第278話-ブランとゲルード
白いお花の森から出ると、カモミラ王太子妃とドーテさんは直接お城へ戻っていきました。
黒ドラちゃんは古の森に戻ってくると、お家の前の切り株の上に座りました。モッチに見守られながら「ふんぬ~!」と背中の鱗の魔石に気合を入れます。
ブランはすぐに来てくれました。森の奥の黒ドラちゃんのお家の前まで、すごい勢いで飛んできます。そして、黒ドラちゃんが切り株のところに座っているのを見つけると、ホッとしたようにゆっくりと降り立ちました。
「ブラン、すぐに来てくれてありがとう!」
黒ドラちゃんが尻尾を大きく振ってお礼を言うと、ブランは嬉しそうに微笑んでから「それで、今日はどうしたんだい?」と聞いてきました。
「あのね、今日、森にカモミラ王太子妃とドーテさんが来てくれたの」
「ああ、そういえば、雪蜜リンゴを届けるって言っていたな」
「あ、そうだ!雪蜜リンゴもらったんだった!」
「ぶぶいん!」
黒ドラちゃんとモッチはすっかり雪蜜リンゴのことを忘れていました。籠に入ったリンゴは、黒ドラちゃんのお家の中で、甘い匂いを漂わせています。
「いっぱいもらったんだった、ブランも食べる?」
そう言いながら、黒ドラちゃんは一個取り出してブランに差し出しました。黒ドラちゃんのまわりに甘い匂いが強まって、モッチが嬉しそうにグルグル飛び回っています。
「いや、僕は時々食べているから。せっかく持ってきてくれたのだし、黒ドラちゃんが食べなよ」
「うん!ありがとう、ブラン」
早速手にしたリンゴをもしゃしゃかじりはじめます。おいしそうに雪蜜リンゴを食べる黒ドラちゃんを眺めながら、ブランも幸せそうです。でも、ふと思い出したように聞いてきました。
「僕を呼んだのって、リンゴを分けてくれようとしたの?」
「ん?あっ!違う違う、リンゴじゃないの!初恋なの!」
「えっ!?」
突然の告白にブランが赤くなって黒ドラちゃんを見つめます。
「ぶぶいん、ぶぶい~ん!」
「え、ゲルード?」
モッチの羽音を聞いて、ブランの眉間にしわが寄りました。辺りの温度が急に下がって、モッチがぶるっと震えています。
「そうなの、ドーテさんが初恋のゲルードと結婚するんだけどね、」
「ああ、なんだ、初恋って、ドーテのか。ああ、婚約しているね、幼いころから」
「うん、初恋で、婚約で、結婚なんだよね?」
「いや、結婚はまだ先かな……」
「え、でも結婚するって。モーデさんもドーテさんも」
「え、結婚が決まったのかい?」
ブランがすごく驚いています。お城で聞いていなかったのでしょうか。
「ブランはお城でドーテさんとゲルードの結婚のお話、聞いて無いの?」
「いや、ここ数日城には顔を出していなかったから。雪蜜リンゴの話は、少し前に聞いていたんだけど……ゲルードが……」
何だかブランがぼんやりとしています。マグノラさんは、ブランに伝えれば喜ぶだろうって言っていたけど、大丈夫なんでしょうか。
「あ、あのブラン、怒ってない?」
「え、どうして僕が怒るんだい?」
ブランが不思議そうに黒ドラちゃんを見つめてきました。
「だって、ブランとゲルードってあまり、その、仲が良くなさそうだし」
「ぶぶいん」
モッチも『そうだね』って言ってます。
「まあ、うん、確かにここ最近はゲルードは反抗的だな、うん」
ブランはうなずきながらムッとしています。日頃のゲルードとのやり取りを思い出しているんでしょう。
「ここ最近て、どこらへん?ここ最近じゃない時は、ゲルードとは仲良しさんだったの?」
黒ドラちゃんがたずねると、ブランはちょっと考え込んでから淋しそうに微笑みました。
「ゲルードは……可愛かったよ。生まれた時から見守ってきた」
