第42話 アクセサリー盗難事件
お客様のその言い方に私は首をかしげる。
不思議に思ったのは絵巻屋も同じだったようで、軽く眉を寄せて尋ねた。
「多分、というのは?」
「ああいえ、うちで購入した品ばかりが盗まれるという事件が起きていまして」
お客様はまた頭を触って、申し訳なさそうにしている。
購入した品ばかりというのはどういうことだろう。
私は、とことこと彼の足元に寄っていった。
「お前、何屋さんだ?」
「写見、敬語」
「何屋さんます?」
そう言い直すと、お客様は困惑の目を向けてきながら答えてくれた。
「
「写見ますっ」
胸を張って答える。背後で大きなため息が聞こえた。
「すみません。私の弟子の写見といいます。……写見。初めて会う方にはそうではないでしょう」
「!」
私はハッとして、ぺこりと珠屋に頭を下げた。
「はじめましてます、写見ます。どうぞよろしくお願いしますます」
「まだ礼儀の勉強中なのです。どうぞご容赦を」
「ああいえ、お気になさらず。こんなに小さいのにちゃんと挨拶できて偉いね」
褒められた誇らしさで、ふんすっと胸を張る。
珠屋はあははと苦笑いをこぼした。
絵巻屋はこほんと咳ばらいをする。
「珠屋さんの品物ということは、装飾具ですか?」
「ええ。そこそこ値が張るものばかりなので、単に盗人がやっているだけだと思っていたのですが……」
装飾具というのがすぐにわからず、首をかしげる。
すいっと宙を泳いできた化身が耳打ちしてきた。
「アクセサリーのことだヨ。あそこは宝石が多いかナ」
私はなるほどとうなずく。
それは高そうだ。盗まれたら困るのもわかる。
「それが盗人の仕業ではないと?」
「はい。なんというか言葉では言い表しづらいので、目撃されたお客様のところに一緒に来ていただきたいです」
珠屋は軽く頭を下げる。
絵巻屋はうなずいた。
「わかりました。……写見、準備を」
「はいますっ」
当たり前のようについてくるように言われたことを嬉しく思いながら、私は絵巻屋たちに続いて店の外に出る。
入口に外出中の看板を立てるのは私の仕事だ。
「行きますよ」
「お手をどうぞォ」
「はいます」
差し出された化身の手をきゅっと握り、珠屋と絵巻屋の後ろについて歩き始める。
とことこと足を進めながら、私は前の二人に尋ねた。
「アクセサリー屋さんということはらぶらぶが来るますか?」
「らぶ……何?」
「らぶらぶます。途糸と宵腕みたいなことます」
困った顔の珠屋に私は補足する。
しかし珠屋はよくわかっていないようだった。
絵巻屋は額に手を置いて息を吐く。
「すみません。以前の依頼人の……貸本屋の娘さんと茶屋の方がらぶらぶだと彼女は――」
バチンッ。
そこまで言った瞬間、絵巻屋のほうから何かが弾けるような音がした。
絵巻屋は思わずと言った様子で立ち止まり、自分の右手の小指を見ている。私の気のせいでなければ、指の根元あたりが赤く腫れているように見える。
「……?」
絵巻屋はしばらく沈黙して、それを見つめていた。
「……いえ、何でもありません。先を急ぎましょう」
しかしそれ以上そのことに追及せず、絵巻屋は足を動かし始めた。
私も最初は不思議に思っていたが、歩いているうちにすぐにそのことを記憶の片隅に追いやってしまった。
「着きましたよ」
珠屋が足を止めたのは、入り口が狭い小さな店の前だった。
その店先にあるガラスケースの中には、見たことがないほどきらきらとしたアクセサリーが並んでいる。
「きらきらます」
「きらきらだネェ」
私たちがじーっとそれを覗き込んでいると、絵巻屋たちは店で待っていた若い男女から話を聞き始めていた。
「あなた方が装飾具を盗まれたお二人ですか」
「はい。……あの指輪は彼女への贈り物だったので、すごく悔しくて!」
慌てて店の中に入ると、見るからにらぶらぶな男女が苦々しい顔をしていた。
「盗まれたときのことを教えていただけますか」
男女はちらりとお互いの顔を見ると、うなずきあった。
