13章☆甘えるのって、ふわふわなんだ!?の巻

第271話-ふわわわわ~

 バルデーシュの王都の一角、大きなお屋敷の日当たりのよい広い庭で、子どもたちが楽しそうに走り回っていました。そのうち、一人の女の子が庭に脱ぎ捨てていたポンチョを拾い、身に着けると一人の男の子のところへ走っていきました。ニコニコしながらクルッと回って見せます。ポンチョの裾がふわっと広がって、まるで白いお花のようでした。男の子の前に立って、女の子のアメジストのような瞳は、期待でキラキラと輝いています。ちょっと照れたような表情を見せていた男の子が、青い瞳を優しく細め、女の子に何か言葉をかけようとした時です。


「本当にお気に入りなのね、その輝竜様ポンチョが」

 そう優しく微笑みながら、ふわふわとした茶色の髪の女の子が歩いてきました。その後ろから、クルクルとした金色の巻毛の男の子もついてきます。

 茶色の髪の女の子の言葉を聞いて、青い瞳の男の子は、少し離れたところに立つ白いマントの青年を見つめました。プラチナブロンドの髪に、美しく澄んだエメラルドグリーンの瞳。周りにいる子どもたちを優しく見つめながらも、なぜかちょっと近寄りがたいような雰囲気も感じさせています。髪も、瞳も、表情までも、硬質な整い方をした美しい青年でした。


「ブラン……」

 男の子がつぶやきました。それから、目の前の可愛くはにかむ少女に視線を戻します。期待に瞳を輝かせながら、男の子の言葉を待っています。けれど、男の子は唇をぎゅっと噛みしめると、何も言わずに女の子から目をそらして走り出しました。

「あ、待って……」

 白いポンチョを着た女の子がびっくりして呼び止めましたが、男の子は止まらずに走って行ってしまいました。


 後に残された女の子がしょんぼりとうつむくと、白いポンチョの裾が風に吹かれ、花びらのようにひらひらと揺れていました。




 **********




「……ふわわわわ~……」

 エメラルドグリーンの湖をながめながら、黒ドラちゃんは大きなあくびをひとつしました。いつものように良いお天気、古の森はポカポカ陽気です。黒ドラちゃんがバクンッとお口を閉じた時に、後ろの茂みから聞きなれた羽音が響いてきました。


「ぶっぶい~~~ん!」

 古の森に棲むクマン魔蜂一の力持ち、モッチが現れて黒ドラちゃんの前でクルクルと回って見せます。


「おはよう、ううん、もうお昼になるのか。モッチ、ひょっとして新しいはちみつ玉作ってたの?」

「ぶいん!」

 モッチはその通り!と羽音で答えると、どこからか虹色のはちみつ玉を取り出しました。

「あ、それって、ルカ王からもらったあのハスの花のミツで作ったの?」


 黒ドラちゃんが指さしたのは、目の前の湖の真ん中あたりに咲く、大きな薄紅色のハスの花でした。


 すこし前に、モッチがケロールの国で作ったはちみつ玉が、不思議な虹色になったことがありました。とても珍しくて、モッチはそのはちみつ玉を大切にしていたのですが、いたずら好きの夢雲がマグノラさんや黒ドラちゃんたちに怖い夢を見せた時に、追い払うために使ってしまったのです。みんなを助けることは出来たけれど、1個しかない虹色のはちみつ玉が消えてしまって、モッチはがっかりしました。

 すると、アズール王子のファン通信でその話を聞いたアラクネさんが、旅の途中でケロールの国に寄ってきてくれたのです。さすらいの吟遊詩人であるアラクネさんは、モッチが夢雲を相手に大活躍するお話をケロールたちの前で披露してくれました。

 そのおかげで、ルカ王は快くモッチのためにいくつかのハスの種を分けてくれたのです。


 もらった種を黒ドラちゃんたちが湖に沈めてみると、すぐに芽が出て水面まで長く伸びてきました。やがてそこにつぼみが付き、数日経ってみたら大きな美しいハスの花が咲いたのです。そこから集めたミツではちみつ玉を作ると、時々ですが虹色のはちみつ玉が出来るようになりました。


 そんなわけで、モッチはこのところ虹色はちみつ玉つくりに夢中でした。出来上がるまで虹色になるかどうかはモッチにもわからない、とてもワクワクするはちみつ玉作りです。


「ぶいん」

 モッチは虹色のはちみつ玉をひとしきりクルクルと回して眺めると、満足そうにうなずきました。そして、はちみつ玉をどこかにしまうと、ふわんと浮かんで黒ドラちゃんの頭の上にとまります。


「ぶいん?」

「ああ、ドンちゃん?今日はね、グートとマシルに帽子を編んであげるんだって。だからお母さんのところで編み物を習ってるよ」

「ぶい~~ん」

「この頃ね、あたしのことを見るとグートとマシルが登りたがってじっとしていないんだ。そうすると目が離せなくてドンちゃんが編み物出来なくなっちゃうから、ここにいるの」

 そういうと、黒ドラちゃんはまたひとつ小さなあくびをしました。


「あーあ、ひまだなぁ……」

「ぶぶい~ん……」

 黒ドラちゃんは、またまたあくびが出そうになりましたが、楽しいことを思いついてパッと目を見開きました。

「そうだ!ねえ、モッチ、またアラクネさんが古の森に来てくれないかな?」

「ぶぶ、ぶいん?」

「うん、新しく面白いお話をしてもらおうよ!」

「ぶぶ、ぶぶいん、ぶいん」

「え、そっかあ。アズール王子のところにいるのか。王子やキーちゃんたちにお話を聞かせてるのかな」

「ぶ、ぶい~ん」

「しゅざい?しゅざいってなんだろ」

「ぶ……ぶぶ、ぶいん」

「からくりのくわしいお話を聞くのか……じゃあ、忙しいよね、古の森にはなかなか来られないね」

「ぶぶ~ん」

 黒ドラちゃんは「はあっ」とため息をつくと、また湖をながめました。モッチも黒ドラちゃんの頭の上で羽を休めています。ドンちゃんがいれば、グートやマシルのお世話をしたり遊んだりと、とても賑やかなのですが、いないと、とてもとても静かに感じます。というか、たいくつですごくつまらないような気がしてきました。


 二匹そろって大きなあくびをしそうになったところで、誰かが呼ぶ声が聞こえてきました。


 ――黒ドラちゃ~ん――

 ――ドンちゃ~ん――


 女の人の声ですが、ガチャガチャと鎧の兵士さんの歩く音も聞こえてきます。


「!」

 黒ドラちゃんがバクンっっとお口を閉じてパッと目を開けるのと、モッチが「ぶっぶい~~ん!」と大きく飛び上がるのが一緒になりました。


「モッチ、今、誰か呼んだよね?」

「ぶいん!」


 黒ドラちゃんは羽を大きく羽ばたかせて、急いで声の聞こえる方へ飛んでいきました。モッチも黒ドラちゃんの頭に急いでつかまります。飛んでいく間にも、再び声が聞こえてきました。


 ――黒ドラちゃ~ん、ドンちゃ~ん――

「カモミラ王女、じゃなかった、カモミラおーたいひひーだ!」

「ぶぶいん!」


 ――モッチ~、グートちゃん、マシルく~ん――

「ドーテさんの声もした!」

「ぶいん!」


 黒ドラちゃんは、声のする方へどんどん飛んでいきました。


 やがて森のはずれに、馬車が止まっているのが見えてきました。そこには、鎧の兵士さんに守られたカモミラ王太子妃と侍女のドーテさんが、黒ドラちゃんたちを待ってくれていました。

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