第19話
「ダメだ……」
ガイヤくんが、手で私の口付けを防いでいた。
「ガイヤくん?!なんで……?」
「だって……死んじゃうんでしょ……、俺……ヤダよ……」
苦しいだろうに、ガイヤくんはそれでも私を気遣って……!
「私もガイヤくんが死んじゃうのイヤだよ……。ゴメンね、嘘ついて。私は……自分が嫌いで、人と比べられるのが怖くて、弱かったの……。でもガイヤくんはそんな私を好きって言ってくれて、嬉しかった……。私もガイヤくんが大好きだったから」
言いながら、ガイヤくんの腕を両方後ろに回して動かないようにする。
縛ったわけではないのに、まるで縛るようにガイヤくんの両手首にうっすらと輪っかのようなものが見える。
これも私の力なんだろうか。
「私ですら私を否定したのに、貴方は認めてくれたの。私にとっては命を助けられたのも同じなのよ……。だからお願い、次は私が貴方を助けたい……!」
力なく、それでも全身をよじって抵抗するガイヤくんの唇に、次こそ口付けを落とした。
光が私の中に入ってくるような熱さを感じた。
「カタギリさん!」
ガイヤくんの声がする。
良かった、もう苦しくなさそう、助けられたんだ。
私の中に入ってきた熱さは、私の内側で急速にその熱を上げていく。
意識が朦朧として、私は本能的に死を悟った。
ガイヤくんが名前を呼びながら、抱きしめてくれているのが分かる。
最期は愛する人の腕の中なんて、なんてロマンチック。
目を閉じているのに、目の前がどんどん白くなっていく。
光だ。
溶けていくように、光に包まれていく。
「仕方ないなぁ、もう」
声と同時に、光は闇に変わった。
そして、さっきまでとは別の熱さを胸のあたりに感じて目を開けた。
「うあぁ!カタギリさん!!」
ガイヤくんが悲痛に叫ぶ。
見ると、私の胸から腕が生えていた。
違う、これは、貫かれているんだ。
「何するんだ!!」
ガイヤくんが怒鳴る。
「煩い。ヒト風情が話しかけるな」
女の子が私を貫いていた手をスルリと抜くと、彼女の手には林檎が収まっていた。
身体の熱が全部なくなって、私はハッキリと意識を取り戻した。
「それは……?」
「カタギリさん!大丈夫?!」
ガイヤくんが泣きそうな声で言うので、ニッコリ笑って手を取った。
もうどこも痛くないし、私の中にさっきまであった死の気配は消えていた。
「これは、貴女の力。呪いも取り込んだ貴女の力。仕方がないから、力は私が貰うよ」
シャクシャクと、女の子は林檎を食べながら言った。
「ヒトと生きたいなら、力は不要でしょ。折角の東洋の魔女は惜しいけど、鏡も返してね。お金返すよ、はい、五千円ね。じゃ、バイバイ」
女の子は五千円札をひらりと残して、鏡と一緒にその場からスっと消えてしまった。
「……ガイヤくん、大丈夫?」
「うん……。カタギリさんも、大丈夫?」
「うん……。平気……」
二人で手を取り合ったまま、しばらく呆然としていた。
私の姿は、元のカタギリ ヒロエに戻っていたので、これはまずいとアイラのマンションを立ち去ることにした。
ガイヤくんが自宅マンションに匿ってくれたので、住むところにも食べるものにも困らなくて済んでいた。
だけど、エトウ アイラは消えてしまった。
サトダさんも社長も、きっとビックリしてるだろうな……。
ごめんなさい……。
事務所にも、レギュラー番組のスタッフさんにも、沢山の人に迷惑をかけちゃったな……。
私が最初から私をちゃんと認めてあげていれば、エトウ アイラも誕生せずにこんなに迷惑をかけることもなかったはずなのに……。
テレビも新聞も、エトウ アイラ突然の失踪を嬉々としたように報じている。
「大丈夫だよ、俺が一緒にいるからね」
世間の騒ぎが怖くて震えていると、ガイヤくんが一日何回でも、必ずこう言って抱きしめてくれる。
私が姿を変えた身勝手な理由や、エトウ アイラとして過ごしてきた日々を全て告白しても、ガイヤくんは変わらず優しく私に触れてくれた。
どうやら魔女だったらしい私の力は、あの雑貨屋の女の子が全て吸収してくれたようだ。
無意識だったけれど、私は昔からもう一人の私と会話が出来ていたのに、今はもうそれも出来なくなっていた。
あれもどうやら、魔法のようなものだったらしい……。
そして、リラ。
予想でしかないけれど、あの子が突然スキャンダルを告白したのも、私の魔女としての力のせいだったかもしれない……。
それまでにも、自覚のない力を振るっていたかもしれない可能性を思うとすごく怖い。
他にも気になることがある。
あの雑貨屋の女の子は、魔女しか入れないお店で一体何をしようとしていたのだろう。
「魔女を集めてやることがある――」確か、あの子はそう言っていた。
ヒトをよく思っていないようなあの態度。
私は大きな不安を覚えた。
「ヒロエ、ご飯食べないの?」
ガイヤくんが呼んでいる。
詮無い考え事を止めて、ベランダから部屋に戻ることにした。
食事を終えて、後片付けをしながらガイヤくんと話をする。
いい加減甘えてばかりは良くない。
「ありがとう、明日は私が作るね」
「いいよ、そんなの」
「ずっとお世話になりっぱなしも悪いし、そろそろ働きに出て、住むところも探すようにするよ」
「だめ」
「ガイヤくんたら。自分の立場分かってるでしょ?アイドルが異性と同居はまずいよ……」
「俺たち恋人同士でしょ」
「それはそうだけど……。悪いよ……こんな一方的にお世話になっちゃって……」
「ヒロエ」
ガイヤくんがいつの間にか私の背後に居て、後ろから抱きついてきた。
「わわっ!あぶないよ。食器落とすかと思った……」
肌はもう、私自身も見たことがないようなところも見せているし、全身隅々まで何回も触られているけれど、それでもまだ、やっぱり照れる。
あのガイヤくんが私にハグしてる……!!
「いいから、こっち向いて……?」
「恥ずかしいよ……!」
きっと顔が真っ赤だ。全然可愛くないし、見られたくない……。
モジモジしているとガイヤくんが私の手を取って、水道で手に付いた洗剤を洗い流して無理やり私の身体の向きを反転させた。
「もうっ……!ガイヤくんてば……んっ」
半ば力尽くでキスされた。
口の中を好きにされて気持ちよくなって、私の身体から力が抜けるとようやく唇を離してガイヤくんが言った。
「愛してる。あの日、俺が窓を割ってしまったあの日、ヒロエがくれた優しさに惚れたんだ。君の優しさも弱さも全部が愛おしいんだ。好きだ、愛してるよ、ヒロエ」
真っ直ぐな目で見つめられて動けないでいると、ガイヤくんが、本当はもっとオシャレなとこで言いたかったのにと言って、続けた。
「俺と結婚してください」
ガイヤくんが差し出した手の中には、小さな箱が握られていた。
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