第142話-おーい!じーさーん!

 黒ドラちゃんとラウザーは、人間の姿になりました。南の砦の近くの港に着けられた船に、あらためて皆が乗り込み荷物も運び込まれます。前回のノーランド行きで、ノラクローバーを運ぶのに使った大きな籠が船に乗せられました。今は新婚二匹のハネムーンな花籠として可愛らしく改装されています。クッションが敷かれて、乗り心地も良さそうです。あの時一緒にブランがくれたベルトが、また黒ドラちゃんの腰に巻かれていました。真ん中に真実の魔石がはめこまれて、ナゴーンで役立つ時を待っています


 コレド支部長と南の砦の兵士さんが見送りに来てくれていました。みな口々に「陽竜様達を頼むぞ、リュング!」とか「気をつけてなー!」とか声をかけてくれています。船の上からみんなに手を振った後、リュングが舵のある魔石の上に立ちました。舵をゆっくりとまわしながら、呪文をつぶやいています。呪文が終わるのと、舵がぐるっと一周するのが重なりました。その瞬間、眩しい光が辺りを包み、その中で船がゆらりと大きく波で揺れたような気がしました。船に乗っていたみんなが、あれっと思って見回した時には、すでに辺りの景色はすべて海。港も、見送りの人たちの姿も、どこにもありません。船の下、海の中から淡い光があふれてきています。無事に、ラウザーが魔石を沈めておいた場所まで進めたようです。


 この船は、黒ドラちゃん達以外には見たり触れたり出来ないように、魔術で守られています。船はこの場に残し、黒ドラちゃん達はここから飛んでナゴーンまで行かなければなりません。


 竜の姿に戻ると、黒ドラちゃんの首に巻かれたベルトに、カチッと花籠の金具がつけられました。中には食いしん坊さんとドンちゃんが乗っています。一方、ラウザーの背中にはリュングとラマディーが乗っていました。海の上でうっかり落ちないように、特別製のおんぶひものようなものでラウザーに背負ってもらっています。

「なんだか、あちらの花籠とえらい違いですね」

 リュングがちょっと情けなさそうに言いましたが、ラウザーが「嫌なら口に咥えていくけど~?」と返してきたので黙ってしまいました。



 黒ドラちゃんとラウザーは、ゆっくりと羽ばたくとナゴーンへ出発しました。


 海の上を飛ぶ旅は順調でした。時々海鳥さんがそばにやってきたり、黒ドラちゃん達の影を追って、海の中でお魚さんが泳いでいるのが見えました。そのうち、大きな影が水中に現れました。


「ねえ、ラウザー、あれってラジクじゃない!?」

 黒ドラちゃんの声にラウザーが下を覗き込んで「わあお!」と声をあげました。ラジクが背中の穴から水を吹き出して、黒ドラちゃん達にご挨拶します。花籠の中から、ドンちゃんが古の森の木の実をいくつかラジクのいる方へ投げました。ラジクが大きな口を開けて木の実を飲み込みます。美味しいね、と言うように、再び背中から水を吹き出すと、ラジクは離れて行きました。


 そうしてしばらく飛んで、ここが海の上じゃなければそろそろひと休みしたいなあ、と黒ドラちゃんが思い始めた頃に、陸地が見えてきました。ラウザーが話していた、ちょっとバルデーシュ側へ飛び出した地形の港町のようです。


「おーい!じいさーーん!いるかー?俺だよー!」

 先を飛ぶラウザーが嬉しそうに叫びながら尻尾をブンブン振り回しています。背中の二人はその度に揺らされて悲鳴を上げていました。


 やがて、港の端っこ近づいて行くと、おじいちゃんが一人、大きく手を振っているのが見えました。

「おーい!ラウザー!!こっちじゃ!」

 おじいちゃんの嬉しそうな顔に、ラウザーが歓迎されていることが良くわかります。

「おっ!じいさん、生きてたかぁ!」

 ラウザーが嬉しそうに言いながら、おじいちゃんのすぐそばに降り立ちました。黒ドラちゃんも続いて降ります。それを見ていたおじいちゃんが「おっ!彼女か!?ラウザーめ、ついに彼女が出来たか!?」と駈け寄ってきました。


 ラウザーは背中でヘロヘロになっている二人を降ろすと、人間の姿になりました。黒ドラちゃんも花籠をそっと外すと「ふんぬっ!」と掛け声をかけて人間の姿になります。それを見て、おじいちゃんはたいそうたまげた様子で「なんちゅう可愛い子じゃ。ありえん。ラウザーめ、ありえんぞ!」とかつぶやいています。

「違うよ、この子は俺の友達のブランの番い候補だよ。俺の彼女はラキ様って言ってさ。可愛いのなんのって」

 ラウザーが尻尾をカミカミしながらのろけだしたので、黒ドラちゃんは驚きました。

「えっ!ラキ様ってラウザーの恋人だったの!?知らなかった。今度聞いてみよう」

 とたんにラウザーが尻尾を口から放して「いや、黒ちゃん、それだけはやめてぇ!」と叫びました。おじいちゃんはそれを見て「なさけないのう」なんて笑っていましたが、ラウザーの後ろからよろよろと歩いてくるラマディーを見て、顔色を変えました。


「お前、ひょっとして笛吹きのラマディーじゃないか!」

 おじいちゃんの声にハッとしてラマディーが顔を上げます。

「バルデーシュに行ったって言う話は本当だったんだな。良く帰ってきた!」

「お、俺のこと知ってるんですか?」

「ああ、お前がバルデーシュに向かってから間もなくホーク伯爵の劇場の人間が来てな、探していったんだ」

「ホーク伯爵の劇場の人間て……座長?」

「ああ、そう言えばそんなこと言ってたな?お前を船に乗せたのはうちの娘婿の弟でな、それでわしも今回の騒動を知ったんだ」

「騒動……じゃあ俺が一座を飛び出した理由とかも、全部?」

「ああ、今回は災難だったな。ホーク伯爵も何度もここへ人を寄越したんだ。お前が帰ってきていないか、って」

「ホーク伯爵が……」

 ラマディーが蒼ざめました。

「お、俺も捕まるのかな……」

 すがるような目でラウザーや黒ドラちゃん達を見つめます。

「大丈夫!真実の魔石があるもん!無実だってわかってくれるよ!!」

 黒ドラちゃんが力強く言うと、ラウザーも他のみんなもうなずいてくれました。


「あ、いや、ホーク伯爵はお前が帰ってきたら詫びたいと言っていたそうだぞ」

 おじいちゃんの言葉に、力んでいたみんなは、ガクッと拍子抜けしました。

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