第225話-砂漠の宝石

 ミラジさんの言葉を聞いて、ドンちゃんがコテンっと首をかしげながらつぶやきました。

「ミラジさんをくわえるって、すごく大きなカーラスじゃないと無理だよね?」

「ぶぶいん」

 モッチもそうだねって言ってます。ミラジさんはトカゲと言っても、大トカゲって感じです。竜のふりをするくらいですから、今、砦の上を群れで飛んでいるカーラスより全然大きいんです。ミラジさんも空を見上げました。群れでくるくる飛んでいるカーラスを眺めてから、ふうっとため息をつきました。


「数十年も昔の大嵐の前ですぞ?わしにだって若くて可愛い頃があったんです」

 黒ドラちゃんとドンちゃんは顔を見合わせました。モッチも「ぶぶいん?」と疑わしそうに羽音を立てています。


「虹色の柔らかボディに金色のお目めで『砂漠の宝石』などと呼ばれたこともあったんですぞ」

 ミラジさんがちょっと強気で答えましたが、みんなの目はますます疑わしそうになりました。だって、ミラジさんの体は茶色くて岩のようにゴツゴツしています。皮だって見るからにザラザラしていて、どちらかと言えば『砂漠の岩石』って感じです。


「あ、でも、そう言えば聞いたことがあります。砂漠の宝石……そうですね、茶砂トカゲの幼体はそんな呼ばれ方をしていたかもしれないです」

 後ろから、リュングが教えてくれました。

「ご存知ですか!?そう、わしもあの頃は間違いなく砂漠の宝石だったんです!」

 ミラジさんが嬉しそうに尻尾を振り上げます。

「それで、体もお目めもピカピカしていたから、カーラスにさらわれちゃったの?」

 ドンちゃんの言葉にミラジさんがうなずきます。

「そう、そうなのです。砂から顔を出した一瞬でした。パクッと」

 黒ドラちゃん達はダンゴローさんが金のスコップをカーラスに取られてしまった時のことを思い出していました。


「わしも初めはがんばりましたが、柔らかボディで暴れてもカーラスのくちばしはビクともせんで。このまま巣に連れて行かれ干からびるか喰われるか?とあきらめかけました」

 ミラジさんがうつむきながら話します。

「でも、ケロール達の歌のおかげで助かったんだね?」

「ええ!そうなのです!」

 ミラジさんの金色の瞳が輝きました。

「美しい歌声を聞きながら、虹をくぐった時、思わずカーラスが自分も歌いたくなったらしくて、口を大きく開けまして」

 再びその時のことを思い出したのでしょう、ミラジさんが空を見上げました。砦の上では、カーラスが群れで輪を描いて飛んでいます。その様子に、ミラジさんは遠い日のことを思い出しているようでした。



 *****



 カーラスに咥えられ、棲み処の砂漠からどんどん遠ざかるも、ミラジさんはどうすることも出来ずにいました。もはやこれまで……とあきらめかけた時に、チャンスは突然訪れました。


 草原を渡る風と共に、虹の下からケロール達の歌声が響いてきたのです。その歌声に誘われるように、カーラスが大きく口を開けました。今だ!と柔らかボディを煌めかせ、一瞬でミラジさんは自由の身となりました。でも、カーラスの口から解放されても、ミラジさんは飛ぶことなんて出来ません。空の高いところから真っ逆さまに落ちて行きます。


 ああ、せっかく自由になれたのに……


 悲しい気持ちでどんどん落ちて行くミラジさんを、意外なものが受け止めてくれました。それは大きく丸い葉でした。しかも下には水のクッション。ミラジさんは大池の蓮の葉の上に落ちて、命拾いしたのです。


「さすがのカーラスも、フラック王国の王族の池に落ちたわしのことを追いかけては来ませんでした」

「そっかあ、良かったね!」

 黒ドラちゃんとドンちゃんはホッとして顔を見合わせました。モッチもホッとしてた様子で、どこからか白い布を出してきて汗を拭いています。


「ルカ王は王族の池に落ちてきたわしのことを追い出したりせずに、ゆっくりしていきなさいと言ってくださいました」

「へ~!」

 大嵐の前のルカ王は優しくて、良い王様だったみたいです。

「わしはルカ王と、ケロール達の歌に命を救われました。そして、フラック王国で暮らすうちに、あの国が大好きになりました」

 金色の瞳が遠くを見つめます。

「本来は砂漠の生き物であるわしが、水と緑のフラック王国に縁あってたどり着いた。ならばここで、ルカ王のもとで生を全うしよう、そう思ったんです」

「なるほど」

 食いしん坊さんが深くうなずいています。

「それで、長い間ルカ王に仕えていた、と?」

「はい。大嵐の後で変わってしまわれたと言っても、私にとってルカ王はルカ王です。ルカ王が『呪われている』と思っている以上、それを『解いて』差し上げたいのです」

 黒ドラちゃんもドンちゃんも、モッチもうなずいています。食いしん坊さんも大きくうなずきながらミラジさんに話しかけました。

「もちろんです。我々で出来る限りの協力はいたしましょう」

「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」

 ミラジさんが、みんなに向かって何度も何度も頭を下げます。尻尾は嬉しそうにパタパタと上下に揺れていました。



 黒ドラちゃんたちは、スズロ王子たちと別れて南の砦を後にしました。砦を出発する時に、ラキ様とラウザーには「先触れ隊、がんばってきます!」と言っておきました。リュングが、ラキ様の後ろで小さくうなずいてくれました。ブランはスズロ王子たちと一緒に砦を回ってから、そのあとで古の森へ来てくれると言っていました。ミラジさんは、みんなが協力してくれると言ったので安心したんでしょう。久しぶりの砂漠で、のんびり茶砂トカゲっぽい生活を満喫したいと言うので、南の砦を出たところで一度お別れしてきました。あれだけ大きな体ですから、綺麗な金の瞳を光らせても、もうカーラスにもさらわれたりはしないでしょう。

 砂の中で尻尾を振ってくれていたミラジさんの姿は、すぐに風景の中に溶け込んで見えなくなりました。




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