第50話 記憶を対価に──

 傷口が痛い……。


「コウキッ! 死んだら嫌っ! 死んだら許さないからねっ!」


 エリーさんの声が聞こえる。近くには何故かカミラさんもいた。医務室みたいな場所に運ばれる時に見られたからだろうか?



 あぁ、情けない……。


 なんて情けないんだ……。


 俺ってこんなに弱いのか……。


 誰も守れない……。


 クレアさんとリリーさんは無事だろうか?


 俺は油断してなくてあれだったんだ。2人が速度特化であったとしても────かなり厳しいはず。


 大将に任せたい所だが、今の状況を知らない上に────間に合うかもわからない。


 こんな所で2人を死なせるわけにはいかない────力が欲しい────


 2人を助けれるぐらいの力が────



 ────これはっ!?



 エリーさんから回復魔法をかける為に触れている場所から記憶が伝わってくる。


 カミラさんの時は何もなかった気がするが────今なら────きっと……



「エリー……血が出てるよ……」


 無意識に名前を久しぶりに呼び捨てにすると──エリーは少し驚いた顔を見せる。


 おそらく、エリーの傷は俺を抱えて走っている時に魔物から攻撃を受けたのだろう……今も腕から血が滴っている。


「そんなのいいのっ! 今は自分の事を考えなさいっ!」


「……優しいね……」


「こんな時にふざけないっ!」


「ふざけてないよ……エリー……君が俺に好意を抱いてくれているのはなんとなくわかっている……だけど、それを承知で頼みたい。キスしてくれないか?」


 エリーが俺を好きなのはなんとなくわかっている。だが────2人を助けるには力が必要……。


「────!? 絶対嫌っ!」


「……頼むよ……俺は────2人を助ける力が欲しい……」


「例え──それでもキマイラには勝てないわっ!」


「それでもいい……エリーはいつも俺を陰から支えてくれていた。本当にありがたかった……」


 俺は上体を起こし──両肩を掴み────そう答える。


「何で──今そんな事を?」


 涙を浮かべエリーは俺に問う。


「俺が君の事を忘れてしまったら────伝えられないだろ?」


 エリーの涙が頬を伝う……。


 これから起こる出来事を想像しているのだろう。


 本当に悪いと思う。俺の我儘でそうなってしまうのだから……。


 俺は記憶を無くし──エリーには残る。



「どうしてもなの?」


「どうしてもだ……いくらでも怒られるよ……俺の身勝手なんだから……」


「……わかったわ……でも──コウキが記憶を無くしても────私はずっと好きでいるし、ずっとアプローチするからね?」


 涙を流し続けるエリーは精一杯の笑顔でそう俺に言ってくれる。


 なんて、なんて良い子なんだ……この力さえなければ────恋人同士になれたかもしれない。


「あぁ、構わない……俺がもしエリーに惚れたならその時はよろしくね? ────じゃぁ──またね?」


 俺もハニカムような笑顔を精一杯作り────そう答える。


「えぇ、愛してるわ……」


「ありがとう……こんな俺を好きになってくれて……」


 俺はエリーの肩を引き寄せ────お互いに目を瞑り、口付けをする。


 あぁ……俺は最低な野郎だ……エリーの魔法欲しさにキスをするなんて……しかも悲しみは全て丸投げ……。


 いつか──エリーの事を思い出せる日が来る事を祈る────その時は俺をいくらでもぶん殴っていい。


 俺の頬にも涙が伝う。



 ────選んだ記憶────の使い方が記憶を対価に入って来る。


 そして、エリーの記憶が無くなっていく────


 それと共に────酷い頭痛が起こる。


 やはり──選んだ記憶では俺の体に負担がかかるのか……。


 頭が割れそうだ……でも────これが罰だというなら俺は甘んじて受けよう。


 

 あぁ、忘れたく無い────




 ────俺は目を開ける────



 ────目の前には知らない女の子がいた。


 とっても可愛らしい金髪の女の子だ。


 この体験は2回目だ。


 隣にいるカミラさんと同じように2回目のキスをしたのだろう……。


 涙を流すこの子と、雷魔法を習得している事、酷い頭痛から──


 ──この記憶の為にキスをしたのだろう……。


 何の為に力を手に入れようとしたのか────それはクレアさんとリリーさんを助ける為だ。


 ────早く行かなければ。



「泣かせてしまってすいません──けど、貴女のお陰で俺は戦えます。感謝を……」


「うん……コウキの想い──確かに受け取ったよ? 私────諦めないからね?」


「──?! 貴女の名前は?」


「エリーよ。未来の──コウキのお嫁さんなんだから……」


 涙を流しながら──そう言うエリーは……俺と同じ経験をしているのに──俺とは違い、強く────前向きだった。


「そう……ですか……」


 俺の頬に涙が伝う。


 俺に記憶はないが────体はきっと忘れていないのかもしれない。


 心の代わりに体が泣いてくれている。


「最低な奴ですいません。きっと────俺にとってエリーさんも大事な人だったはずです」


 こんなにも涙を流しながら何度も頷くぐらいなんだ……きっと────そのはずだ。


 俺はエリーさん抱きしめて────回復魔法をかける。


 そのままエリーさんは気を失うように眠る。


「おやすみなさい……。お願いしてもいいですか?」


 眠るエリーさんを近くにいたカミラさんに預ける──



「行くんですね……」


「行きます……」


 カミラさんも────俺にとって大事な人なんだろうか?


「生きて──帰ってきて下さいね?」


「もちろんです。そんな暗い顔しないで下さい。カミラさん……貴女は────笑顔が良く似合うと思いますよ? では──」


 カミラさんは涙を堪えて見送ってくれる。


 出発する寸前に言葉が聞こえて来る。


「コウキ君……君は記憶を無くしても同じ事を思って──言ってくれるんだね……死なないで──」


 そうか──俺は記憶を無くしても変わらないのか。


 ありがとう……大事な事を教えてくれて。



 ──俺は門に向かう。


 これから──向かうは死地。


 ──例え死んでも構わない。


 その覚悟は既に出来ている。


 この街の人達の笑顔を守りたい。


 この世界に来て、俺は初めて他人の為に力を使いたいと思った。

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