12章-了 想いが重なって
それからのドンちゃんと食いしん坊さんは、前よりももっともっと仲良くなりました。
『不安に思ったり不満に感じたりしたことは、相手がゆっくりと考えられる時にお話しする』
『我慢しすぎて爆発する前に、上手に相手に伝えよう』
『お母さん、お父さんも、赤ちゃんと一緒に成長するもの』
あのお助け本には、先のノラウサギたちの教訓とも反省ともとれる言葉がたくさん書かれていました。もちろん、赤ちゃんがどのくらいたくさん飲んだとか、ウンチがどんなだったとか、初めてしゃべった時のこと、跳ねた時のこと、お耳をピンとさせた時のこと……子育て日記らしいこともたっくさん。
ドンちゃんと食いしん坊さんは、それを一緒に読むことで少しずつ親になる心の準備を整えました。周りで見守る黒ドラちゃんやモッチ、アラクネさんも、一緒に赤ちゃんを迎える存在として、だんだんと気持ちが落ち着いてきました。と言っても特に何も変わったことはしていません。一緒に木の実を探したり、湖で跳ねるお魚を眺めたり、たまにやってくるアラクネさんのお話をドキドキわくわくしながら聞いたり……それはいつもの古の森での暮らしでした。ドンちゃんと食いしん坊さんが仲良く楽しい気持ちで赤ちゃんを迎えられるようにと願いながら、普段と同じように毎日を過ごしていたのです。
お母さんがノラクローバーの枯れ草で二つ目のおくるみを仕上げた頃、ドンちゃんは巣穴から出てこなくなりました。そして、食いしん坊さんがお城のお仕事をお休みして、黒ドラちゃんたちが心配で巣穴の周りをうろうろしていた二日目の朝、巣穴の中から現れた食いしん坊さんは、灰色の赤ちゃんノラウサギをおくるみでくるんで抱っこしていました。
「生まれた!生まれたんだね!食いしん坊さんにそっくり!可愛い!」
「ぶいん!ぶぶいん♪」
黒ドラちゃんもモッチも嬉しくて、初めて見る赤ちゃんに興奮して大騒ぎしそうになりました。すると、食いしん坊さんが「お静かに」と前足で制します。そして、ちょっと巣穴の出口を横にずれました。
巣穴の中からドンちゃんが現れます。ドンちゃんもおくるみを抱っこしています。さてはこちらの子はドンちゃんそっくりの茶色のノラウサギか!?と黒ドラちゃんたちが身を乗り出して覗き込むと、そこに眠っていたのは真っ白なノラプチウサギの赤ちゃんでした。
「ぶぶいん!?」
「こっちの子はノラプチウサギ?小さくて可愛いね!おばあさまに似たのかな?」
ドンちゃんの腕の中ですやすやと眠る赤ちゃんノラプチウサギは大きさこそ違いますが、ノーランドの王宮の森に棲む食いしん坊さんのおばあさまにそっくりのふわふわした真っ白の毛並みでした。
「そうかも。でもね、灰色の子は女の子で、この子は男の子なの」
ドンちゃんが嬉しそうに微笑みます。
「えっ!そうなの!?じゃあ、食いしん坊さんそっくりの女の子と、おばあさまそっくの男の子だね!」
「でも、二匹とも、瞳はドンちゃんそっくりの優しい茶色なのよ」
いつの間にかドンちゃんのお母さんも巣穴から顔を出しました。一晩中ドンちゃんが赤ちゃんを産むのをお手伝いしていたようです。ちょっと疲れているようでしたが、赤ちゃんを見つめる顔は嬉しそうに輝いていました。周りの木々の上には、魔リスさん、魔ネズミさんの姿も見えます。
新しい命の誕生に、森全体が喜んでいるようでした。
二匹の赤ちゃんは、それぞれおくるみの中ですやすやとねむりながら小さなお鼻をもぞもぞとさせています。黒ドラちゃんもモッチも他のみんなも、なんとなく息をするのも小さくして、可愛い寝顔をのぞきこんでいました。しばらく眺めていると、初めて嗅ぐ森のにおいに刺激されたのか、灰色の方の赤ちゃんがうっすらと目を開けました。
