第235話-美しきフラック王国
ルカ王の瞳に、ようやくフラック王国の姿が映りました。豊かな緑と、きれいな水辺と、そこに暮らすケロールたちの姿。そして、蓮の葉の上で美しく輝く、王子たちの残した、たくさんの卵たち。
「ああ、なんで私は……」
ルカ王が蓮の葉の上の卵を抱きかかえてうずくまりました。
「王様!」
ミラジさんがルカ王の足に縋り付きます。
「ミラジ、お前にも……長い間すまなかった」
「いえ、いえ、それより卵が!」
ミラジさんに言われて卵を見れば、ルカ王の腕の中で淡く輝いています。やがて、卵からは次々に小さなカエル妖精が姿を現しました。卵から孵ったカエル妖精の子どもたちは、可愛らしい声で喜びの歌を歌い始めます。
「お、お、おおっ」
ルカ王は涙を流しながらその歌を聞いていましたが、やがてかすれた声で自身も歌いだしました。ルカ王の歌を聞いて、周りの小さな池からもケロールたちの喜びの歌が小さく聞こえてきます。やがて、小さな合唱は、力強く響きだしたルカ王の歌に寄り添うように、大きく大きく広がってゆきました。
大池の蓮の花がゆっくりと、そして次々と開いていきます。夜が近付いているのに、空に虹がかかります。フラック王国は、何十年かぶりに潤いに満ちた歌声に包まれていました。
本当の意味での美しい景色が、黒ドラちゃんたちの目の前に広がっていました。初めて耳にする喜びの歌声が胸に沁みわたります。ミラジさんの言う通り、ルカ王の歌声とケロールたちの合唱は、素晴らしいものでした。
「良かったね、ミラお爺さん、ルカ王の『呪い』解けたね!」
黒ドラちゃんが嬉しくて話しかけると、ミラジさんがホッと息を吐きだしながらつぶやきます。
「ええ、本当に、本当に良かった」
心底安心したように、涙ぐみながら何度も何度もうなずいています。ドンちゃんも食いしん坊さんと手を取り合って喜んでいます。リュングもラウザーと抱き合っているし、ラキ様も大池の上で微笑んでいます。袖から次々に花びらを取り出しては、辺りに撒いてくれています。マグノラさんは、たくさんの花びらを用意してくれていたようです。
ルカ王の姿は、本来の年老いたカエル妖精に戻り、王子様だったころの美しい面影はありません。けれど、その姿はたくさんのケロール達を統べる王としての威厳と誇り、そして喜びに満ちていました。
モッチも開いた蓮の花から、ようやくはちみつ玉を作り出すことが出来ました。まわりのケロールたちが嬉しそうにはちみつ玉に群がってきています。
「ぶぶい~~ん♪」
みんなに喜んでもらえて、とても嬉しそうです。
呪いが解けた今、フラック王国に優しい夕暮れが訪れていました。わずかな残光で輝いている虹が消えれば、もうすぐ穏やかな夜がやってきます。
黒ドラちゃんたちが帰る時が来たのです。
「皆様、本当にありがとうございました」
ルカ王が深々とお辞儀をすると、周りに集まっていたケロール達もお礼の歌を歌います。
王の近くにいる王子たちの忘れ形見も、そろって可愛らしい声で歌ってくれました。
「良かった。あたし、フラック王国にきて良かったよ!ケロールのみんなと知り合えて本当に良かった」
「ぶいんぶいん!」
「うん。とっても楽しかった。ルカ王とお話できて良かった」
黒ドラちゃんも、モッチもドンちゃんも、みんな笑顔です。ふと、食いしん坊さんが辺りをキョロキョロと見回し始めました。
「どうしたの?」
ドンちゃんがたずねると「先ほどからミラジさんをお見掛けしないのだが」と答えが返ってきました。そう言われて辺りを見回した黒ドラちゃんは、さっきまでみんなで集まっていた場所にミラジさんがいるのを見つけました。
「あそこ、ミラお爺さん、あそこで寝ちゃってるよ!」
そう言いながら、ミラジさんのそばに走っていきます。
「ミラお爺さん、起きて!」
そうしてミラジさんの体を揺すろうとして、手が止まります。
「古竜様、どうされました?」
後ろからやってきたリュングに声をかけられましたが、黒ドラちゃんは答えられません。
「古竜様?ミラジさんは?」
覗き込んだリュングも言葉を失いました。ミラジさんだと思っていたのは、岩でした。ミラジさんそっくりの大きな茶色い岩が、そこにありました。
「ど、どういうこと?ミラお爺さんはどこに行っちゃったの?」
ようやく黒ドラちゃんが口にした疑問に答えてくれたのは、食いしん坊さんでした。
「長い長い年月を過ごした茶砂トカゲは、生を全うすると砂に返っていくと聞いたことがあります。ミラジさんは、己の信じる生を全うしたのでしょう」
気が付くと、ルカ王がミラジさんだった岩の前にひざまずいていました。
「ミラジ、ミラジ……」
目の前の岩を愛おしそうに撫でようと水かきのついた手を伸ばします。けれど、ミラジさんの岩は、ルカ王が触れる直前に、端から崩れサラサラと砂に変わっていきました。
「過酷な砂漠の環境を生きる茶砂トカゲの寿命は、20年程度と聞いていたので不思議に思っていたのですが、おそらく水と緑の豊富なフラック王国で過ごしたからこそ、ミラジさんはこんなにも長く生きられたのではないでしょうか」
食いしん坊さんの言葉をみんなは静かに聞いていました。
「何より、ルカ王を支えたいという強い気持ちがあったからこそ……」
うずくまるルカ王の背中に語り掛けると、食いしん坊さんはミラジさんのいた場所に深々とお辞儀をしました。リュングも、ドンちゃんも、その場にいたみんながそれに倣います。
ラキ様が撒いた花びらが、風に乗ってミラジさんの砂山の上に優しく降り積もりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます