第216話-大張りきりのラウザー

「まあ、そこにいたの?モッチ。今日も元気いっぱいね」

 カモミラ王女に微笑みかけられ、モッチは嬉しくて辺りをクルクルクルル~!と飛び回りました。黒ドラちゃんがモッチに気を取られていると、背中からドンちゃんが「ねえ、黒ドラちゃん……」と言いながらツンツンとつついてきます。

 黒ドラちゃんはハッとしました。

「あ、そうだった!あのね、この花束はカモミラ王女にプレゼント!それとね、スズロ王子にはモッチがはちみつ玉を用意してくれてるはずなんだけど……」

 黒ドラちゃんがそう言うと、夢中でクルクルしていたモッチがハッ!としたように止まりました。

「ぶ、ぶいん!」

 あわててスズロ王子の真ん前に飛んでいくと、大きな大きなはちみつ玉を取り出しました。いったいどこにしまってあったんでしょうね?


「これを私に?」

 王子がたずねると、もちろんですよ!と言うように「ぶぶい~~ん♪」とご機嫌で羽を鳴らしています。王子がにっこりと微笑んで受け取ると、モッチはうっとりとしながらその場でゆらゆらし始めました。


「さて、では古竜様にはいつものように変身していただき、輝竜殿と同じ馬車に乗っていただきましょうか」

 ゲルードに声をかけられて、黒ドラちゃんは「ふんぬ~!」と掛け声をかけると、おなじみのドンちゃんスタイルになりました。茶色のワンピースに茶色の編上げブーツ、今日は南の砦をあちこち案内してもらうつもりなので、動きやすい服装にしたんです。普段は背中の真ん中についている魔石は、エメラルドのネックレスに変わっていました。黒ドラちゃんの可愛らしさに磨きがかかっています。

 食いしん坊さんがドンちゃんを優しくエスコートして魔馬車へ乗せてくれました。黒ドラちゃんも、ブランに手を取られて魔馬車へと乗り込みます。


「さあ、それでは南の砦に向かいましょう」

 ゲルードが馬上から声をかけると、魔馬車はゆっくりと進み始めました。


 黒ドラちゃんはなんだか変な感じがしました。どうもいつものお出かけと違うような……何かが足りない気がします。

「そうだ!鎧の兵士さんたちは?どうして一人もいないの?」

 黒ドラちゃんが不思議そうにたずねると、ブランがすぐに答えてくれました。

「今日は僕も黒ちゃんもいるからね。いつもの兵士たちは先に南の砦に向かってもらっているよ」

「そうだったの!?」

「ああ。スズロ王子とカモミラ王女を迎えるために、南の砦も色々と準備があるだろうからお手伝いに行ってもらったんだ」

「へえ~」

 黒ドラちゃんがなるほどなるほど、とうなずいているうちに、気づけば魔馬車は砂漠に出ていました。


 ――見渡す限りの砂 砂 砂……


 何度見ても驚いてしまいます。わずかな緑と、蛇さんやトカゲさんとかの少しだけの生き物。毎日緑に囲まれて暮らしている黒ドラちゃんにとっては、ラウザーの棲む南の地方は別世界のように思えるのです。


「そう言えば、最近ラウザーってば遊びに来ないね」

 黒ドラちゃんが何気なくつぶやくと、これにもブランが答えてくれました。

「多分、あいつも砦での準備に追われているんじゃないかな?」

「ラウザーも?」

「ああ。きっとオアシス周りの準備はあいつがやったんじゃないかな」

「へえ~!」


 黒ドラちゃんは、ラウザーが準備している様子を想像しました――

 いつでも綺麗な水をたたえているというオアシス周りの雑草を、ラウザーがぶちぶちと抜いています。ラキ様の為に一生懸命がんばっています。でも、そこはラウザーのやること……

 抜いた草をオアシスの縁に置いていたので、向きを変えた拍子に尻尾が当たって全部オアシスの中に落ちてしまいました。途端に「バリバリバリーーーン!」と、稲光がラウザーの尻尾に落ちました。ラウザーが飛び上がって尻尾をブンブン振っています。

「何をしておるのじゃ!馬鹿者!我のオアシスが台無しではないか!」

 ラキ様が怒ってオアシスの上に現れました。あわててリュングが飛んできてラキ様をなだめています――


「大変だね、リュングも」

 黒ドラちゃんがつぶやくと、向かいに座っている食いしん坊さんとドンちゃんが笑い出しました。みんな、なんとなく似たようなことを想像をしていたみたいです。

 笑っているうちに、馬車の窓から大きなレンガ造りの建物が見えてきました。建物の周りは、ぐるりと高い塀で囲まれています。

 南の砦です。砦の入り口では、コレドさんと兵士さんたちが一列に並んで魔馬車の到着を待っていてくれました。スズロ王子とカモミラ王女に続いて、黒ドラちゃん達も魔馬車から降ります。すると、砦の中からラウザーが竜の姿のまま飛び出してきました。

「いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃ~~~い!待ってたよお、みんな!」

 ラウザーったら、スズロ王子やカモミラ王女へのご挨拶もそこそこに、大歓迎とばかりに空中で何度も回ってみせています。列の後ろの方からリュングが出て来て「はいはい、陽竜様、落ち着いて」なんて慣れた感じでラウザーの尻尾を捕まえてなだめています。

「スズロ殿下、カモミラ様、お二方をお迎えする事が出来まして、砦一同誠に光栄なことと存じます」

 支部長のコレドさんが丸い体をキリッとさせてスズロ王子にご挨拶しました。スズロ王子とカモミラ王女がコレドさんとあいさつを交わし、砦の中に進んでいきます。黒ドラちゃん達も、ワクワクしまくっているラウザーに連れられて、門から中に入りました。


「へ~!すごいね、砂漠なのにここは緑がいっぱいあるんだ!」

 黒ドラちゃんは驚きました。この砦の敷地には、あちらこちらに鮮やかな緑が見えます。特に、オアシスの周りは手入れが行き届いて、綺麗な花がたくさん咲いていました。



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