第7話

 迷った末に服装は少しオシャレめなオフィスカジュアルに決めた。

 メイクもキュートかつナチュラルな印象にしてとオーダーして美容院でやってもらった。


 やり過ぎず、やらなさ過ぎず……!

 今、私に出来る最善はきっとこれだ。


 ホテル近くまで来ると、知らない女性が声をかけてきた。


「失礼ですが」


 あっ、怒られる?

 場違い過ぎて不審者だと思われただろうか。

 しかしその女性は咎めるような様子はなく「窓ガラスの方でしょうか?」と続けた。


 窓ガラス……。身に覚えがある……。

「あっ、はい。ガイヤくんのお知り合いですか……?」


「失礼しました。私はレグルスのマネージャーで、カネミツと言います。今回は弊社のタレントが大変なご迷惑をおかけしたようで、本当に申し訳ございませんでした。どうぞ、会場にご案内いたします」


 聞くと、直前までガイヤくんが直接入口まで迎えに来ると言っていたらしいが、パパラッチに一般人の女性をエスコートする写真なんて撮られたら大変、とマネージャーさんが代わりに迎えに出てくれたらしい。


 そっか……。

 そこまで頭が回らなかったけど、事実はともかく彼らほど有名になるとなんでもスキャンダルになりかねないんだ。

 ガイヤくんは、いつもこんなことに気を回しながら生活してるんだろうか……。


 マネージャーさんに連れられて会場に入ると、ガイヤくんが小走りで駆けつけてくれた。


「こんばんわ!今日は来てもらって嬉しいです!」


 ガイヤくんの笑顔が今日も眩しい。


「あー!ガイヤが窓ガラスぶち壊したっていう家の人?」

 ガイヤくんの後ろからレグルスメンバーのシンくんが来て、すごく普通に話しかけて来た……。


「そうー。スマホ投げてね……」ガイヤくんがシンくんの問いに肩を落として答える。


「アハハハ!奇行やめろよお前はー!」シンくんがガイヤくんの首に腕を回して楽しそうに笑う。


「ごめんってー」ガイヤくんもそんなシンくんにジャレて、二人でキャッキャしている。尊い。


 それを合図にするように、他のメンバーのキョウヤくん、マリオくん、ソラくん、リキくんも、レグルス全員が私の周囲二メートル以内に結集した……。


「ガイヤが迷惑かけた人だー、ごめんねー」


「怪我はなかったのー?」


「マジちゃんと責任取らせていいからねー、奇行のお灸になるしさー」


 ワイワイと次々に話しかけてこられて返事するのが精一杯だ。

 視界に入る全てが美しい。

 なんかもう目の前の光景が信じられなさ過ぎて、テレビを見ているような錯覚に陥ってきた。


「あのね……」

 ガイヤくんがそっと私に近付いて、耳打ちするように話しかけてきた。

 距離が近すぎてしんどいですけどお話聞きますよナンダロウ。


「レグルスでね、一番好きな人とか居たら言ってください。一緒に写真とか撮るから……」


 優しさがすごい。

 もはや奉りたい。

 ここにガイヤ教の教会を建てよう。


 私の推しはもちろんガイヤくんだ。

 でもなんかこの流れで直接言うの恥ずかしい感じがするなぁ。

 いやでも告白でもあるまいし、よし正直に生きろ!


「ぅわ、わ、私、私ガイヤくんが好きデス」


 あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 告白じゃねーつってんのになんで告白っぽく言ったんだ私。誰か、穴持ってきて。

 色んな意味で恥ずかしくなって、顔が熱い。

 メイク崩れてるんじゃないか、これ……。

 ほらもうガイヤくんもキョトンとしちゃってるじゃん、消えたい。


「えぇー嬉しい!じゃあ、良かったらお写真一枚どうですか?」

 ニッコリ笑って、スマホを構えてくれる。


 ふっと気持ちが軽くなる。


 窓ガラス破壊事件の時も思ったけど、本当に気遣いの出来る子なんだな……。

 私の負担にならないように言葉を選んでくれてる感じがする。


 ガイヤくんと写真を撮って他のメンバーさんたちとも談笑して楽しく過ごしていると、出演者の登壇コーナーが始まるというので、皆スタンバイに行ってしまった。


 共演者は、五千年に一度の美女と言われるトキノ リラちゃんと、世界で最も美しい顔百人に日本人史上初一位で選出されたモデルでもあるミキ ホタルちゃん、さらに今女子高生がなりたい顔ランキング一位のカンダ キコちゃんに、御年四十を控えていながら十代の頃から一切衰えない美貌と痩せているのにふっくらとした印象を与える癒し系ナイスバディで二十年以上人気ナンバーワン女優に輝くナナミ レイナさんと豪華すぎる顔ぶれだ。


 皆、顔が小さくて、お肌が白くてツルツルしてて、腰は内臓入ってるのかなってくらい細くて足も竹のように長細い。


 こんな容姿に生まれていたら、一体どんな人生になっただろう……?


 またいつもの思考に耽っていると、「ねぇ」と声を掛けられた。

「はい?」不用意に振り返るんじゃなかったと、この時ほど後悔することは後にも先にもないだろう。


 振り返るとそこには五千年に一度の美女、トキノ リラちゃんが立っていた。

 さっきまでそこの舞台上でドラマについて感想を言っていた彼女が、出番を終えて私に話しかけてきたようだった。


「レグルスのガイヤくんの知り合いの方ですよね?」


 すごい。


 目の前にいるだけで空間が浄化されるような透明感。


 黒くストレートに伸ばされた髪はちゅるんとして潤いに満ち、発光しているかのように輝いている。

 ただでさえ小さい顔に、常人の倍以上あるんじゃないかと思うほど大きく綺麗な二重瞼の目がさらに小顔効果を発揮している。


 肌は陶磁器なんて喩えでは足りないくらいソフトで滑らかで白く白く透き通っている。

 爪楊枝が十本は乗りそうな長く密度の高い睫毛に、高すぎす控えめな鼻。

 どうしたらそんなにナチュラルなピンク色になるのか研究したくなるほどシワひとつなくプルっとした唇。


 世界の終焉に彼女が白い布でも纏い立っていたならば、きっと誰もが神の御使い、もしくは女神、天使と信じて救いの祈りを捧げるだろう。


 テレビや雑誌ではこの美しさは表しきれないのだなと、妙な納得をしてしまった。


 ガイヤくんの笑顔の破壊力も凄かったが、この子は立ち姿だけで人に衝撃を与えられるのだ。


「……はい、そうですが……」

 リラちゃんの人智を超えるような美しさに衝撃を受けたせいで茫然していたが、なんとか答えた。


「わー、そうなんですねー。お仕事は芸能関係なんですかぁ?」

 リラちゃんが発光したまま質問してくる。眩しい……。


「あ、いえ、全然そういうのではなくて……しがない広告代理店でチラシ作ってます……」


「へー……そうなんですねぇ~、あっ」

 瞬間、リラちゃんの足元がフラついて彼女が持っていたグラスの飲み物が私のジャケットにかかってしまった。


「や、やだ~!!ごめんなさい~!!ヒールが高くってぇ、フラついちゃってぇ~……」

 涙目になって、謝ってくれている。


「ああ、全然大丈夫ですよ!気になさらないでください~」


「ごめんなさい~…レストルームに行って綺麗にしましょう、さぁこっちですよ~」


 リラちゃんが洗面所に私の手を引いて連れてきてくれた。


「ありがとうございます」


 洗面台で汚れを落とそうとしていると、後ろでカチャン、と鍵のかかったような音がした。

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