第183話-ささやく音色
「ど、どうしてこんなにそっくりに造れたの?アズール王子は古の森のこと知ってたの?」
黒ドラちゃんが震える声でたずねます。嬉しすぎて、泣きそうです。
「キーちゃんです。あの子から何度も話を聞きました」
「キーちゃん」
背中のドンちゃんの声も震えています。
「深い森と、エメラルドのように輝く湖と、ここがどんなに美しいか」
アズール王子の低い声が続けます。
「可愛い黒い竜と、力持ちなクマン魔蜂と、優しいノラプチウサギの話を何度も何度も」
黒ドラちゃんの背中がしっとりと濡れてきました。モッチは音色小箱の蓋に止まって、うっとりと音色に聞き惚れています。
「ありがとう。すごくすごく嬉しい!あたしの古の森をこんなにステキなものにしてくれてありがとう」
黒ドラちゃんもポロポロ涙をこぼしながら、お礼を言いました。
「あと、キーちゃんにもよろしく言って」
黒ドラちゃんがそう言うと、後ろからドンちゃんが身を乗り出してきました。
「これ、キーちゃんに!」
それは古の森で一番の極甘の実スペシャルでした。2~3年に一度見つかるかどうかの甘~い実です。
「ふんぬっ!」
黒ドラちゃんが力むと、極甘の実スペシャルがホワンと輝きました。
「これでキーちゃんが食べる時まで綺麗なままだよ!」
「ありがとう。必ずあの子に渡すよ」
アズール王子は大事そうに実を受け取ると、白いハンカチにくるんで胸のポケットにしまいました。
黒ドラちゃんは改めて音色小箱を見つめます。
「こんなにステキなカラクリの小箱、ブランやマグノラさんにも見せたいなあ」
「華竜様のところには、さきほど寄ってまいりました」
ゲルードが教えてくれます。
「そうなの!?ひょっとしてマグノラさんにも、この音色小箱あげたの?」
黒ドラちゃんが嬉しそうにたずねると、アズール王子が答えてくれます。
「華竜様には、父のデザイン画で起こした音色小箱をお贈りしました」
「ロド王の?じゃあ、これとはまた別なんだね?」
黒ドラちゃんはロド王にたずねましたが、急にそわそわしたロド王は答えてくれません。
代わりにアズール王子が教えてくれました。
「ええ。そちらも素晴らしい出来ですよ。華竜様がお許しくださるなら、ぜひあとでそちらも見てみてください」
「じゃあ、ひょっとして、ここに置いてあるカラクリ……音色小箱って、全部違うの?」
黒ドラちゃんがたずねると、アズール王子が優しく微笑んでうなずきました。
一回り小さな音色小箱を開けます。一面のクローバーの中で、茶色のウサギと灰色のウサギが仲良く寄り添っています。音色に合わせて二匹はピョン、ピョンと交互にジャンプしました。
「すごい!」
ドンちゃんがウルウルしながらオルゴールを抱きしめました。
更に小さめの箱を開けると、フジュの花の木が現れました。木の周りを、一匹のクマン魔蜂が飛んでいます。音色に合わせてフジュの木の周りに、紫色のガラスの丸い粒が出たり引っ込んだりしています。
「こ、これって、はちみつ玉?」
繊細で美しい細工に、黒ドラちゃんがほうっとため息をつきます。肝心のモッチは、自分そっくり原寸大のモッチ人形に、しきりに「ぶぶいん?」と話しかけていました。
「モッチ、それ、モッチ人形だよ。アズール王子が造ってくれたんだよ」
「ぶいん!!!」
モッチが興奮して「ぶぶぶぶぶぶぶ」と羽を鳴らしながらあちこちジグザグに飛び回りました。その様子がおかしくて、みんなは明るい笑い声を上げます。
こうして、ロド王とアズール王子は、たくさんの喜びと驚きをバルデーシュにもたらして、エステンへと帰って行きました。
もうすぐ夕暮れです。
モッチは白いお花の森へと急いでいました。今日は、はちみつ玉の代わりに、アズール王子からもらった音色小箱をがっちり抱えています。マグノラさんに見てもらうんだ!と大張りきりです。
いつものように白いお花の森を進んでいくと、何か音楽が聞こえてきました。とても優しくて、恋する乙女なモッチをうっとりさせちゃうような音色です。森の奥の花畑で、いつものようにマグノラさんがお昼寝していました。マグノラさんの枕元に大きな音色小箱が蓋を開けて置かれています。
モッチは抱えていた音色小箱をいったん置くと、マグノラさんの音色小箱の蓋にとまって中を見ました。箱の中には髭もじゃのなにか丸っこいものと、金髪の美しい娘さんが寄り添っていました。
「ぶいん?」
モッチが蓋から降りて音色小箱の中に降り立ちます。金髪の美しい娘さんの人形は、何か抱きかかえています。良く見てみると、それはおくるみに包まれた赤ん坊でした。しかも使っているおくるみは、ペペルさんの白い花のおくるみから端切れを取って作られているようです。
「ぶぶいん?」
モッチが羽音を鳴らしていると、マグノラさんの声がしました。
「ロド王がくれたカラクリさ」
どっこらしょ、と起き上がります。
「あの時産まれた子どもが一人前になりました、ってお礼に持って来たのさ」
「ぶーん」
つまり、おくるみの中の赤ん坊はアズール王子ってことですね。モッチは、おくるみの中を覗き込みました。赤ちゃんの頃のアズール王子、可愛いです。ふと、丸っこい髭モジャのことも良く見てみようと思いました。
髭モジャの人形に近づくと、それは何か手に持っていました。モジャに隠れていて見えなくなっていたのです。それは花束でした。白いお花の森の花畑で見かける花ばかり模してあります。
「口に出来ない分だけ、抱える想いも大きかったんだろうさ」
そう言って、マグノラさんはそっとモッチを手の平にのせると、一緒に音色小箱を眺めました。
夕日が、お花畑を染め始めています。モッチには、髭モジャ人形の頬が赤くなっているように見えました。金髪の美しい娘さんの人形は、とても幸せそうにおくるみを抱えています。
優しい音色が森の中をゆっくりと流れています。
それはまるで、口下手な誰かさんの代わりに、カラクリが愛をささやいているようにも、聞こえました。
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