第14話
風の噂で、トキノ リラが「なぜ自分が主役じゃないのか」と駄々を捏ねたという話を聞いた。
ノイダ先生指名でのキャスティングであることを知って渋々、溜飲を下げたらしい。
業界的にも、ノイダ作品といえば出演できるだけでステータスになるほどのものなので、リラとしてもそれ以上の言及はしなかったのだろう。
顔合わせの日は、あっという間にやってきた。
リラのことが全く怖くなかったと言えば嘘になる。
だけど、今回のドラマの件で確信が持てた。
エトウ アイラの存在が、トキノ リラにとって脅威になっていると。
そもそも昨今の芸能界は、視聴者目線でもトキノ リラ一強状態にあった。
そこにぽっと出の謎の新人が現れて、全てかっさらおうとしているのだ。
彼女からすれば、私はさぞ邪魔な人間だろう。
しかし、かつて“カタギリ ヒロエ”にしたような仕打ちを、“エトウ アイラ”にはできないだろうと踏んでいる。
理由は単純で、エトウ アイラの発言力や影響力がリラを上回る状況が現実だからだ。
今の“私”に下手に手を出せば、消えるのはリラ。
もっとも、リラの失墜が目的の私としては、その方が手っ取り早くていいのだけれど。
「キャー!エトウさんだー。初めましてー、トキノですー。同じ事務所なのに全然会えなかったから共演できて嬉しいですー」
案の定、リラは私に非常に好意的だった。
「初めまして、エトウです。私ったらご挨拶ができていなくて、すみませんでした。なんだかずっとバタバタで……」
実年齢は私の方が上だが、芸歴はもちろん、事務所の先輩でもあるリラに対して好意を表すように頑張った。
油断すれば一気に優位性を奪われ、立場的に消されかねないと思うと精神の消耗が激しい。
ガイヤくんと久々に会えて嬉しかったけれど、とにかくリラの言動に間違わず対応することに手一杯でそれどころじゃない感じだった……。
本読み、リハーサルと、付いていくだけでいっぱいいっぱい。
これはプライベートもレッスンの必要があるなと思った。
休憩時間も一人ブツブツと台本に向かい合っていると、ガイヤくんが声を掛けてくれた。
「エトウさん、良かったら一緒に本読みしませんか?」
「えっ……いいんですか?」
「もちろんです。俺たち絡みが多いので是非!」
ガイヤくんは、相変わらず優しい。
そして、スタッフさん達への対応も見て、誰にでも分け隔てなく優しくできる人なのだと分かった。
演技の不安も、監督であるカンザキさんからの容赦ないリテイクの嵐をこなすうちに自然とできるようになっていった。
カンザキ監督から檄を飛ばされているうち、役者はどんどん演じる役に入り込むようになるのだ。
業界では、カンザキマジックなどと言われているらしい。
リラ演じる絵梨花の激烈なイジメに耐えかね、真里亞が絵梨花を殴りつける場面の撮影日。
他人を殴った経験なんてない私にとっては、色んな意味で緊張するシーンだった。
「いいか!君にとって絵梨花はもう友達ではないんだ!」
監督の檄もヒートアップしていく。
「人を使ってまで自分に執拗な嫌がらせを繰り返した憎むべき相手だよ!その手に憎しみ全部込めて、力いっぱい叩く!いくぞヨーイ!」
目の前には絵梨花、いや、トキノ リラ。
憎む思いなら、真里亞の中だけじゃなく私の中にもある。
同じ人間に、しかも初対面の人間に、あそこまでの暴力を振るうなんて、心から軽蔑する。
貴方は少し、優しさや分別をつけるべきだわ。
劇中セリフで、暴言を吐くリラに私は思いっきり平手打ちをお見舞いした。
「カット!!良いぞ!OKだ」
一発OKが出た。
ほっと胸を撫で下ろし、目の前で頬に手をやり立ち尽くしているリラを一応気遣う。
「ご、ごめんね、リラちゃん。顔、すぐ冷やそう……」
「あ……いえ……平気です」
そう言うと、フラフラとスタジオから出て行ってしまった。
リラの様子がおかしいなとは思ったが、ひとときして戻ってきたリラは普通だったので、その日の撮影は無事に終了した。
まさか、その次の日にあんなことが起こるなんて全く予想ができないでいた――。
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