第5話 俺の力──
「……ん……ここは?」
俺は気がつくと────ベットに寝かされていた。
死ななかったのか……。
少しホッとしたが、ティナの顔を思い出し────涙が頬を伝う。
「どう……して? 俺──何も悪い事してないよ……」
ガチャ
扉が開かれる音がする方向から人が入って来た。
「おー坊主起きたかぁ! 死にそうになってたぞ? 何があったんだ??」
知らない金髪のおっさんが俺に話しかけて来た。言葉から俺を助けてくれた人なのだろう。
「助けてくれて、ありがとうございます」
俺は涙を拭き、とりあえず礼を言う。
「男が何泣いてやがる。しゃきっとしろ! 俺はダリル──一応冒険者だ」
「俺は──光輝と言います」
「それでコウキは何であんなとこで死にかけてたんだ?」
俺はティナとの事を──時折、涙を流しながら掻い摘んで話した。
……
…………
……………………
「……そうか、辛かったなっ! とりあえず飯でも奢ってやるから食おうぜっ! フラれた時は気晴らしにパーっとするもんだっ!」
俺は促されるまま、部屋を出る。
そして、ここが宿屋だと知った。
廊下を歩き、階段を降ると────そこは食事処があった。
「お父さんっ!」
そう呼ぶのは15歳ぐらいの金色の髪でセミロングの女の子だ。活発そうな雰囲気だ。
ダリルさんに向かってお父さんと言っている。親子なんだろう。
「待たせたな。坊主が目を覚ましたから連れて来たぞっ! こいつフラれたばっかだから、チャンスだぞ。コウキ、あいつ娘なんだよ。よろしくな!」
娘をよろしくなって、いきなり何を言うんだおっさん!
「こらっ、ダリルっ! そこの男の子もエリーも困ってるだろっ! さっさと席につけ!」
あの子はエリーというのか。可愛いなぁ。
異世界は美人比率が高いのだろうか? 今話してるお姉さんも黒髪ロングで美人だ。
「おいおいテレサ、そんな怒るなって、今行く。あの怒ってるのは嫁さんだ。コウキも行くぞ」
俺はそのまま手を引っ張られて連れて行かれる。
そういえば、体が痛くないな……治ってる?
俺は4人テーブルの席につく。俺の左隣はダリルさん、左前はテレサさん、正面はエリーさんだ。
「えっと……コウキといいます。助けてくれてありがとうございます」
俺は頭を下げて、とりあえず自己紹介と助けて貰った礼を言う。
「コウキって言うのね……」
小声でエリーは呟く。
「そうよ? この子、レンジ様がコウキ君を私達に預けた時に顔見て一目惚れしたのよ? レンジ様は最低限の治療しかしてなかったから、この子が回復魔法使ったのよ。若いっていいわねぇ」
レンジ? その人が俺を助けてくれたのか? 敬称が様って……どこかの偉いさん?? というかエリーさんは回復魔法使えるんだな。
けっこう重症だったはずなのに痛くないな。魔法って凄いな。
「お母さんっ! それ言ったらダメっ!」
ぷりぷりと怒るエリーさん。
「ありがとうございます。お陰で痛くありません」
「えへへ、いいよぉ!」
こんな優しい人がいるんだなぁ。
「まぁ、こいつ付き合いたての恋人に殺されかけたらしいから、エリー付き合うなら今だぞ? さっきまで泣いてたからな!」
「それ本当なの? 凄く格好良いのになぁ。私が貰っちゃうよ?」
ダリルさんの言葉にエリーさんはニヤニヤ笑いながら俺にそう言ってくる。やっぱり俺ってモテる見た目なんだな……。
とても嬉しい──けど────
「すいません。まだ彼女の事を忘れられません────だから───むぐっ」
エリーさんは急に前のめりになり────俺の口をキスで塞ぐ。
突然の行動で俺は動けずにいた。
この世界の女性ってアグレッシブな人多いのか!?
