女神様とお泊まり

「ふう、お風呂ありがとうございました」


 ピザを食べ終わった後、絢音をお風呂に入らせた。

 今の絢音の格好は悠斗の貸したワイシャツのみで、普段は見れない綺麗な生足が露出されている。

 優那にパジャマ貸してとメッセージしたのだが、ダメと返されたあげく、お兄ちゃんのシャツで彼シャツさせてあげなと言われた。

 下着は近くのコンビニで買ってもらったから着ているはずだ。

 男物のワイシャツを身につけている絢音は妙に色っぽく、思わず彼女のことを見てしまう。

 特にシミ一つない白い太ももを。

 それにきちんとドライヤーで乾かした長い髪をお団子状に纏め上げていて、いつもと違って新鮮だ。


「あまり見られると恥ずかしいです」


 耳まで真っ赤にしている絢音は、ワイシャツの裾を手で抑えて太ももを隠す。

 流石に下着は見えないが、太ももを隠すには長さが足りない。


「妹のパジャマ借りるか?」

「それはダメです。ダメと言われたのだし、借りるわけにはいきません」


 本当に頑固者というか、真面目で、他人の物は許可を得ないと借りないらしい。

 優那は勝手に悠斗のワイシャツをパジャマにするのでえらい違いだ。

 しかも優那は洗濯前のシャツを着ることもあり、そこだけは直してほしいと思っている。


「てか親に何て言おうかな。そろそろ帰ってくる」

「そうですね。泊まらせていただく以上、きちんと挨拶をしなければなりません」


 たまに会社に泊まって仕事をしている時もあるが、今日が金曜日だということと、帰ってこないのは本当に稀なので、どうしても顔を合わすことになる。

 そもそも優那と違う女性物の靴ある時点で、誰か家に上がり込んでいるということはわかるだろう。


「ご両親に追い出されることはないですよね? お風呂に入った後は外に出たくないのですが」

「大丈夫。妹の友達も泊まりに来ることがあるし、追い出されることはない」


 流石に家に帰ることが出来ない女の子を追い出すことはしないだろう。

 家の者が全く知らない人であれば別だが、同じマンションに住んでいる絢音のことを両親も見たことがあるはずだ。


「ただいまー」


 両親の話をしていたら、ちょうど帰ってきたらしい。

 夫婦揃って同じ会社で働いているため、いつも同じ時間に帰ってくる。


「息子よ、元気にしてい……」


 リビングに来た両親は、絢音のことを見てフリーズした。

 異国情緒溢れる美少女が男物のワイシャツ一枚で息子の隣にいては驚くだろう。


「悠斗が……悠斗が美少女を家に連れこんでいるわああぁぁ」


 母親の大きな声がリビングに響き渡り、煩くて反射的に耳を塞ぐ。

 隣にいる父親はもっと煩く感じただろう。


「母さん煩い」


 悠斗の母親──由美ゆみは大きな声を出してしまうくらい、息子が女の子を連れてきたことに驚いてしまったようだ。

 仕事だったからオフィスカジュアルな服に、セミロングの黒髪は茶色のゴムでポニーテールにしている。


「由美、もう遅い時間なんだから静かに」


 父親である大輔だいすけは、大きな声を出した由美の唇に指を添えた。

 髪をオールバックにしていて見た目は真面目そうだ。

 どちらも四十ほどの年齢で、見た目は年を感じさせないくらい若い。


「なるほど。悠くんの行動は遺伝だったのですね」

「何が? 後顔赤い」

「な、何でもありません」


 先ほどからはぐらかされているが、今は特に問い詰めなくていいだろう。


「あの、私は黒井絢音と言います。悠く……悠斗くんとは同じクラスでいつもお世話になっています」


 丁寧にお辞儀をして自己紹介をする絢音。


「本当だよな」


 今日の絢音はお世話されっぱなしだ。

 いつもしっかりしている絢音であるが、鍵をなくしてしまうというドジっ子を発揮した。

 そのおかげで泊めることになってしまい、悠斗は面倒くさい気持ちでいっぱいだ。


「ちょっと黙っていてください。今日は私の失態で鍵をなくして家に入れなくなってしまい、悠斗くんの善意で家にあげていただきました」

「そうなのね。家の人はいないのかしら?」

「ちょうど旅行に行っているんです。明日には管理人さんに言って開けてもらいますので、今日だけ泊めさせてください」


 抱きつかれて見せた蕩けた表情でなく、今は至って真面目な顔。


「そういう設定なのね」

「……はい?」


 思っていなかった返答のようで、絢音は目を丸くする。


「鍵をなくしたことにして泊まろうって魂胆なのね。そんな言い訳しなくてもいつでも泊まらせてあげるのに」


 息子が女の子を連れてきて嬉しくなって舞い上がってしまったのか、由美は平常な思考出来ないでいるようだ。

 柄にもなく「きゃーきゃー」とはしゃいでおり、夜に出す声とは思えないくらい煩い。


「もう。お風呂に入ってくるから、絢音は先に寝室にいて」


 いつまでも由美に付き合っていられないため、悠斗は絢音を部屋に案内して浴室に向かった。


☆ ☆ ☆


「何で俺の部屋にいるんだ」


 お風呂から戻ると、優那の部屋に案内したはずの絢音が悠斗の部屋にポツンと座っていた。


「その、由美さんにここで寝なさいと言われまして」

「あんの母親が……」


 怒りを覚えつつも、面倒になって文句を言いに行くのを止める。

 今行っても無駄だろうし、行くだけ時間の無駄だ。


「私は大丈夫ですので。悠くんと一緒に寝てどれくらい力が入らなくなるか確かめないといけないですし」

「寝る時もするの?」

「はい。抱き枕みたいにぎゅーって抱き締めて寝てください」


 どうやら一緒に寝ることが決定したらしい。

 断ると脅されかねないので、悠斗は頷くしかなかった。


「男の人と一緒に寝るのは初めてです」

「そうか」


 一緒にベッドに入って横になると、絢音が頬を赤らめて言う。

 女神様と呼ばれるだけあって照れ顔は破壊力抜群で、男共が好きになってしまう理由がわかった気がした。

 だからって悠斗が惚れる理由にはならない。

 可愛いと思うが、シングルのベッドで二人でいて狭いと感じるだけだ。


「早く抱き締めてください」

「はいよ」


 お願い通り抱き締めると、すぐに絢音は力が抜けたようになる。


「力が入らなくても喋れるのか?」

「はい。喋る分には大丈夫ですね」


 何で力が抜けてしまうのか、全くもって解明出来ない。

 すぐにはわからない……つまりは長期間付き合わされるということだ。

 家に招き入れたことは後悔していないが、一緒に寝るのは完全に予想外だった。


「これ、ヤバいです。気持ちよくて頭がポワポワして幸せな気分になります」

「そうか。おやすみ」


 どうなろうが興味なかったため、悠斗は目を閉じた。

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