第4話
いつもと同じようで、いつもとは違う朝に思えた。
こんなに爽やかな目覚めは人生史上初かもしれない。
窓が不格好に修繕されていて、ビニールで包まれた姿見がクローゼットに立てかけてある。
普通なら不快に思ったり気分をそがれるところだけど、今の私にとっては天からの祝福の鐘が聞こえてくような光景だ。
夢じゃなかった。
あのガイヤくんと目を合わせて直接お話できたんだ。
昨日、ガイヤくんが座ってた場所や修繕された窓にガイヤくんの幻を余裕で召喚できる。
かっこよかったなぁ、本当に。
それに優しかった。
いつもならダラダラと家で過ごしている休日だけど、ガイヤくんの妄想をしたからアドレナリンでも分泌されているのか、活動せずにはいられない感じだ。
天気もいいし、お買い物に行こう。
良さそうなのがあれば、姿見を買ってもいいな。
お化粧をして、アクセサリーも付けて。
オシャレしてお買い物、なんてのも久しぶりだ。
少し遠出をして、ショッピングモールで洋服や日用品を見て買い物を楽しんだ。
姿見を探すために家具雑貨も見てみたけれど、これという気持ちになれず諦めて帰ろうと歩いている時だった。
「こんなお店、あったっけ?」
赤いレンガ造りの屋根に、木の柱が露出した漆喰壁の半木骨造の平屋。
入口のドアを挟むように配置された木枠の窓には、小さな屋根のような装飾が漆喰で施されていて、ガラスの代わりに藤の花をモチーフにしたようなステンドグラスがはめられている。
蔦が絡まるように作られた突き出しのアイアンサインと、鉄の鋲とヒンジフロントが埋め込まれたアーチ型の木製ドア。
まるでこの区画だけ中世ヨーロッパにタイムスリップしているような異質な建物だった。
ドアをよく見てみると、小さなドアプレートが下げられていた。
“すてきな雑貨屋さん”
右利きの人が無理やり左手で書いたような、ヘロヘロの文字だった。
最近できたお店だろうか。
雰囲気がありすぎて、普段ならきっと尻込みしてスルーしていただろう。
でも今日は、冒険してみたい気分だった。
意を決してドアを開けると、外観と同じかそれ以上の異世界が目前に広がっていた。
売り物なのか、壁はアンティーク調の額に入った絵で埋め尽くされていて、天井からは蝶が連なった飾りが所々吊り下げられている。
店内中、レトロな調度品や雑貨で溢れていて、全て見るにはそれなりに時間が必要そうだ。
少し薄暗い店内には人の気配がない。
もしかして準備中だったのかな……。
さっきまでの冒険心がもう挫けそうになっていた。
「いらっしゃい」
店を出ようか迷っていた私の背後から、声がした。
パッと振り返ると、小さな子供の姿がそこにあった。
金髪の縦ロールに大きな赤いリボン。
フリルが沢山ついた水色のエプロンドレスを着た碧眼の女の子。
アリス――そんな名前がぴったり似合う、可愛い子だ。
「こ、こんにちわ」
ビックリしたけど、なんとか挨拶ができた。
「こんにちわ、何をお探しでしょう?」
日本語が通じそうで、ホッとした。
「あ、えっと姿見を探しているんです」
「姿見……ミラーね。それならコチラです」
こんなに小さいのにお店番ができるなんて、偉い子だなぁと思いながら女の子の後について行く。
「どうぞ、お気に入りの鏡を見つけてね」
女の子はそう言うと、すっと店の奥に行ってしまった。
カラフルなものからシンプルなデザイン、凝った装飾のものまで、一口に鏡と言ってもこれだけの種類があるのかと圧倒された。
その中で一際目をひいた姿見があった。
細かな花と葉の模様が丁寧に彫られた木製フレーム、その右上に番らしい小鳥の飾りと左下には伸びをする猫の飾りが付いている。
アイビーの葉と蔓も繊細に表現されていて、職人技がこれでもかと詰め込まれているように見える。
鳥も猫もアイビーも全部、接着されている様子がないので全て彫り出しだけで作られたもののようだ。
「かわいい~」
値段はいくらなんだろう。
凝った作りだからきっと高いはずだ。
傷つけないように慎重に探したけれど、値札もシールもどこにも見当たらない。
「そちらをご所望ですか」
「わっ」
いきなり声を掛けられて大声を上げてしまった。
予想通り、さっきの女の子がいつの間にか後ろに立っていた。
「あ、はい、でもお高いんでしょう?」
どこか覚えのあるフレーズを素で口にしていた。
「そちらは、五千、円……です」
「ご、五千円?!安い!本当ですか!?」
「五千円です。ただしアンティークですので、傷や汚れがあります。それでもよろしいですか?」
「はい、大丈夫です。えーと自宅への配送は出来ますか?」
「可能ですよ。こちらの紙に氏名住所、電話番号をご記入ください」
「はい」
良かった。
こういう小さなお店だと配送サービスやってないとこもあるからな。
ノスタルジーなコンセプトをここまで追求しながらキチンと時流も押さえてあるなんて、この店のオーナーはきっとやり手なんだろう。
すごくいい買い物ができた気がする。
「またお越しください」
少女に見送られてお店を後にする。
異国情緒溢れる建物とその店先に立つ少女の姿は、子供の頃に読む絵本の世界観を思わせた。
あとは家に届くのを待つばかり。
しかしキズがあるとは言え、アンティークであれだけの装飾をされたものが本当に五千円なのだろうか?
五万円の間違いかもしれないな……。
もし間違いだったとしても、連絡先を残してきたので連絡してもらえるだろう。
あの鏡なら毎日の朝の支度も楽しくなりそう。
同じことの繰り返しの毎日に、少し変化が生まれたようでとても嬉しかった。
家に着いて夕食の用意をしていると、インターホンが鳴った。
出ると、「すてきな雑貨屋さんからお届けものです」
男の人の声でそう言われた。
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