しばらく俺の中で時が止まる。
彼女から俺に何か流れ込んできた────
エリーさんは目を開ける。
「…………貴方は誰? なんでキスしたの? 良い男なら何でもしても許されると思うなっ! ────この痴漢っ!」
バシッ
急に態度が変わったエリーさんは俺の顔に大声で怒鳴りながら平手打ちをしてきた。
俺は椅子から転げ落ちる。
ダリルさんとテレサさんは先程まで娘の行動に笑っていたが────今は何が起こったと目を細める。
「エリー、どうしたんだ?」
「さっきまでコウキ君の事好きって言ってたじゃない。それをどうして平手打ちなんてしたの?」
2人は不思議そうにエリーさんに問いかける。
「知らない人に──いきなりキスされたら誰だってそうするでしょ!」
「──エリー、謝りなさい。これは流石に見逃せない。コウキにお前が無理矢理キスしたんだ。それが平手打ちなんてどういうつもり?」
ダリルさんは俺に謝るようにエリーさんに少し怒りながら言う。
「何で謝らないといけないのよっ! 私は部屋に戻るわっ!」
そう言い残し、走って行った。
「ごめんなさいね……あの子にはしっかり言っておくわ……。ダリル、私はエリーの所に行くわね」
「あぁ、任せた」
テレサさんはダリルさんにそう言ってエリーさんを追いかけた。
俺は転げ落ちたまま立ち上がらず────また涙を流す。
あの目が怖い……。
どうしてあんな目をされてしまうんだろう。
転生したら────生まれ変わったらあんな目をされないと思ってたのに。
「ほれっ、娘がすまんな……まぁ泣くな……さっきのはお前は悪くない」
ダリルさんがそう言ってくれるが、俺はどうしようもなく震えが止まらなかった。
俺は必要とされてない────初めて好きになった人からも、助けてくれた人も俺を必要としない。
最初は好意を持って相手をしてくれていたのに……。
────最初?
じゃあ、どこから嫌われた?
────キスをしてから?
2人ともキスをしてから────態度が変わっている。
ティナの時は夜の事も考えていて浮かれていてわからなかったが──
──エリーさんにキスされた時は何かが俺に流れ込んで来た。
あれは────何だ?
記憶?
……エリーさんが回復魔法をどうやって使っているか、どうやって発動しているかとかの経験みたいな物が俺に流れ込んで来た。
剣神様はやっぱり、何か特別な力をくれた?
まさか────俺は回復魔法が使えるようになったのか?
直感でそう思った。
俺は立ち上がる。
「おいっ、大丈夫か? さっきからぶつぶつ言ってるが!? まさか頭でもぶつけたか?!」
ダリルさんが何か言っているが────俺は関係無しに先程の記憶の要領で左手を殴られた顔に当て──
──魔力を流し────回復魔法を発動する。
俺の体はみるみると治っていき────痛みが引いていく。
「────っ!? 傷が!? お前いったい……」
ダリルさんは驚いた表情で俺を見ている。
「ご心配をおかけしました。俺はもう行きますね……ご迷惑をおかけしました。エリーさんにもよろしく伝えて下さい」
俺は────出口に向かい歩く。
────確信した。
さっき流れ込んで来たのは────間違い無く、エリーさんの魔法の使い方だ。
そして、代償はたぶん──俺と出会った時から今までの記憶────
俺は原因がわかり、先程までの悲壮感はない。
記憶を無くした状態で────知らない男がキスをしていたら、あんな態度をとるだろう。
仕方ない……。
──この力があれば強くなれるかもしれない。
──発動条件がキス────
俺はたぶんイケメンになっているみたいだし──当初の目的である彼女は作る事は可能だろう。
現にこの短い期間で2人から好意を寄せられている。
だが──代償が記憶────
力を得る為に、俺との記憶は全て無くなる。
そして、エリーさんのような態度を向けられる。
どう考えても────彼女は作れても、その先には行けない……。
本気で好きな人と親しい間柄になろうとすれば────忘れ去られる。
俺は────どうしたらいい?
夕暮れを見る──
「太陽が眩しいな……」
──俺はいつの間にか、溢れ出た涙を拭い去る。
もう──あんな目をされるなら────キスはしたくないな……。
そして、太陽に背を向け────歩き出す。
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