「真剣、清朝、マンチェスター」
コブデンとブライト、と黒板に大きく書かれた。書いたのは世界史の先生、ぼくはさっそくそれをノートに書き写す。コブデンとブライトは、19世紀イギリスの政治家で、当時産業革命の中心として大いに栄えたマンチェスターに拠点を置き、自由貿易を推進する政治運動を行った。その政治的成果としては、1846年の穀物法廃止(先生はこれも大きく書いた。ぼくは赤字で年号と“穀物法”をノートに記す)が特記されるが、政治思想としてのマンチェスター学派は「自由主義貿易さえすれば戦争もなくなり、人々は平和に、平等に暮らせるようになる」という実になんというか今の目から見ればのどかなものであったという。1840年にはその自由貿易の結果として中国の清朝とイギリスの間にアヘン戦争が起こり、マンチェスター学派の夢は脆くも崩れ去った。もっともマンチェスター学派の名前までは大学受験レベルで出ることはほとんどないから、覚えなくていい、という。
なるほどそうかもしれない。だが、入試には出なくても授業に出た以上は期末テストには出るかもしれないわけで、ぼくはマンチェスター学派のこともきっちり板書を取る。何故って。実は、約束をしているからだ。クラスメイトの玄野さんと、次の期末の総合成績で勝った方が何でも一つ好きな命令をしてよい、ということを。真剣勝負なのである。
で、結果を言えば、ぼくは負けた。マンチェスター学派の問題は解けたが、やっぱり理系科目での劣勢は覆せなかったのである。
そして彼女はぼくに命令した。
「今度の日曜日、私とデートしなさい」
くそう。本当はぼくの方から誘いたかったのに。
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