第36話 俺の出来る事──

「全員動かないで下さいね? ダリルさんと大将はもしもの時は守って下さい」


 邪魔をされるのだけは避けたい……それに闘気を使い過ぎたのか──もう体が自由に動かない。


「「わかった」」


「コウキ君……」


「ダメっ! コウキばっかりそんな目に合うなんて許さないっ!」


 大将とダリルさんは力強く頷き、テレサさんは俺を心配そうに見る。

 エリーさんは俺がやる事を察して────涙目で止めてくる。



 俺は皆を一瞥し、女性達に向けて歩き出す……。


 怯えられているようで女性達は後退りをする。


「男が近づくなっ! レンジ様っ! 離してくださいっ!」


 ティナが俺に対峙しようとした所を大将が腕を掴み止める。


「黙って見ておれ……そして────目に焼き付けろ」


 ティナは大将が抑えてくれるようだ。


「ダメって言ってるでしょっ! お父さん離してっ!」


 エリーさんはダリルさんが抱きかかえて止められている。


「コウキ君……本当にいいのかしら? きっと────辛い記憶になるはずよ?」


「かまいません……」


「そう……被害に合ってる子は毛布をかけてる子よ……」


 という事は2人か……。


「ありがとうございます。──ティナ……後で好きなだけ殴ってもいいです──。エリーさん、後でいっぱい叱られるよ……」


 俺は2人に声をかけた後に、1番近くにいた震える女性の両肩を掴み────



 ────キスをする。



 ────加害者であるゴブリンの記憶、被害者であるこの子の記憶が混ざる────


 思っていた以上にキツい……。


 この子は冒険者か……ソロで狩りをしている時に襲われたのか……女性の尊厳を奪われ──全てを諦める感情が俺を襲う。


 唇を離すと──


 1人目は気を失う。


 あぁ────辛いし、心も頭も痛い……。


 まだ、もう1人いる────



 そのまま、2人目に向き直り────キスをする。


 ────!?


 2人目の子、彼女の記憶は──家族を殺されて連れて来られたのか……目の前で家族は喰われ──そして慰み者にされる。


 絶望感、虚無感──そんな記憶が入ってくる……。


 俺の心が壊れそうだ……今すぐ叫んで感情を爆発させたい……。


 2人目の唇も離す。


 その子も気を失う。



 やっと────終わった……涙が止まらない。


 俺は涙を拭いて──皆に振り向く。



「────終わりました……」


 そして、選んだ記憶を奪ったせいか────激しい頭痛が走り──前のめりに倒れ込む瞬間──


「……よく頑張ったな……」


 ダリルさんが俺を抱きかかえて、大将が頭を撫でてくれる……。


 また──自然と涙が溢れてくる……。


「ダリルさん、大将──俺……この人達を……救えましたかね?」


「「あぁ」」


 俺はその言葉に救われた気がした。


「……強くなりたいです……」


「あぁ、なれる。お前は人の痛みを知っている────それだけで十分に強くなれる」


「わしが鍛えてやるわい」


「……ダリルさん、大将……」


 見つめる2人に俺は笑みを浮かべ──


「……ありがとうございます…………」


 ────礼を言う。



「ゆっくり休め……お前は自慢の教え子だ……」


 俺は安心感と激痛で──また意識を失った。




 俺は夢を見ている……。


 またゴブリン共の残酷な記憶の夢だ。


 俺の心は壊れているのだろうか?


 これはただの記憶と割り切っているのか?


 それとも──慣れたのか?


 わからない──だけど────


 特に何も感じ無い事が凄く怖い……俺は変わってしまったのだろうか?


