第60話 3回目のキス
あの後、人が集まり出したので────場所を移動した。
「いったいどういう事なんですかね?」
「……実は──連れ去られる時に────」
カミラさんが言うに────
シスイに小声で大将に頼まれて絡んでいると言われ、他に俺の格好良い姿が見れると言われ心良く引き受けたそうだ。
大将……何故邪魔をする……。
しかし──これだけは言っておかないと。
「本当に拐われたりしたらどうするつもりだったんですか!」
「ごっ、ごめんなさい……」
カミラさんは自分の行いが、どれだけ心配させる行為だったのか認識したのだろう。
シュンとなり、俯いてしまう。
俺は勢いで怒鳴りつけてしまった事に罪悪感を覚える。
「ごめん……」
「……いいの……私も軽はずみな行動だったわ……」
俺達の周りを静寂が支配する。
これ以上はデートは無理か……。
「今日はありがとうございました……楽しかったです……」
俺は精一杯の笑顔を作り────デートを切り上げる事にした。
大将は臨機応変と言うが俺にはハードルが高すぎるようだ。
感情のコントロールが出来ない俺は半人前なんだろうな……。
俺はカミラさんを背に歩き出す────
「ごめん……なさい……ごめんなさい……」
背後から泣きながら謝り続けるカミラさんに胸を痛める……。
「なんだなんだ、別れ話か?」
「女の子が泣いてるぞ、可哀想に……」
俺達の様子を遠目で伺っている人達が言っている。俺に避難集中だ。
あーもうっ! 外野五月蠅いっ!
俺もどうしたらいいかわかんねーよっ!
────連れ去らんかっ!
確かに俺の耳にそう聞こえて来た……。
この声は──大将か!?
まさか──監視されてるのか!?
しかし、この状況を作ったのは大将だ────
──だが、このままではダメなのもわかっている。
────仕方ない……連れ去ろう……。
俺は闘気を纏いカミラさんをお姫様抱っこし──そのまま走り去る。
「コウ……キ……君?」
「もう泣かないで下さい……」
「だって……」
「────カミラさんは笑顔が1番ですよ?」
「────コウキ君……好き……」
走り抜ける中────カミラさんは油断した俺を抱きしめてキスをする。
3回目のキスか……。
好意を向けられるのはとても嬉しい。
キスのせいか……カミラさんの想いが──いや、記憶が深く──俺に伝わってくる。
おそらく、失ったであろう俺の知らない記憶が流れ込んでくる。
3回目のキスはお互いに記憶を失わないようだ……。
記憶を読み取るに、俺が彼女に惹かれていたのは間違いないだろう……だけど──カミラさんの相手は俺じゃなくてもいいのかもしれない。
きっと────俺の記憶のせいで彼女は勘違いをしている。
唐突にそれを理解してしまった。
記憶による感情の操作……そんな風に感じてしまった。
きっと、彼女に俺の記憶がなければ────こんな感情を抱かなかったと思う。
だって……1回目のキス以前の記憶は──弟のように思っていたんだ────2回目のキスで俺の記憶でそれを忘れてしまっている。今の好きという感情も本物かわからない。
記憶の操作────こんなのは恋とか愛とかじゃない……。
────消してしまおう……俺の記憶を……それが────きっと正しい。
それが3回目のキスの力────再度、お互いか──どちらかの記憶を消す事が出来る
────先程、キスをした時──唐突に理解した。
「カミラさんの彼氏に1日だけでもなれて楽しかったし、嬉しかったです…………さよなら…………もし────次に本当に好きになってくれたら……いや、好きにさせる事が出来たら────その時は……」
「えっ?! ……んん……」
カミラの中にある俺に関する記憶を消す為に再度口付けをする。
カミラは目を見開き──驚いた顔をしていたが、次第に目が虚になっていく。
その頃には丁度、宿屋に着いたのでお姫様抱っこから下ろす。
「カミラさん大丈夫ですか? 急に倒れそうになったみたいだったので運びましたが……」
俺は何事もなかったように声をかける。
「んん──そうなんですね……ご迷惑をおかけしました」
「きっと疲れてるんですよ。毎日仕事頑張ってますもんね。ゆっくり休んで下さい……」
「……ありがとうございます。そうしますね……貴方のお名前は?」
「────コウキです。宿に泊まっているのでまた会う事もあるかもしれませんね」
俺は精一杯の笑顔で応える。
「コウキさんですか…………」
コウキさんか……ちゃんと記憶はなくなっているな……。
「えぇ、そうです。さぁ戻って横になった方がいいですよ?」
俺は宿の中に入るように促し────その場を離れようとする。
「何で涙が止まらないんだろう?」
そんな声が聞こえて来たが、俺は振り返らずに足を動かす。
これで良い……次に好きになってくれたなら────それは間違いなく、俺自身を好きになってくれたという事だろう。
