「定期券、電車、リップクリーム」

 終電を逃しそうだったから走っていた。そんな私の前で、自動改札機がバタンと閉まった。あっ。私のここからの区間の学割定期券、切れてるんだった。今朝は時間がなくて切符で乗ったのだった。文化祭の準備に忙殺されるあまり、すっかり忘れていた。


 最終の電車は無情にも私を置いて走り去った。


 どうしよう。帰れない。タクシーで帰るには遠すぎる。私の小遣いではどうにもならないし、親にそんな負担をかけるのも嫌だ。そもそも今いくら現金があるかという問題だが、この近所に前にも泊まったことがあるカプセルホテルがあるんだけど、そこに泊まるための金額に……あと200円ほど足りない。


 クレジットカードは持っていない。ATMから下ろせるような性質の金は今手元にない。私はどうしようもないので、何か換金価値のありそうなアイテムがないか、ポケットや鞄の中などを探してみた。


 結論を言えば。


 リップクリームが一本あった。もちろん、使用済みのやつではない。まだ封を切っていない新品だ。レシートはあるが、学校の近くで買ったものだし、返品して金を返してもらうというわけにはいかないだろう。


 そこで、私は。


「リップクリーム……リップクリーム買うておくんなさい……リップクリーム……」


 と、駅のコンコースでマッチ売りの少女的なことをやり始めた。


「なんや姉ちゃん。姉ちゃんだったら5万出すで?」


 みたいな悪いおっさんが出現でもしやしないかと冷や冷やしていたのだが、そんな人間は現れなかった。代わりに、すぐリップクリームは売れた。


「助かるわ! これから(服装の感じからして、多分ホスト)クラブの仕事やっちゅーんに、唇カッサカサやってん! ほな、500万円な! おおきにな!」


 チャラいけど親切な兄ちゃんが500円玉と交換してくれたので、私はハンバーガーを一つ買って食べ、カプセルホテルに泊まったのであった。

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