「え!?」
黒ドラちゃんはびっくりしてしまいました。だって、ゲルードの方が見た目が年上だし、おじいちゃんみたいなしゃべり方だし、威張ってる感じがします。とにかくブランから『可愛かった』なんて言葉が出るとは思ってもみませんでした。でも、考えてみれば竜のブランはゲルードよりもずっと年上です。
「ブランはゲルードが赤ちゃんだった頃のこと、知ってるの?」
「ぶぶ、ぶいん?」
「ああ、そうだね。スズロ王子やカモミラ王太子妃、ドーテたち双子も。みんな生まれた頃から知ってるよ」
黒ドラちゃんとモッチに、ブランがこたえてくれます。
「でも、ゲルードは少し、特別……かな」
「とくべつ?」
「ぶぶいん?」
首をかしげる黒ドラちゃんの頭の上で、モッチも一緒にかたむいています。
「ゲルードのことは、ファージュから、彼の母親から頼まれたんだ」
「ゲルードのお母さん!?」
黒ドラちゃんはびっくりしました。ゲルードのお母さんは、ゲルードがとても小さい時に亡くなったと聞いています。でも、ブランはそのお母さんと会ったことがあるみたいです。
「ゲルードのお母さんて、どんな人なの?やっぱりお姫様みたい?魔術が使えたの?」
黒ドラちゃんは思いつくまま聞いてみました。すると、ブランが笑いながら教えてくれます。
「魔術は使えなかったな、魔術師じゃないからね。ただ、そうだね、とても美しい人間だったよ。姿も、心も」
ブランが遠くを見つめながらつぶやきます。
「金色の髪に青い目?」
「ああ、ゲルードは母親に似たんだ」
「ぶぶいん?」
「いや、あのしゃべり方は母親じゃなくて、ゲルードが成長する中で出会った大人たちからの影響だと思うよ」
「ぶいん」
モッチがなるほど、と羽音を立てながら何か紙切れみたいなものに書きこんでいます。
「モッチ、何してるの?」
「ぶぶ、ぶぶいん!」
「アラクネさんの助手?、いつからそんなことやってたの?」
「ぶぶ、ぶいん」
「バッチがつなぐファン通信の新機能?なんかすごいねモッチ、かっこいい!」
黒ドラちゃんがモッチの金バッチをうらやましそうに見つめていると、ブランが軽く咳ばらいをしました。黒ドラちゃんはブランとお話の途中だったことを思い出しました。
「ゲルードのお母さんが、ブランにゲルードのことを頼んだの?なんて?」
「ファージュはお産の後、体の調子が悪くてね。ひょっとしたら我が子の行く末を見守ることができないかもしれないと思ったんだろう。僕にゲルードの守護竜になってほしい、と」
「え、守護竜?そんな竜いるの?」
「いや、守護竜っていうのは、竜の種類じゃなくてね」
「違うの?」
「誰かのことを見守る、常に守ってゆく、そういう存在だよ。ファージュはゲルードにとってそういう存在になって欲しいって、僕に頼んできたんだ」
ブランが籠の中から雪蜜リンゴをひとつ、手に取りました。
「僕の目から見ても、ファージュはあまり良くない状態だった。彼女の願いはとても強く純粋な愛情から出るものだったからね、せめてそれくらいは叶えてやりたいと思ったんだ」
「そうなんだ」
「ぶい~ん」
黒ドラちゃんもモッチも、ブランの言葉にしんみりとしました。
湖の上を風が静かに吹いていきます。
と、黒ドラちゃんはあれ?と思いました。
「でもさ、それじゃなんであんなに仲が悪いの?自分の守護竜なのに、ゲルードってばブランのこと罠にかけたこともあったよね?」
「そうなんだ!全く、あいつときたら!」
ブランも忘れていた怒りがよみがえってきちゃったようです。
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