こんな力────ロストメモリーに頼らずに。
こんな記憶の上書きのようなやり方はフェアじゃない。無闇矢鱈に記憶を消すのは良くないと思う……俺も経験して不安だった。
でも、それ以上に騙しているような罪悪感が俺を襲って来た。
俺の記憶は消さない────いつかカミラさんが誰かと付き合ったり、結婚したりして、幸せが訪れる所を見てみたい──
そして、いつも素敵な笑顔を見せてくれた彼女の事を俺は────もう忘れないようにしたい。
──俺が好意を持った人には前を向いて歩いて行ってほしい。
その言葉をふと思い浮かんだ。
それと同時にデジャブを感じた────以前も、もしかしたら似たような事を思ったのかもしれない。
俺は自然とゴメスさんの店に足を進める。
扉を開けると大将がいた。
「来たか……まぁ、座れ」
「はい……」
「辛気臭い顔するでない……」
「途中の手助けありがとうございます……」
「あのままでは不味かったからのぅ……丁度、弟子おったし向かわせたが────あの後何があった?」
大将はおそらく、不甲斐ない俺に見せ場を作ってくれただけ。ずっと見守ってくれていたんだろう。
「3度目のキスは────俺が任意でお互いの記憶を消す事が可能です……カミラさんの俺に関する記憶を消しました」
「そうか……何でじゃ?」
「それは──」
俺がカミラさんに触れた時の事を話す。記憶の上書き、感情の勘違いなどの説明をする。
「…………別にそのままでもかまわんかったのでは? 付き合ってからでも遅くあるまい?」
「────フェアじゃありません。俺はこの記憶の力に頼らず彼女が作りたいです」
「…………そうか……お前が決めた事じゃ……もう何も言うまい……」
「……はい……そういえば、シスイという方は弟子なんですか?」
「そうじゃ。それより────明日はエリーじゃったな……どうするんじゃ?」
シスイって人の事は軽くスルーされたな……ん? 明日はエリーさんなのか? 何で大将が知ってる??
「そうなんですか? そもそも何で知ってるんですかね?」
「わしのとこへ相談に来たからじゃな。よって────明日の予定は把握しとるわい」
「大将っ! 貴方は最高だっ!」
心強いっ!
こうやって俺が落ち込んでいるのを察して気分を変えてくれる大将の優しさが嬉しい。
「エリーは女の子らしい事になれておらん。なんせ戦闘狂のダリルと爆裂テレサの娘じゃ。故に────普通のデートが良いじゃろう……」
「なっ、なるほど!」
「今日みたいな店のチョイスをせんように────食事をする場所はわしがこれに書いておる。他にもお勧めの服屋、アクセサリー屋、武器防具屋……他にもわしなら行くであろう場所を明記しておる。これを寝る前に叩き込め。良いか? あくまで予定の選択肢じゃぞ?」
メモを俺に差し出してくる。
「大将……」
貴方が神か!?
俺はその紙を受け取ろうと手を伸ばすが──
ひょいっと紙を掴ませないように俺の手を躱す。
「コウキ、シスイの報告によると──魔技【雷】は既にエリーと同じレベルじゃろう。わしが教える手間が省けた。これは追加報酬みたいなもんじゃ」
なら何で直ぐにそのメモを渡さないっ!?
「──そこでじゃ、コウキに問う。今後──わしと共に来て修行を受ける気はあるか?」
その目は真剣だった。
「────大将には借金もあるので付いて行きます。修行に関しては覚悟が今の所はありません。けど──今回の氾濫みたいな事があった時に跳ね除ける力はほしいです」
「今はそれで十分じゃ……ほれっ、受け取れ────」
「痛っ!? 大将、その紙闘気纏ってますよ!? 殺す気ですか!?」
投げられたメモは手裏剣のように回転しながら凄まじい速度で俺に向かい────至近距離で避ける事が出来なかった俺の体に突き刺さる。
「闘気は更に熟練度を上げればそういう事も可能じゃ。励め────」
大将は去っていく。
確かに凄いんだけど────教え方をもう少し考えてほしい。
俺は体に刺さったメモを抜き取り、回復魔法をかける。
「メモ……ありがとうございます」
俺は去ったであろう大将に向けて呟く。
「ああぁぁぁぁぁっ!?」
手元のメモに視線を移すと────血塗れで何が書かれていたのかわからなくなっていた。
明日どうしよ?
俺は先程と違う意味で落ち込んだ状態で会計を済ます為にゴメスさんの元へ行く。
「金貨2枚だ」
「はぁぁぁぁっ!? 大将一杯しか飲んでませんよね?」
叫び声が店を児玉する。
ここはボッタクリバーか何かなのか?!
「俺特製のブレンドだからな」
威圧感が半端なかった。
俺は渋々金貨を払い店を後にした。
そういえば────エリーさんのデートプラン聞いてねぇよっ!
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