第5話
えっもう?
あのお店を出てから二時間ほどしか経ってない。
こんなに早く着くものなのかな……?
宅配業者さんとのタイミングが絶妙に合ったのだろうか?
「カタギリ ヒロエさんですねー、受取は大丈夫ですので確認だけお願いします」
わ、金髪の配達員さんって初めてかも。
顔立ちは外国人ぽくないから、抜いてるのかな?
「ありがとうございます。あっ、ここに立てかけてもらっていいですかね」
箱に貼り付けられた送り状には間違いなく私の名前と住所が書いてある。
送り主は、『すてきな雑貨屋さん』
お店のドアプレートの文字と良く似ていた。
「間違いないです。ありがとうございます」
「またお越しください」
「あっ、はい」
一礼してサッと配達員さんは帰っていった。
なんだろう、今違和感が……?
まぁいいか。
とにかく早速開けてみよう。
「わぁ~やっぱりかわいいなぁ~。買って正解だー」
漂うアンティーク感は、このマンションのシンプルな内装と合ってないけど。
飾りの鳥と猫がホント可愛いよなぁ~。
指の腹で猫と鳥をスリスリと撫でていたら電話が鳴った。
マンションの管理人さんからだ。
割れた窓ガラスの交換に、明日来てもらえるという連絡だった。
良かったという感情より、ガイヤくんが治してくれたガラスとお別れになってしまう寂しさが勝っていた。
ガイヤくんが投げたスマホが私の部屋の窓に当たって、いっぱい謝られて、片付けも修理もしてもらって、一緒に美味しくないインスタントのコーヒーを飲んで、笑って、喋って。
……ガイヤくんが使ったマグカップはあの後、洗った。
苦渋の選択ではあったけど、人として大切な何かを守れた気がしている……。
まだ一日も経っていないはずなのに、もう一ヶ月も前の出来事だったような感覚だった。
きっと一度に沢山のことが起きたからだろうと思った。
仕事詰めの毎日だと、この感覚はなかなか味わえない。
一日一日が数時間くらいの感じで過ぎていってしまうから。
昨日と言い、今日と言い、もしかして今が私の人生でピークの幸せな時間なのかも、なんて考えて悲しいような笑えるような言い表せない気持ちになった。
明日が終わって月曜になったら、また『いつも』の始まりだ。
――変わらない日常を過ごせるのは、幸せなことである。
SNSで一時期よく見かけた言葉を思い出した。
しかし、本当に、そうなのだろうか?
災害や犯罪に巻き込まれて、日常を奪われた人にとっては間違いなく当てはまる話だと思う。
でも、それって比較対象があまりに悪いのではないだろうか?
内乱や紛争の起こっている国が事実としてあって、衣食住すら充分に出来ずに生き、食うか食われるかの緊迫した毎日の中で人生を終える人が沢山いる。
戦下になくとも私の想像では遥かに及ばないような、陰惨な目に遭っている人も確実に存在するだろう。
そんな人と比べたら、確かに私は幸福を一身に背負ったような存在と言える。
だけど、そもそもの前提条件が違い過ぎるものを比較して、他人の幸不幸を判断するなんて余りにも雑なんじゃないかと思う。
小学生の時、苦手なものがあったのか給食をどうしても食べられない同級生に、先生がこう言って怒っていた。
「外国にはパンの一欠片も食べられず死んでいく可哀想な人がいるのに、食べないで残すなんて贅沢だと思わないのか、君はその人たちに失礼だと思わないのか」
結局掃除の時間になっても食べられず、冷めているどころかきっとホウキで舞い上がった埃も入っているだろう給食の前で、ずっと泣いている同級生を見て先生の言葉に疑問を感じずにいられなかった。
彼らと私たちを比較したいのならば、私たちも先生も、国民全員が今得ているもの、持っているもの、利用出来るもの全て棄て貧困にあえぐ国の水準に合わせる必要があるのではないかと。
勿論そんなのナンセンスな行為だと分かっている。
だって、享受できるはずの幸せを、受けられるはずのサービスを、貰えるはずの報酬を、自分より不幸な人がどこかにいるから受けません、というのは美徳のように捉えることも出来るけど、歪んでいるようにも思えないだろうか。
大体、人一人が幸せか不幸せかを知ったように他人が判断しているのも変な話だ。
他人がその人の人生をチラ見して、あれは不幸だ、あれは幸せだなんて論じる行為こそ本当に失礼なことなんじゃないか。
私が幸せなのか不幸なのかは、私自身が決めることのはずだ。
私に限らず、生きてる人は全員、そのはずだ。
だから、私が判断したそれを改善したい、しようと願い行動することを誰に恥じる必要があるだろうか。
……要するに、会社辞めたい。
会社、辞めたい……。
「うわーんヤダよヤダよー会社もう行きたくないよーしんどいよー」
唐突に心のままに暴れてみた。
いわゆるスーパーとかでおやつやオモチャを強請る子供のそれだ。
床に仰向けになり、手足を自由に動かす。
「毎日寝て過ごしたいよーお金ほしいよーセレブになりたいよー」
この行動に特に意味はない。
「働きたくないよー不労所得ほしいよー美人になりたいよ……!!」
ガッ
「痛!」
しまった!暴れた手が鏡のフレームに当たってしまったようだ。
すぐ身を翻して鏡の無事を確認する。
猫に思い切り手をぶつけてしまったようだけど、大丈夫そうだ。
手はめちゃくちゃ痛いけど、鏡がなんともなくて安心した。
「ごめんねー猫ちゃん、痛かったねー」
猫の頭をチョイチョイと撫でた。
ピッ
ん?どこかから電子音が聞こえた?
スマホかな?テレビかな?それともDVDデッキ?
音の発生源が分からず、キョロキョロしているとすぐ、
バァーン♪
えっ、パソコンの起動音?
仕事柄聞き慣れているその音は、何故か目の前の鏡から聞こえてきた。
「え?なに、どういうこと?」
私の戸惑いなんてお構いなしに、鏡面にはUIが表示された……。
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