第120話-がらん


 黒ドラちゃんとモッチが、ノラクローバーを探し求めて、雪の中で右往左往していたころのことです。


 ドンちゃんは真夜中にふと目を覚ましました。なんだか数日のうちに色々なことがあったので、気持ちがザワザワしてよく眠れませんでした。


 夜の古の森はとても静かです。


 黒ドラちゃんが森に居ないと思うと、なんだか変な感じ。

 すごく変な感じ。

 そして、すごーく……

 さびしい感じ。


 黒ドラちゃんは無事にノーランドの王宮へ着いたのかなあ?寒さで凍っちゃったりしてないかな?途中で怖いおじさんに捕まったり……は、してないよね?竜だもの。


 ドンちゃんは起き上がると、食いしん坊さんからもらったポシェットを斜めにかけました。お母さんの方を見ると、やはりこのところの色々な出来事で疲れているのか、ぐっすり眠っています。静かに静かに穴を抜け出しました。黒ドラちゃんのいない森の夜は、怖い系の皆さんがいそいそと出てきている気配がします。時々、闇の中にキラリと光る目が見えました。でも、食いしん坊さんのポシェットをかけているドンちゃんには、誰も近づいてきません。夜の森の中を、ドキドキしながら移動して、ドンちゃんは大きな大きな大きな木の洞に着きました。中をのぞき込んで見ます。もちろん、誰もいません。ドンちゃんは洞の中に入りました。敷き詰めた枯れ葉が、カサリと足の下で音をたてました。


 黒ドラちゃんがいない洞は、がらんとしています。くんくんすると、黒ドラちゃんの匂いがしました。


 「黒ドラちゃん……」


 ドンちゃんの声が洞の中に淋しく消えます。



 ドンちゃんが淋しいと感じているのは、ここに黒ドラちゃんがいないからだけではありません。昨日、食いしん坊さんが来てくれた時に、おばあ様のお話をしていきました。そして、何かの拍子にお歳の話になりました。

 「人間ほど短命ではありませんが、おばあ様はもう170歳を越えています。ノラウサギとしてもかなりの高齢です」

 「もちろん、竜ほど長く生きられるとは思っていませんが、まだまだ長生きをしてほしいものです」と。

 それを聞いて、ドンちゃんはびっくりしました。


 “竜ほど長くは生きられない”!?


 そんなこと、考えたこともありませんでした。だって、黒ドラちゃんとドンちゃんはずっとずっと一緒だったんですから。これからもずっとずっと一緒だと思っていました。


 黒ドラちゃんは竜です。何百年も生きます。そしてドンちゃんはノラプチウサギです。かなり長生きだというおばあ様でさえ二百年にも届きません。だから、ちょっと考えればわかることなのに、全然思いつきませんでした。


 ずっとずっと一緒に居られると思っていた黒ドラちゃんと、いつか離れる日が来る。二度と会えない日が来る。それを考えたら、ドンちゃんは淋しくて怖くて、今すぐ黒ドラちゃんに会いたくなってしまったのです。会って、背中に登って「黒ドラちゃん!」て呼んで「なあに?ドンちゃん」って返事をしてもらうのです。あの明るい若葉色の瞳を見ながら、おしゃべりしたくなったのです。



 ドンちゃんの茶色の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちました。



 黒ドラちゃんは無事にノーランドの王宮へ着いたかなあ?寒さで凍っちゃったりしてないかな?ノラクローバーを見つけるために、無理していないかなあ?



 しばらく洞の中で時間を過ごしてから、ドンちゃんは大きな大きな大きな木を後にしました。そして、お母さんを起こさないように静かに巣に戻りました。温かい巣の中で、瞳を閉じて丸まりながらドンちゃんは考えます。


 黒ドラちゃんとずっとずっとずっと一緒に居たいけど、ずっとずっとずっと一緒にはいられない。大好きな大好きなお友だち。あたしのために、黒ドラちゃんは寒い雪国でノラクローバーを探してくれている。あたしには何がしてあげられるんだろう?


 黒ドラちゃん……黒ドラちゃん……


 お母さんの横で、ドンちゃんはいつの間にか寝息を立てていました。




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