女神様は気になる

「疲れた……」


 絢音をお姫様抱っこして三階にある自分の家まで運んだため、悠斗は疲れてリビングのソファーに倒れこんだ。

 人間は重いということを思い知らされた瞬間だった。


「あ、力が入るようになりましたね」


 先ほどまで力が入らなかったようだが、今ではきちんと立ち上がれるくらいになったらしい。


「とりあえず勝手に外に出たりするなよ。いなくなったら警察に捜索届け出すから」

「せっかくの善意なのにそんなことしませんよ。それに捜索届けを出されたらたまったものじゃありませんし」


 いなくなったら本気で捜索届けを出そうと思っているのを感じ取ったのか、絢音は苦笑した。


「宮野くんはお人好しというか強引なんですね」

「褒めるな」


 少し照れてみるが、「褒めてません」と絢音に一蹴される。


「で、でも、こういった強引さは嫌いではありませんよ」

「悪い。声が小さくて聞こえなかった。もう一度言ってくれるか」


 頬を赤くして何か呟いたようだが、悠斗には聞き取れなかった。

 耳が悪いわけではなく、本当に絢音の声が小さかったのだ。


「何でもありません。それより妹さんが見当たらないようですが?」


 確かに家に入る時に鍵がかかっていたし、中には妹がいる気配がない。

 いつもなら家にいる時間なので少し珍しい。

 両親は仕事でいないため、帰ってくるのはもっと遅い時間だ。


「出掛けてるのかな?」

「あれですか? 出掛けてるの知ってて私を家に連れ込んだのですか?」


 再び警戒色の瞳を向けてくる。

 家に仲良くもない男と二人きりでいるのだし、警戒心を持つのが普通だ。


「いや、本当に知らなかったんだが」


 だけど知っていないことを証明することが出来ず、悠斗は苦笑するしかなかった。

 このままでは暴行される恐れがあることを理由に出ていかれそうだが、止められるほどの理由が見当たらない。

 本当に善意で家に招き入れただけで、襲うつもりは一切ないのだ。


「そういうことにしておきましょう。テーブルに何かありますね。見ちゃっていいですか?」


 テーブルにはメモ用紙があったようで、悠斗が「ああ」と頷くと絢音は手に取る。


「……今日は友達の家に泊まってきまーす。シスコンのお兄ちゃんには寂しいと思うけど我慢してね。愛しの妹より、と書かれてます」


 スマホにメッセージを残す方が確実に読んでもらえるのだが、妹は何故かメモに残していた。

 メモの内容からもわかるように兄妹仲が悪くて連絡先を知らないわけでもないので、あえてメモにしたのだろう。


「シスコンだったんですね。なら安心して良さそうです」


 白い目を向けられて言われても、安心しているようには見えない。

 結果オーライであるが、襲われない信用は得たようだ。


「シスコンではない。俺は着替えてくるから喉が乾いてたら冷蔵庫にあるのを飲んでいいぞ」


 そう言って悠斗は自分の部屋に着替えに行った。


☆ ☆ ☆


「あ、お茶を頂いてます」

「構わないよ」


 着替えてリビングに戻ると、ソファーに座っている絢音がお茶を飲んでいた。

 悠斗が飲んでもいいと許可を出したため、お茶を飲んでいても不思議ではない。

 恐らく一晩マンションの共有スペースでいると決めていただろうし、トイレに行かないように今まで飲むのを我慢していたのだろう。

 既にコップに入っていたお茶のほとんどが無くなっていた。


「宮野くんは家ではラフな格好なのですね」


 他人の部屋着が珍しいのか、絢音にマジマジと見つめられる。


「ジャージが楽だからな」


 家ではジャージ姿で過ごしており、休日は一日中ジャージでいることも多い。

 そのせいで妹にだらしないと言われることもあるが、楽だから仕方ないだろう。


「黒井はきっちりというか暑そうな格好だな」


 六月になって衣替えで制服は夏服なのだが、絢音は長袖のブラウスに足はタイツに包まれている。

 気温がだいぶ上がってきているので、暑く感じないか不思議だ。


「私は紫外線が苦手なので、基本的に夏でも肌を露出することはありません」

「あー、何かそんな感じの見た目だ」


 恐らく紫外線から身を守る役割であるメラニン色素が不足しているのだろう。

 長時間太陽の光を浴びると、絢音の肌は火傷したみたいに赤くなるかもしれない。


「そういえば、何でさっきはお姫様様抱っこをしたのですか? されたの初めてなんですけど」

「あー悪かった。頑として動かなそうだったし、困った顔が妹と重なったからかな」


 正直な理由を言った。

 もちろん妹と顔が似ているわけではないが、何故か妹みたいで放っておけなかったのだ。


「いえ、確かにあそこに一晩いたら、私の体目当てで声をかけてくる人がいたでしょうし良かったです」


 自分が可愛いと自覚しているらしい。

 かなり告白をされているようなので、自覚していても不思議ではないだろう。

 えー、私なんて可愛くないですよ、とぶりっ子ぶるよりはずっといい。


「それに確かめてみたいこともありますし」

「何を?」


 絢音は少し頬を紅潮させて呟いており、何を確かめるかわからないので訪ねた。


「その、さっきの力が入らなくなった件です」

「何でだろうな」


 異性……妹以外を抱っこしたのは絢音が初めてであるが、普通は抱き上げられて力が抜けるなんてあり得ない。

 物事には何か理由があると思っているので、今日のことは本当に不思議だ。


「わからないから……確かめてみたいのです」


 思いがけない一言に、悠斗はフリーズするのだった。

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