デサンのひとりごと-前編
私は画家として恵まれていたと思う。そう、運が良かった。導きとも思えるような善き出会いに恵まれ、いくつかの幸運が重なり、こうして宮廷画家にまで上りつめることが出来た。
が、ここに来て自分の運の良さを疑い始めている。
あの絵――
あの絵を描いてから、すっかり私の周りは変わってしまった。
初めは、王から『新しい肖像画を描いてほしい』というご依頼だった。それ自体は特に変わったご要望とは言えない。王の肖像画を手掛けるのは、これが初めてではないからだ。けれど“あの絵”に限っては、完成後に私の想像をはるかに超える出来事が待っていたのだ。
*****
魔馬車から下りると、そこは伝説の古竜様が棲むという古の森のすぐ近くの草原だった。すでに兵士があちらこちらに散らばり、今回の作戦のために動きまわっているのが見える。
「さあ、デサン殿、ちょうど良いところに間に合いましたな。私と一緒に古竜様の近くへまいりましょう」
国一番と評判も名高い魔術師のゲルード様に促され、私は兵士の恰好で後ろからついていった。
草原の真ん中には、バルデーシュの守り神ともいえる竜が集まっていた。輝竜様については、空を飛んでいらっしゃる姿は何度か拝見したことがあった。しかし、これほど近くで、お目にかかったことはない。緊張で汗が出てきたが、一兵士の恰好になり紛れてよく観察するようにと命じられている。表向きは無表情のまま、間近にいる伝説の古竜様へと目をやった。そこで、古竜様の頭の上から、大きな蜂のような生き物が下へ降りて行くのが見えた。変な形をしていると思ったのは、何か虫のようなものを抱えていたからだった。
ああ、これがダンゴロムシ妖精、今回のモデルとなる生き物だろうか?
「ぶぶいん!」
大きな蜂が元気良く羽音を立てている。すると、古竜様の足元にいた茶色いウサギが、まるで羽音に答えるように声をかけた。
「そうだよ、きっと見つかるよ、大丈夫!」
見れば、ダンゴロムシ妖精が、背中を丸めうなだれている。すると、その丸まった背中を蜂が磨いているではないか。見る見るうちにダンゴロムシ妖精の背中が輝きだした。まるで黒曜石のよう……私は思わずため息をこぼした。
「美しい――」
私のつぶやきと重なるように、蜂が手を止めてダンゴムシ妖精の背中をうっとりと眺めている。ううむ、たかが蜂とはいえ侮れん美意識の持ち主だ。
私はダンゴロムシ妖精とともに、その蜂についても観察することにした。くっきりとくびれた胴体。上半身はふんわりとして鮮やかな黄色、下半身はコロンと丸く黒い。目は丸くクリっとしていて、手足は可愛らしく、背中の羽は……!?羽が体に対して妙に小さくはないか?なぜあれで飛べるのだろう?古竜様の森に棲んでいる生き物であれば、何か不思議な魔力で守られているのかもしれないな。
気づけば私は頭の中でダンゴロムシ妖精とその大きな蜂を組みで描き始めていた。ここで下絵を描くわけにはいかないので、夢中で二匹の姿を目に焼き付ける。その動き、輝き、しぐさや羽音まで。
私が夢中で、二匹の姿を追いかけているうちに、いつの間にか作戦とやらは終わっていたらしい。嬉しそうにダンゴロムシ妖精と蜂が手をつないでいる。片手には小さいが純金の輝きを持つスコップが握られていた。
「さ、デサン殿、我々も戻りましょう」
ゲルード様に促され、魔馬車に乗り込み草原を後にする。頭の中はダンゴロムシ妖精と、あの可愛らしい蜂のことでいっぱいだった。
城に戻ったものの、私は迷っていた。いや、むしろ心が決まっていた為に悩んでいたのだ。
ダンゴロムシ妖精を描くようにとのご依頼だったが、私はどうしてもあの蜂も描きたかった。下書きをお見せしたときに、恐る恐る王にお伺いを立てると、なぜかそばで聞いていたゲルード様が猛烈に私の案を推してくださった。
「素晴らしい案ですな!モッチ殿は古の森にしかいない貴重なクマン魔蜂。ダンゴロムシ妖精とクマン魔蜂を同時に描けば、このたびの王のお活躍がいっそう素晴らしいものとして語り継がれるでしょう!」
王はご機嫌よろしくうなずくと、私の案通りに描くことを許してくださった。
ゲルード様が下絵の修正について古竜様とモッチ殿に聞きに行ってくださり、その内容を聞いて、私はやはり自分の直感が間違っていないことを知った。恐るべき審美眼、美しさへの飽くなき探求心、モッチ殿は本物がわかる蜂なのだ。私はこれが自分の代表作と呼ばれることを切に願いながら、ひと筆ひと筆に思いを乗せ描いていった。
*****
いよいよ本日は、肖像画のお披露目だ。伝説の古竜様とクマン魔蜂のモッチ殿も見に来てくださることになっている。王のご一家と一緒に、謁見の間で古竜様達をお迎えした。ゲルード様と一緒に現れた古竜様は、若葉のような明るい瞳と艶やかな黒髪の少女だった。先日の竜の姿とは違い、愛らしさに思わず顔がほころぶ。可愛らしく礼をされて「本日はお招きいただきありがとうございます」とご挨拶された。ふと見ると、腕の中には先日の茶色いウサギが抱えられている。さらにその頭の上にモッチ殿が乗っているではないか!あまりに自然すぎて見過ごしてしまった。ああ、モッチ殿は私の描いた肖像画をどのように評価されるだろうか?初めて宮廷画家として王のご家族の肖像画を描いた時と同じくらいの緊張を感じる。
一通りの挨拶が済むと、さっそく絵が持ち込まれた。まだ、絵の上には白い布をかけてある。
「それでは、せっかくですから古竜様に除幕をお願いしましょう」
布の一部に紐がつけられている。それを古竜様が「ふんぬっ!」という掛け声とともに引っ張った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます