第6話
「なんだこれ……?フォトショに似てる……?」
上部に“ファイル”などのメニューバー、左端にツールバー。
鏡面に突如表れたそれは、私が仕事でよく使う画像編集ソフトにそっくりだった。
「鏡じゃないの……?これ……」
画面?鏡?には、さきほどまでと変わらず私の顔が映ったままだ。
指でメニューバーの“イメージ”に触れて、“色調補正”、“明るさ・コントラスト”を選択。
操作感もいつも使っているソフトと何も変わりない。
試しに表示された“明るさ・コントラスト”のスライダーを操作してみた。
明るさをMAXにしてみると、鏡に映る私の顔が真っ白になった。
暗い方に動かせば、顔も真っ黒になる。
「フォトショだ……」
レイヤー機能もあって、自動選択も出来るし消しゴムツールもある。
指でくるくると私の顔を消してみた。
唯一違うところを言えば、画面内の編集対象がリアルタイムで動いているところか。
「へぇーおもしろー……」
と言おうとして異変に気づいた。
声が出ない。
口が動かせない。
異常を確認しようとパッと口に手をやった。
触れないといけないところに口がない。
それどころか、手が空を切っている。
鏡に目をやると、確かにさっき私自身が消しゴムツールで消したように鼻と口のあたりがぽっかりと消えていた。
自分の右手が、顔があるはずの空間をさ迷っている。
ゾッとして洗面所に走った。
洗面所の鏡で見てみても、やっぱりそこには鼻と口がポッカリとない顔が写っている。
気持ち悪い!!
あの鏡でやった操作が現実に反映されてしまったとでもいうのか……?!
だとしたら……!
急いで鏡の前の戻ると、震える手で“編集”から“画像の変更を取り消す”を選んだ。
すっと口と鼻が元に戻った。
手をやると、ペタリと肌と唇の感触がある。
「いや、怖……」ポツリと呟いた。
退屈な日常はもう沢山だと思っていたけど、こんな怖い非日常は御免だ。
どうしたらいいか分からないので、とにかくバスタオルを鏡に被せて何も写らないようにしてご飯も食べず寝ることにした。
自分の顔が消えてしまった時のことを思い出してしまって、震えながら眠りについた。
翌日になるとお昼くらいに業者さんが来てくれて、窓を交換してくれた。
作業に立ち会っていると、窓の近くにあるバスタオルをかぶせておいたままの鏡が目に入る。
この鏡はお店に返してしまった方がいいだろう。
あんな恐ろしい謎機能はいらない、クーリングオフだ。
窓の交換を終えてもらい、業者さんを見送るとすぐに出かける準備を始めた。
お店に鏡の話を聞きに行くのだ。
勝手にお店に送り付けて角が立っても嫌なので、話し合った上で返品させてもらうつもりだ。
適当に支度をして家を出ようとした時、スマホが鳴った。
知らない番号からの着信だ。
さっきの業者さん?それとも管理会社さんだろうか?
いつもなら知らない番号からの電話には出ないけれど、今はどこから着信があってもおかしくない状況だろうと思って、応答ボタンを押した。
「――もしもし?」
「もしもし、カタギリさんのお電話で間違いなかったでしょうか?」
聞き覚えのある声だが思い出せない。
「はい、そうですが……」
「あの、俺です。レグルスのガイヤです」
「ファッ?!」
「えっ?!」
「ガイヤくん?!」
「は、はい!!ガイヤです!!」
私の大声に呼応するように元気な声で名乗ってくれた。
「ご、ごめんなさい!私、ビックリしちゃって……!」
「いえいえ、お元気そうで良かったです!そちらのマンションの管理会社さんから今日窓の交換だと聞いていたので、連絡させてもらいました。もう交換は終わりましたか?」
「は、はい!さっき無事に換えてもらいました!ありがとうございます」
「良かった~。本当にその節は申し訳ありませんでした……」
ホッとしてるのがすごく伝わってくる……、かわいい……。
まさかこの為だけに連絡を……?
「いえいえ。お忙しいのにわざわざ連絡下さってありがとうございます」
「とんでもないです。あの、突然で申し訳ないんですけど、今日この後ご予定空いてませんか?」
「えっ」
「実は今日レグルス全員で出演してるドラマの打ち上げがあって、ちょっと遅めの夜九時スタートになるんですけど良ければ参加しませんか?レグルスのメンバーも全員揃ってますし、ビンゴゲームもあるんで、何かいいものが当たるかもしれませんし……」
「い、いいんですか?!私なんてめちゃくちゃただの一般人なんですけど……?!」
「メンバーもですけど、現場のプロデューサー、監督、ほかの共演者さんとか色んな人にはもう先に許可もらってるんで全然問題ないです!開始が遅いのでお仕事とかに支障なければ是非!」
レグルス全員出演のドラマと言えばあれだ。
『俺たちにだって明日がある』
縁あってシェアハウスに住むことになったレグルスのメンバー六人が恋に仕事に奔走して、時には衝突しながらも、それぞれの生き方を見つめていく笑いあり涙ありのヒューマンドラマだ。
レグルスの六人それぞれの個性がイキイキと活かされていて、脚本も多くの人気ドラマを生み出しているクロウ カンタロウが書いているだけあって毎回毎回とても面白い構成になっている。
視聴率は異例の三十パーセントをキープし続けている社会現象ドラマだ。
私ももちろん毎週欠かさず録画して観ていて、今や生きがいになっている。
まだ放送回数は残っているはずだが、売れっ子揃いなので先に打ち上げをやってしまうのだろうか。
とにかく、このドラマの打ち上げに参加する機会を得るなんて、十億円の宝くじを当てる以上に豪運なことだと確実に言い切れる。
「是非、行きたいです!!」
よし、鏡の返品はあとだ!美容院に行こう。
打ち上げ会場はなんと有名ホテルだと言うし、フォーマルが良いだろうか。
しかし私はただの一般人なのだから、リクルートスーツなんかを着ていった方が分相応だろうか?
九時まであと七時間。
昨日、鏡で味わった恐怖なんてすっかり忘れて、身支度に奮闘した。
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