第15話
翌日、私はサトダさんから一切の仕事をキャンセルしたので自宅から出ないようにと強く釘を刺された。
理由を聞いても今は言えないと言われるばかりで、何も分からないまま。
しかし、お昼頃になると一体何が起こったのか目に見えて把握できた。
ワイドショーが、瞬く間に同じ話題一色となっていったからだ。
『トキノ リラ独白、枕営業の実態!!』
『清純派女優トキノ リラ、まさかの薬物使用告白?!』
『証言続出!トキノ リラの陰湿後輩いびりの数々!?』
インターネットは朝から大騒ぎだったようだ。
ネット記事とテレビによると、リラ自身が週刊誌にわざわざ自分のスキャンダルを売ったと言うのだが……。
「事務所は今、マスコミでめちゃくちゃよ。貴方のマンションにも記者が何人も張り込んでるから、絶対出ちゃだめよ」
結局、サトダさんからのこの電話を最後に、事務所からは何も説明がないまま夜が更けていった。
リラに一体何があったのか……?
ドラマ撮影の時、少し様子がおかしかったリラを思い出していた。
まさか、あの時にすでに何か思い詰めていたのだろうか……?
その日から連日、テレビもネットもリラの疑惑や批判を報じるようになった。
子役時代から続いていたリラの輝かしい経歴をどの番組も皮肉めいて伝え、口を揃えて「なぜ」と言い、口達者なタレントさんや何かの専門家と言う人が最もらしい講釈を垂れたりして、その次には最近流行りの美味しいスイーツなどを紹介していた。
リラは数日ののち、麻薬取締法違反の疑いで逮捕された。
逮捕当日こそ大騒ぎだったマスコミも、その日を境にどんどん潮が引くようにいなくなっていき、テレビにもインターネットにもリラの名前が現れることは少なくなっていった。
そうしてトキノ リラという女優は、その姿を公に見せることはなくなった。
その後、CM云々の違約金騒ぎで大変だった事務所も平穏を取り戻し、以前と変わらないように動き出していた。
ドラマはリラの代役もとうに決まって、無事放送を迎えようとしている。
彼女にまさかここまでの秘密があったとは思っていなかったけれど、その性格の悪さや悪行があればそれを露呈させて追い込もうと考えていた私は、なんだか拍子抜けというか、自分のやろうとした行いに恐ろしさすら覚えていた。
別にリラのことが好きになっていた訳でもなんでもないし、自業自得の状況に同情している訳でもない。
ただ、ほんの少し前までリラをチヤホヤしていたはずの人たちやファンを自称していた人たちが、憤怒するでも絶望するでもなく、トキノ リラなんて最初から存在しなかったかのように日常を送っていることが怖かった。
リラが芸能界から消えて私の目的はなくなってしまったけれど、今さら、じゃあ芸能人辞めますという訳にもいかないくらいに私の芸能界での立ち位置は確固たるものになっていた。
それまでリラが担っていた『枠』に私が入ることになったのも、その原因のひとつだと思う。
そんな中、レグルスのシンくんとバラエティ番組で一緒にMCを務めることになり、必然的に仲良くなっていった。
前の姿の私にも、レグルスメンバーは全員優しかった記憶があったので余計な警戒をせず自然体でいられたのも打ち解けた理由かもしれない。
シンくんはすごくサッパリとした性格の人で、話しやすくて仕事のことを中心に色々相談をしたりもするようになっていた。
その日も、電話で悩み相談や愚痴なんかを一頻りお喋りして、楽しい話をしようというので恋バナになったのだけれど、事務所が恋愛NGなので私は全然話すことがなかった。
「恋愛禁止、真面目に守ってるのとか凄いな。言い寄ってくる人とかいるだろ?」
「まぁ、たまに……。でも、この人って思えるような、なんていうかトキメキがないのよねー。下心見え見えなんだもん」
「アハハ、ガイヤみたいなこと言ってる」
一瞬、ドキリとしてしまった。
「へ、へぇー。でもガイヤくんは災難だったね。彼女があんなことになって……」
「えっ、彼女って誰?」
「えっ、トキノ リラちゃんじゃあ……」
「あー、それねー。まぁ、あの子がああなったから言う訳じゃないんだけど、デマなんだよね、それ。誰かが嘘情報流してたみたいで、思い込んでる人が多いんだけどさ」
デマ……。
もしかして、いや、もしかしなくてもリラは、ガイヤくんのことが好きだったんだ。
だから、ガイヤくんがわざわざ打ち上げに招待したっていう私をあそこまで攻撃したんだ。
「なんか、ドラマの打ち上げでキスしてたとかって聞いたんだけど……」
「打ち上げ……?……あー、あれかなー。なんか悪ノリの延長みたいのに巻き込まれたって、ガイヤが落ち込んでたやつ」
「そ、そうなんだー。人の噂って怖いね」
「ぶっちゃけ、ガイヤはリラのこと怖がってたんだよね。打ち上げでのキスもそうだけど、根回しっていうか、他人を使って自分を優位に持っていくタイプって感じでさ。ガイヤって抜けてる感じだけど、人の機微には敏感だから筒抜けっていうか……」
「そうだったんだ……」
あの日のあの子の暴力の正体は、不器用な片想いの女の子のただの嫉妬だったのか。
なんだか馬鹿らしくなった。
不細工だと、見下げられたと悔しくなって私は私を変えたのに、その実は対等か上に立っていると思われたから攻撃されていたなんて。
馬鹿なリラ。
邪魔な人間を蹴落としたり、人を上手く使うことより、ガイヤくんに気持ちを伝える方が大切だったろうに。
シンくんとの電話を終えると、私の頭の中はガイヤくんでいっぱいになった。
窓ガラスが割れた日のこと。
打ち上げでこっそり耳打ちしてくれたり、ドラマの撮影現場でも優しく接してくれて……。
色々思い出していると、ポンとガイヤくんの上裸姿が浮かんできてドギマギしてしまった。
そうだ、撮影の時は必死過ぎて意識してなかったけれど、ガイヤくんと私ってそういうシーン撮ったんだった。
ガイヤくんのこと、私、やっぱり好きなんだな……。
今の“私”なら、ガイヤくんに告白もできるかもしれない。
筋肉がしっかりとついて硬かったガイヤくんの腕や背中、そして私の首筋をなぞった唇の感触も思い出してしまってドキドキして、その日はなかなか寝付けなかった。
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