 恐怖心が俺を襲う……。



 しばらくすると────被害に合った子達の記憶に移り変わる。


 一通り辛い記憶を見終わり────



((ありがとう))


 最後に記憶を奪った2人の声が聞こえた気がした。


 そういえば、記憶を奪った時に確かにそう言われた気がしたな……頭痛がキツくてわからなかったけど。


 その言葉を聞いた俺の心は温かくなる。


 俺のした事は間違ってない……。


 例え──彼女達の記憶が失われたとしてもだ……。


 自己満足と言われてもいい……辛い記憶なんて無い方がいい。


 俺は記憶を奪う者──


 この力────


 ────【ロストメモリー】を使い──


 ────自分のしたい事をする。


 この先どんな事が待ち受けていたとしても……この力が必要であれば使おう。


 今回で躊躇いはなくなった──


 だって、最後に記憶を奪った女性の笑顔が見れたから……。


 それって最高じゃないかな?


 これから──あの2人に幸せな未来が待ってると……俺は信じる……。


 また、記憶の最後に見せてくれた──あの笑顔を見せてくれるように生きてほしい。



 悪夢はそれ以降見なくなった。






 そして、次に目覚めた時は見慣れた宿屋の天井が目に入り────周りを見渡すと……ティナがいた。



「ティナ……」


 俺はティナの姿を見て名前を呼ぶ……。


「気安く呼ぶな……お前は──あの時……何をした?」


 そうだった……ティナに俺の記憶はない。他人事のように責め立てる態度に胸が締め付けられる。もう呼び捨てでは呼べないな……。


「…………」


「黙るな……レンジ様もダリル様も答えられんの一点張り……説明しろっ!」


 そうか……ダリルさんと大将は約束守ってくれているのか……。

 それだけ他の人に漏らしてはダメな情報なんだな……。


 関係のない人に話す事じゃない……そう、ティナは────もう俺とは何の関係もないんだ……。


「キスしたんですよ……もういいじゃないですか……貴女には関係ない……そう貴女には……」



「……彼女達に捕まる前までの記憶がなくなっていた……記憶を消す力があるのだろう? そして──お前が私とキスをした時──お前は私を知っていた……そして私にはお前の記憶はなかった────つまりそういう事だろう?」


「…………」


 当たってはいる。


 だが──それでも俺は答えない。大将は──「目に焼き付けろ」──そう言った。


 おそらく、大将は俺とダリルさんの会話から事情を察して──あえてティナをあの場に残した……。


 それはおそらく……俺の判断に委ねるためだろう。


 この場にティナだけがいるのが、その証拠だと思う。


「無言は肯定と取る」


「……そう……ですね……。仮にそうだとしてと────貴女には関係ない。俺は貴女を襲った侵入者……それでいいじゃないですか?」


 ──もう、ティナと話すのが苦しい……好きなはずなのに、顔を見ると殴られ、罵られた時の記憶が蘇る。


 ダリルさんにはティナが好きと言ったのに、いざ向かい合うと──傷付きたくないと思ってしまう。


 もう何でもいいから離れたい……。


 どうせ──俺との記憶はないんだ……。


 仮に、俺がロストメモリーの説明をしても……最悪の初対面の印象が残っている──もしかしたら、エリーさんみたいに接してくれるかもしれない。


 けど──ティナとの記憶が残る俺には今はまだ無理だ……。その覚悟がない。


 いつか、いつか必ず──決心がついたら────ティナと会う。


「──もういい……」


 ティナは部屋から出て行く。


「ティナ……俺が──ティナに勝てるぐらい強くなった時、また会いに行く。今度は……記憶がなくなっても惚れ直してもらえるように……だから──今はさようなら……」



 俺は聞こえていないのを承知でティナが出た後にそう呟く。


 過去のティナはもういない……。


 今度は俺自身が振り向いてもらえるような男に成長した時──


 ──ちゃんと、俺から告白しに行く。


 マイナスからのスタートだってわかっている。


 だけど、俺は──諦められない。


 だから──今はさようならだ……俺の初恋の人……。



 視界が涙で霞む。



(待っている)


 ティナの声が聞こえた気がした。


 俺はもう下を向かない────上を向く。


 次々と零れ落ちる涙は決別の涙じゃない。


 これは歓喜の涙。


 俺の未来も──まだ────これからだ。

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