「二日前のことです。このお店で買った指輪を、俺は彼女に渡そうと道を歩いていたんです」
男は自分の指をちょっといじる。
「そうしたら、突然熱い風が吹いて、気づいたら手の中にあったはずの指輪がなくなっていたんですよ。俺のほかに道には誰もいなかったのに!」
「熱い風、ですか」
「はい。おかしいでしょう? これはただの泥棒の仕業じゃないですよ!」
隣の女もこくこくとうなずく。
絵巻屋は顎に指を置いて考え込んだ。
「……確かにそれはおそらくアヤシの仕業でしょうね」
「そうでしょう!?」
「ねえ絵巻屋さん。早めにその悪いアヤシを懲らしめてくれないかしら。このままじゃ私たち、安心して買い物することもできないわ!」
若い男女にぐいぐいと迫られ、絵巻屋はちょっとのけぞりながらうなずいた。
「ええ、もちろんです。もちろんですので少し落ち着いてください」
「まったくなんてアヤシだ。極悪だよ!」
「許せないわ!」
二人はかなり怒っているようだ。私は思わず化身の袖の後ろに隠れた。
「それじゃあお願いしましたからね!」
「絶対にきつーく懲らしめてくださいね!」
怒り狂った二人は、そのまま店を出ていった。
私は袖に隠れたまま、化身に囁く。
「……すごく怒ってたますね」
「こういう風に、アヤシがシャレにならない迷惑をかけることもあるからネェ」
化身も小声で答える。
「本当はアヤシもやりたくてやってるわけじゃないと思うんだけどネ」
ぽつりと呟かれたその言葉に、私は化身を見上げた後、顔をうつむかせた。
「なんだかそれは寂しいます」
ちょっとしょんぼりした気分でそうしていると、絵巻屋はいつの間にか珠屋と話をまとめたようだった。
「それでは私もこちらで何かを購入して様子を見てみましょう」
「ええ、ええ。それがいいでしょう。どうぞよろしくお願いします」
深く頭を下げられ、絵巻屋は居心地悪そうに体をちょっと動かす。
「では、どの品になさいますか? どうせ盗られるかもしれないのなら、それほど値が張らないものがよろしいと思いますが」
「そうですね、では……」
絵巻屋はなぜかちらりと私を見た。
私がきょとんとそれを見返すと、絵巻屋はすぐに私から目を逸らす。
「これにしましょう。これなら小さいし、ちょうどいい」
「そうですね。ではお包みしますね」
「いえ、不要です。すぐに使いますから」
絵巻屋の言葉に、私は目をしばたかせる。
すぐに使うとはどういうことだろう。
しかしその疑問を口に出す暇もなく、絵巻屋はさっさとお代を払い、店を出てしまった。
慌ててそれを追いかけて、私も店の外に出る。
「使うってどういうことます?」
「写見。……少し手を出しなさい」
「? はいます」
よく分からないまま両手を差し出す。
すると、私の手のひらの上に、絵巻屋はころんと何かを落としてきた。
「?」
私はそれをつまみ上げ、しげしげと眺める。
それは、小さなガラス玉だった。
ガラス玉に開いた穴には、綺麗な糸が通してあって、どこかにぶらさげられるようになっているようだ。
指を動かすと光の反射で、青にも赤にも色が変わっているように見える。
私はそれを太陽にかざした。
「きらきらます……」
「アナタへの贈り物です」
「!」
パッと顔を絵巻屋に向ける。
だが絵巻屋は難しい顔で私を見た。
「違いますよ。アヤシを探すためです」
「? どういうことます?」
「聞いていなかったのですか? 彼らは贈り物を盗まれたのです。ならば、私たちも同じ条件を作るべきでしょう」
なるほど。そういうことか。
私は手の平の上でガラス玉を転がす。
でも、そうだとしてもなんだか嬉しいことには変わりなかった。
だって絵巻屋が私のために買ってくれたのだ。
「お嬢さん、嬉しそうだねえ」
「はいます」
じっとガラス玉を見つめたまま、私は答える。
――その時、熱い風がぶわっと私に吹き付けてきた。
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