、監視は継続します。災害が起こる前の警戒情報等の発令は慎重になるべきです」
誰も狼少年にはなりたくない。とはいえ、それが危機管理だとしたら、まさに事後対処しかできないただの掃除屋だ。そうしたくないと足掻いているのは自分だけなのか、そう思うと、佐伯は掌をきつく握り締めた。
「周辺自治体へは、事態を静観するよう総務省を通じて通達を出すという線でよろしいかと」
亀岡警備局長がそれまでの会話をまとめる。静観という言葉に拳から血の気が引いていく。
「わかりました。それでは、引き続き、危機管理センターにて事態の推移を見極めることとします」
木村内閣危機管理監は、そう言って会議を締めた。会議室のドアが開き、幹部がその場を後にする。佐伯はゆるゆると立ち上がった。木村と目が合う。「事態を見誤らないように」と言った溝口の言葉が蘇る。
「佐伯くん。老婆心は結構だが、ことは単純ではない。くれぐれも、先走ることのないように」
「わかりました」
木村が部屋を出ていく。閑散とした会議室の中で、等高線の引かれた地図だけが鈍い光を放っていた。
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