第224話-水と緑と虹の国


「何を心配することがあろうか、我は己の身くらい守れるわ」

 ラキ様がラウザーの心配を鼻で笑うようにそっぽを向きました。でも、うっすらと頬が赤くなっています。

「そうだけど、ラキ様は強いけど……でも、困ってる奴を見ると自分のことも顧みず手を差し伸べっちゃったりするじゃないか!それでラキ様が困ったことになったりしたら……」

 ラウザーは尻尾を握りしめながらラキ様を上目づかいで見つめました。

「ラキ様、とりあえず、まずは古竜様達に任せませんか?今回はグィン・シーヴォ様もご一緒ですし」

 リュングがラキ様とラウザーの間に立ってとりなし始めました。

「そう言えば、ルカ王子(・・)はダンゴロー英雄譚のことはご存じなのですか?」

 リュングがミラジさんにたずねると、勢いよく返事が返ってきました。

「はい!他国との交流が途絶えてしまったフラック王国では、唯一外から入ってくる妖精の吟遊詩人の歌は大人気です!ルカ王も耳にされて大変お気に入りです」

「それならば、女神様がフラック王国の観光を望まれていて、しもべの黒竜が先触れで訪れた、としてはいかがでしょう?」

 リュングの提案にミラジさんが大きくうなずきます。

「そうですな、それであればわしも皆様をお連れしやすいです」

 ミラジさんの返事を聞いて、リュングはラキ様を振り返りました。

「ラキ様、こういう時、大物は後から登場するものです。昔からお話ではそういう風に決まっています」

「ふむ」

「ここは古竜様達にしもべのふりをしていただき、まずはルカ王の世界に入り込んでいただきましょう」

「ふむふむ」

 ラキ様も、リュングの言葉なら頬を染めずに聞いてくれるようです。


「本当にラキ様のお力が必要で、恵みの雨でルカ王の呪いを解けるという雰囲気になれば、陽竜様を従えてフラック王国に乗り込めば良いのです」

 心配そうなラウザーの横で、リュングがラキ様を説得します。

「そうだよ!それが良いよ!」

 ラウザーは尻尾をぶんぶん振ってリュングの言葉に大賛成しています。それをチラリと横目で見たあと、ラキ様はふっとため息をこぼすと黒ドラちゃん達に向き直りました。


「我の先触れで行くのだからな、何か困ったことがあれば必ず知らせよ。すぐに飛んで行ってやろうぞ、コレで」

 そう言ってラウザーの尻尾に小さな稲光を落とします。

「ぴゃっ!」

 と叫んでから尻尾を握りしめたラウザーは、嬉しそうにオアシスの上のラキ様を見上げました。



「さて、それではフラック王国に出かけるメンバーも決まったことですし、準備に取り掛かりましょう」

 ゲルードの声で、鎧の兵士さんたちが動き出します。もう何度も黒ドラちゃんのお出かけの為に動き回っている兵士さんたちの動きには無駄がありません。それを見ていたコレドさんが残念そうにつぶやきました。

「ということは、皆様の砦の見学は延期ですな」

「コレド、せっかく準備してくれたのだろう?私とカモミラ王女はこのまま回らせてもらおうと思う」

 スズロ王子の言葉にコレドさんは顔を輝かせました。

「ありがたきお言葉!お二方をお迎えできることは大変光栄なこと。中の兵士に伝えてまいります!」

 丸い体が弾むように建物の中に入っていきました。


「では、フラック王国への出発の準備はゲルードに任せる。頼んだぞ」

 スズロ王子の言葉に、改めてゲルードがうなずきます。ゲルードの頭の上では、モッチがスズロ王子にメロメロになりながら一緒にうなずいています。どうやら黄色の大きなはちみつ玉は、王子の肩のたんぽぽ妖精のポポンから特別に蜜を分けてもらったようです。ポポンが嬉しそうにモッチに手を振っています。

「ぶいんぶいん!」

 必ずルカ王に届けるよ!とモッチが約束していました。みんながどんどんお出かけに前向きに動き出す中、ミラジさんがホッとしたようにつぶやきました。


「良かった、なんとか間に合いそうじゃ……」


 食いしん坊さんが首をかしげて聞き返しました。

「なんですかな?何か待ち合わせかお約束でもされているのですかな?」

「いえいえいえいえ、なんでもございません、フラック王国に出かけるなら、今はちょうど良い季節だと思っただけで」

 ミラジさんがあわてて首をふるふる、尻尾をびたんびたんと振りました。


 美しい緑と水辺の国、フラック王国では、春から夏にかけてが一番良い季節とされています。それはケロール達の大好きな温かい雨がたくさん降る季節だからです。降り注ぐ雨はケロール達に潤いを与え、時折顔をのぞかせる陽の光はケロール達に爽やかな風をもたらします。


「大嵐の前のフラック王国では、この季節になるとたくさんの観光客が訪れたものでした」

 ミラジさんが目を閉じて懐かしそうにつぶやきます。

「え、観光客?何を見に来るの?」

 黒ドラちゃんが不思議そうにコテンっと首をかしげると、横でドンちゃんも同じように首をかしげました。

「フラック王国のケロールの歌は素晴らしいのです。歌が国中に広がると、蓮の花が一斉に咲き大池の上には見事な虹がかかります」

 昔を思い出すように、金色の目を開き遠くを見つめます。

「王族の棲む大池から歌声が始まり、それは周りの小さな池にどんどん広がって、やがて草原中に響き渡るのです」

「へえ~!」

 黒ドラちゃんもドンちゃんもケロールの歌声が響く様子を想像して、わくわくしてきました。あるわけもない虹を探して思わず空を見上げちゃいます。あ、カーラスが群れで飛んでますね。


「そう、それは空を横切るカーラスが、思わず口にくわえた光り物をポロッと落としてしまうほどの……」

「へえ~!それはすごいね!」

 黒ドラちゃんは空を見上げながら感心しました。カーラス達が、くわえた光り物をうっかり落とすなんて、絶対って言っていいほど無さそうです。カーラスの光り物好きを知っているみんなも、周りでうなずいています。


「そして、そのおかげでわしは助かりました」

「えっ?」

 今度こそ黒ドラちゃんは驚きました。


「わしはカーラスにくわえられて巣に運ばれる途中でした。その時、フラック王国の上を通りかかったのです」







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