第218話-ミラじいさん

「いったい何事ですか!?」

 コレドさんが兵士をかき分け黒ドラちゃん達の前に飛び出してきました。ラキ様が「騒ぎの元はソレじゃ」と指差すものを見て、動きが止まります。白砂の上に置かれた黒竜の姿をみて、コレドさんがつぶやきました。


「茶砂トカゲ……ですか?」


 それを聞いて黒ドラちゃんはギュッとつぶっていた目を開きました。


「ちゃすなトカゲ?」


 そう言われてあらためて黒竜のことを見てみます。なるほど、羽が外れた黒竜は、丸っきり大きめのトカゲさんでした。


「えっと、黒竜がトカゲになっちゃったの?」

 黒ドラちゃんは混乱しました。自分もトカゲさんになっちゃったりしたらどうしよう、と心配になってきたのです。ドンちゃんに寄り添っていた食いしん坊さんがスッと前に出てきました。剥がれた黒竜の羽を持ち上げます。


「これは……作り物のようですな」

「えっ!?」

 みんなが食いしん坊さんの手元を見ます。骨だと思っていたのは木で出来た枠のようでした。溶けてしまった羽は、どうやら薄い紙で出来ていたようです。何より、真っ黒だった体の色が、水に濡れたせいで落ち始めていました。白砂に黒い色が広がって、その真ん中には一匹の年老いた茶色の大きなトカゲがのびていました。


「コレドさん、茶砂トカゲって黒竜なの?」

 まだ良く事情がのみ込めなくて、黒ドラちゃんがコレドさんにたずねます。

「いえいえ、茶砂トカゲはトカゲですよ、もちろん。皆様のような竜とは全く違います」

 コレドさんの言葉につなげるように、ブランが言いました。

「どうやら、自称「黒竜」のようだね」

「どういうこと?」

 黒ドラちゃんがコテンと首をかしげると、横でドンちゃんも同じように首をかしげています。

「理由はわからないけれど、その茶砂トカゲは体の色を染めた上に作り物の羽まで付けて『竜』のふりをしてしていた、ってことさ」

「竜のふり?なんでそんなことしたのかな?」

「さあ……。それはそこのトカゲに聞くのが一番じゃないかな?」

 ブランの視線をたどってみると、茶砂トカゲが砂の上で薄らと目を開けてぼんやりとしています。


「あ、トカゲさん、気が付いた?良かったあ」

 黒ドラちゃんが声をかけると、茶砂トカゲはハッと大きく目を見開き、クルっとひっくり返るとその場に這いつくばって謝りだしました。

「も、申し訳ございません!!なにとぞ!なにとぞお許しを!」

 砦から出てきたたくさんの兵士さんに囲まれて、茶砂トカゲのおじいさんはぶるぶる震えています。

「やれ、茶砂トカゲの爺よ、おぬし何故に竜などと名乗ったのじゃ?」

 ラキ様がオアシスの上からたずねると、茶砂トカゲのおじさんが一層体を低くして、何度も頭を下げながら話し始めました。


「わ、わしはフラック王国で長く世話になっております、茶砂トカゲのミラジと申します」

「フラック王国?ミラ爺(じい)?」

 黒ドラちゃんとドンちゃんが、顔を見合わせて首をかしげます。

「フラック王国とは、我が国の東に連なる場所に位置する小さな国ですが……」

 先ほどの騒ぎの時に兵士さんたちと一緒に出てきたのでしょう、ゲルードが後ろから教えてくれました。

「けれど、私が学んだ歴史では、数十年前の大嵐の影響で、あの国は無くなってしまった、と聞いております」

 ゲルードが呟くように話した内容に、茶砂トカゲのミラジさんがグイッと顔をあげて反応しました。

「無くなってはおりませんぞ!確かにかなり小さくなってはしまいましたが、フラック王国は、ルカ王は、ご健在です!」

 びしょびしょに濡れた体で、さっきまではガタガタ震えていたのに、今は尻尾の先までピーンと張りつめています。


「ルカ王は今もフラック王国を治めておいでです!……一応」

 あれ、最後の方でちょっと元気が無くなっちゃいましたね?


「確かに、ルカ王とは大嵐の時にフラック王国を治めていた王の名ですな。なるほど今もご健在と。だが、『一応』とは?」

 ゲルードがたずねると、ミラジさんが一瞬ごくりとつばを飲み込みまわりのみんなを見回しました。尻尾を一度大きく振り上げて口を開きましたが、言葉が出てこなくて尻尾をぱたりと地面に落とします。ちょっとだけ考えた後で、意を決したように顔を上げると「お、お願いがあってまいりました!」と叫びました。その目はオアシスの上でピカピカキラキラと稲光を発しているラキ様に向けられています。


「わしがこのような真似をして現れたのは、恵みの雨を降らせたという女神様にお願いがあったのです!」

「え?なに?ラキ様にお願い?」

 ラウザーがミラジさんとラキ様を交互に見て、不安そうに尻尾を握りしめています。

「なにとぞ!なにとぞフラック王国をお救い下さい!どうか!女神様のお力で、王子の呪いを解き放っていただきたいのです!!」


「呪い!?」

 みんなの声が重なりました。


「呪いとは、これはまた物騒なお話ですな」

 ゲルードがコレドさんと顔を見合わせてました。と、ラウザーが尻尾を放り出してミラジさんの前に仁王立ちになりました。

「ラ、ラキ様を呪いに近づけるなんてダメだよ!」

「ちょっとラウザー、落ち着こう。まずは詳しい話を聞くべきじゃないかな?」

 ブランが冷静に止めています。なんだか、黒ドラちゃんが関わっていないので、いつもと立場が逆になっているみたいです。



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