「あ、本当だ!ドンちゃんそっくりのお目めしてる!」
思わず黒ドラちゃんが大きな声を上げると、ドンちゃんの腕の中の真っ白赤ちゃんも目を覚ましました。
「ぶぶいん!」
こちらの赤ちゃんも茶色の瞳です。
「ドンちゃんそっくり!可愛い!」
「ぶぶいん!」
「ハニー、ありがとう。こんなに可愛らしい子どもたちに出会えて、私は幸せ者だよ」
食いしん坊さんがちょっと目を潤ませながらドンちゃんにささやきます。
「わたしも、とっても幸せ。ありがとう食いしん坊さん」
ドンちゃんが同じように瞳を潤ませながら食いしん坊さんに寄り添います。ラブラブでハッピーなノラウサギ夫婦の図に、でっかい黒ドラちゃんが重なりました。
「うわ~ん!良かったよ~!ドンちゃん、食いしん坊さんおめでとー!あたし、すっごく嬉しい!」
そのまま二匹を抱きしめます。もちろん、赤ちゃんもいますから、力加減はしてるみたいです。
「ぶぶい~~~ん!」
頭の上ではモッチももらい泣きしています。でも、黒ドラちゃんとモッチの大きな泣き声に、赤ちゃんたちはびっくりしたようです。
「ふ、う、ふえぇ~~~~~~ん!」
「ぶ、ぶえぇ~~~~~~ん!」
二匹揃って大きな声で泣き出しました。あわてて食いしん坊さんとドンちゃんがおくるみを揺すります。
「ほ~らべろべろばあ~!」
「ぶぶぶい~~~ん!」
黒ドラちゃんとモッチが一生懸命にあやすと、おくるみの中の赤ちゃんたちは泣き止みました。そして不思議そうに黒ドラちゃんたちを見つめています。
「ど、どうしよう、あたし見られてる?すっごく見られてる?」
「ぶぶいん?」
黒ドラちゃんとモッチはどうすれば良いのかわからなくて、助けを求めるようにドンちゃんのお母さんの方を見ました。
「たくさん話しかけてあげて。今はしゃべれないけれど、きちんと聞こえているのよ」
ドンちゃんのお母さんの言葉に、黒ドラちゃんたちは驚きました。
「本当?しゃべってることわかってるのかな?」
「ぶぶいん?」
ドンちゃんがおくるみの中に話しかけます。
「黒ドラちゃんとモッチよ。あたしの一番のお友だちなの。とっても優しいのよ」
食いしん坊さんも腕の中の赤ちゃんに話しかけます。
「お前のおばあさまだよ。このおくるみもおばあさまが編んでくださったんだよ」
ドンちゃんのお母さんが嬉しそうに微笑みました。黒ドラちゃんもモッチも、なんとなく恥ずかしいような誇らしいような気がして、その場でシャキンっとまっすぐに立ちます。
「よ、よろしく、はじめまして、あたし古の森の黒です!」
「ぶぶ、ぶいん!」
「やだ、黒ドラちゃんんもモッチも、畏まりすぎだよ、もっと普通にして」
ドンちゃんが笑いながら話しかけた時です。
おくるみの中から笑い声が聞こえてきました。キャッキャと上がるその声に、食いしん坊さんが抱えるおくるみの中の赤ちゃんも笑い出しました。
二匹の赤ちゃんの小さな笑い声は、古の森の中にゆっくりと広がっていきます。
「笑った!」
「笑ったわね」
「ぶぶいん!」
赤ちゃんの笑い声に、周りのみんなの楽しそうな声が重なります。
たくさん助けられて、たくさん笑って。たくさんの想いを載せて。
食いしん坊さんの実家から送られてきたお助け本には、新たなページがずいぶん増えました。時々は黒ドラちゃんやモッチや、アラクネさんの感想なんてものまで書き込まれています。
この世にたった一冊しかない、宝物。
古の森のみんなの手で書き綴られていく物語
それはいつか、次の新たな読み手のもとへと―――
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